1話 目覚めた場所は
第一章、はじまりはじまり〜
『脳波の変動を検知。測定開始……終了。パイロットの覚醒を確認。機体を生命維持モードから通常モードへ移行。おはようございます、マスター』
まぶたに感じる明るさと、おぼろげながら聞こえる慣れ親しんだ声に、直人はゆっくりと意識を取り戻した。
「……っ、んん?」
薄目に飛び込んできた光量に呻きつつ、ゆっくりと体を起こす。
この硬い質感、低く唸るモーター音。
やっと光に目が慣れて手元を見ると、やはりパワードスーツを着てコックピットの中にいるようだ。
「俺は……」
寝起き特有の働かない頭で、何が起こったのか思い出そうと惚けること数秒。
すると脳内にイヴィルとの戦闘や自分の最期がフラッシュバックし、一気に目が覚めた。
「そうか、死んだのか……それにしてもこのまま来てしまうとはなぁ」
あの光に飲まれてこうしていると言う事は、おそらく死後の世界という奴なのだろう。
取り敢えずそれは仕方ないと思うが、どうにも納得できない事が一つあると視線を上げる。
フロントガラス越しに広がる景色は明らかに森の中、しかも熱帯のような植生をしているのだ。
「ジャングルから始まる死後の世界なんて聞いた事ないぞ……三途の川はどこ行ったよ」
『私のデータベースに登録されている三途の川と一致するのであれば、案内は不可能です。それに、マスターは生きています』
聞こえると思わなかったカエデの声に、取り敢えず外に出ようとハッチ開閉レバーに伸びた手が止まる。
「カエデ?なんでお前がここに……って、え?」
『バイタルに異常無し。マスターは現在軽い混乱状態にあると予想。簡易精神テストの実施をお勧めします』
「あ、いや必要ない!すまない、取り乱した」
直人は畳み掛けるようにモニター表示される自分のバイタルデータと〈Q1.あなたのお名前はなんですか?〉
から始まる精神テストのウィンドウを慌てて閉じてカエデに謝罪する。
AIとしてはパイロットを助けようとしたのだろうが、言外に頭大丈夫ですか?と言われたような気がしたのだ。
カエデとのやり取りで落ち着きを取り戻した直人は、一応自分の脈を測ったり、頬をつねると言う古典的な方法で自己の生存を再確認する。
そうなると色々と疑問が湧いてくるが、意識を軍人のものに切り替えて行動を始める。
まずは未知の惑星に不時着したと仮定してカエデと連携を取るのだ。
「よし、では状況確認を開始する。カエデ、ここはどこだ?」
『不明。データベースに該当する惑星なし。
機体周辺の簡易環境調査報告。空気サンプルの分析結果、窒素78%、酸素21%、アルゴン0.9%、他微量成分0.1%、宇宙と同程度のフォトンを検出。紫外線量、有害微生物の危険性共にオールクリア。安定した船外活動が期待されます』
その報告に驚くが、ひとまず外で呼吸が可能と言う事実に内心で安堵する。
さっきは死んだと思っていたので気軽にハッチを開けようとしたが、下手したら毒ガスの海にダイブしていたかもしれなかったのだ。
「大気組成が地球とほぼ同じだな。こんなフロンティアがあるなら真っ先に発見されているはずだが……敏信達と連絡は取れるか?」
『否定。現在も継続して連絡を試みているも応答なし。通信阻害などは確認されていないため、通信圏外にいると断定します』
「圏外だと?地球と似た惑星が同じ太陽系に位置しているならそれは考えられない。と言う事まさか……」
『ここは本星のある太陽系に位置していない可能性が極めて高いと推測します』
短いやり取りでとんでもない状況にいる事が判明してしまい、直人は大きく息を吐いて座席にもたれ掛かる。
(なんということだ……他の惑星ならまだしも、別の太陽系となると救援は不可能だ。まぁあの状況から生還出来た事だけでも奇跡だし贅沢は言ってられないか。ん?そう言えば……)
「カエデ、反物質爆弾が起爆してから今まで何があってどれくらい時間が経過したか教えてくれ」
再びあの時の事を考えた時、直人はふとそれに気付いてカエデに問う。自身は気を失っていたが、機械のこいつなら一部始終を記録しているはずなのだ。
『データベースにアクセス中……完了。マスターの覚醒まで、36時間27分35秒の時間経過を記録。ログを表示します』
カエデはそう言うと、直人の正面にホログラムでログを表示した。
36時間半に渡る膨大な情報を一瞬で編集し、いつ何があったかだけを分かりやすく纏めている。
それでも数が多いので、直人はゼリータイプの携帯食料を吸いながら、気になる部分だけをピックアップして読んでいく。
[行動記録]36時間27分35秒(反物質爆弾起爆時刻を0とする)
0時間00分00秒:反物質爆弾の起爆、イヴィルの完全消滅と対物理障壁へのエネルギー衝突を確認。
0時間00分02秒:対物理障壁耐久値残り5%、未知のフォトンエネルギーを検出。
0時間00分03-05秒:ERROR。記録に空白有り。修復不可能。
0時間00分06秒:重力を検出。未知の惑星へ着陸。
0時間00分07秒:操縦者の意識レベル低下。機体を通常モードから生命維持モードへ変更。フルステルス状態で潜伏を開始。
0時間00分12秒:機体周辺の簡易情報収集と友軍への通信を開始。
10時間12分29秒:機体前方20mに未知の生命体を確認。数は1。
10時間12分42秒:生命体が視認距離からロスト。本機発見の可能性なし。
25時間48分12秒:機体前方30m先に未知の生命体を確認。数は3。
25時間49分33秒:生命体が視認距離からロスト。本機発見の可能性なし。
36時間27分35秒:操縦者の覚醒を確認。機体を生命維持モードから通常モードへ移行。
「2秒間の記録の空白に何かが起きて、機体ごと移動したと見て間違いないな。まさかなんとなく張った障壁のお陰で生き残れたとは……」
直人は空になった容器をゴミ箱に放り投げると、運が良いのか悪いのか分からねぇなと苦笑して、それにと言葉を続ける。
「未知の生命体も気になるな。こんなに豊かな植生ならいるだろうと思ったが……カエデ、どんな奴か映像はあるか?」
『映像なし。エネルギー節約とフルステルスを優先した為、ログにのみ記録しています』
「あー、そういや全力で障壁張ったからガス欠なのか」
直人はコンソールを操作して機体情報を表示すると、EMPTYの文字が出ているフォトンタンクと残量50%を切っているサブタンク、イヴィルにやられて赤く点滅している後部部品を確認し、ため息を吐いた。
機体のエネルギー補給や船外活動の要であるフォトンジェネレーターは後部に格納されているため外に出て展開する必要があるし、こんな状態で水素燃料を使用すれば機体が使い物にならなくなる。
生きる為の全てが詰まっているスーパーマシーンを失う訳にはいかない。
やる事は多そうだ。
「まぁこの機体を修理しつつ、ぼちぼち探るとするか。確か新天地の調査はお偉いさんの指示を仰ぐとか色々面倒な軍規があったが、この場合は……アレか?」
『マスターは現在、未知の惑星にて救援が望めない完全に孤立した状態であると認められます。この場合、その隊員は死亡扱いとなり、あらゆる軍務から解放されます。これからは独自の判断で行動し、生存を優先する事を推奨します』
つまり助けられないから好きにしろという事である。
宇宙活動に置いて最悪の事態を想定したこの規則だが、まさかデビュー戦で早速適応される羽目になるとは誰も思っていなかったであろう。
「ははっ、宇宙戦略特殊部隊隊長嘉神直人、28歳で殉職か。まぁ正直イヴィル倒したから満足してるし、既に死を覚悟した身だ。第二の人生のんびり過ごしてみるとするか」
改めて現実を突き付けられても、直人はカラカラと笑う。
絶望的な状況にも関わらず、この男の表情はやはり全てをやり遂げたと言う達成感に満ちており、瞳にはまだ見ぬ世界への好奇の光が灯っていた。
「よし、カエデ。探索ドローンを一台準備。まずは周囲の様子を確認する」
『了解しました。探索用ドローンⅠ、起動。射出します』
辺り一面森なので、直人は上からの地形把握を試みる。
機体上部から出動した灰色のドローンは、四方に取り付けられたプロペラを回転させて、ものの数秒で上空20mまで上昇する。
当然GPSはオフラインだが、方位磁針は機能するらしく、しっかり東西南北を表示している。
「これは……島か?」
直人は専用タブレットでドローンを遠隔操作し、ぐるりとカメラを一回転させると、画面に映し出された光景を見て呟いた。
一面木々の絨毯に覆われているが、そこを抜けると波打つ青い液体が際限なく広がっている。
どう見てもここは海に浮かぶ島だろう。
『データベースに接続。映像から近似する情報を検索……完了。噴火口などの形跡は確認出来ませんが、形状は日本最大の無人島、渡島大島と類似しています。規模はそれより巨大と推測。各所にマーカーを設置し、更に詳しい地形把握を推奨します』
景色を拡大して情報を集めていると、カエデがフロントガラスに自身の分析と渡島大島のホログラムを表示する。
なるほど、渡島の様な2つ並んだ岳はなく平坦な土地だが、確かに形状は似ている。
大きな違いといえば、この島は南の方に砂浜が広がっており、ちょっとした入江のようになってるといったところか。
「んー、開けてる場所は俺がいる島の真ん中だけか。これ以上見てても得られるものは無さそうだな」
直人はそう言ってドローンに帰還指示を出し端末を閉じると、今度こそハッチを開けて外へ出る。
ブシュッと言うエアーが抜ける音と共に、暖かく湿った空気が頬を撫でる。
植生から予想していたが、はやり熱帯に近い気候の様だ。
37時間も座りっぱなしで凝り固まった身体をほぐしつつ大きく深呼吸すると、心地よい緑の香りが鼻腔を抜けて肺を満たす。
一通りストレッチを終えると、機体の後ろに回って損傷具合を確認する。
下方から触手の殴打を食らったためスラスターの円形フレームがアーチ状に凹んでおり、重力制御装置が設置されている部分も保護プレートごと大破していた。
「あらら……こりゃ部品総取り替えだな。拠点を作りたいところだが、ここより安全そうな場所も見つけてないし、暫くはステルス状態で放置するか」
直人は下手に動かさない方が良いと判断すると、火花を散らしている破損部品を手際良く取り外し格納庫へ放り込む。
制御装置等の精密部品はスペアを積んでいるが、それ以外の嵩張る物は、この機体に便利なマシーンを搭載しているため現地でなんとか出来る様になっている。
今回は重力制御装置を取り替えても保護プレートがまだ用意できないため、壊れた部品を取り外すだけに留める。
「よし、取り敢えずこれでオッケー。次だな」
直人は剥き出しの接続部をカバーで覆うと、今度は格納庫から1メートル四方の黒いキューブを取り出し地面に設置する。
機体の下方と有線接続してからスイッチを入れると、一瞬キューブの表面に緑の光が走り、側面のスリットが開いた。
『フォトンジェネレーターの起動と機体への接続を確認。液体フォトンの充填を開始します』
カエデのアナウンスと共に、直人の腕に装備された端末に機体のエネルギー充填率が表示される。
そう、このキューブこそがフォトンジェネレーターである。
空間に漂うフォトンから液体フォトンを生成してくれるスグレモノ。
フォトンを利用した活動を半永久的に約束してくれる、地球外活動における必需品の一つだ。
これは極限まで変換効率と出力を追求した軍事モデルだが、直人達が作戦に旅立つ前には、フォトンが稀薄な地球でもコンロやライトなどのエネルギー源として使用できる様、出力を抑え小型化させた民生品の製造を始める話も出ていた。
ステルスの範囲内に入るよう機材の位置を微調整して、直人は腰に装備していたハバキリを取り外し、そこにフォトンジェネレーターから伸ばしたもう一本の有線を接続した。
パワードスーツのエネルギー充填を行いながら先の戦いで消費した装備を点検するも被弾しなかったため、銃器のエネルギーと酸素カートリッジを補充して、酷使して先が潰れたワイヤー付きアンカー射出機の先端を取り替えるだけで終わった。
ハバキリはナノマシンが組み込まれているので、鞘に入れておけばある程度のダメージは修復出来るので問題はない。
それから待つこと十数分、パワードスーツの充填も無事完了し、直人は遂に島の探索を決行する。
目標は調査をしながら道中を進み、島の先端12方位にマーカーを設置すること。
「カエデ、これから探索に出る。機体は俺が帰還するまでフルステルス状態を維持しろ」
『了解しました、マスター。機体管理と並行して、小型端末を通して活動のサポートを行います』
カエデの応答に頷くと、直人はヘルメットを装着し、格納庫から未展開のマーカー3本を取り出して持ち運び用の細長いケースに収納する。
「まずは北からだな」
直人は腰にハバキリ、背中にケースを装着すると、方位磁針を頼りに北へと歩みを進めた。
お読み頂きありがとうございます!
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