プロローグ-2
あけましておめでとうございます!
最初からクライマックスな展開って大好きなんですよね、みなさんはどうですか?
全部隊、機体をフォトンエネルギーから水素燃料に切り替え、フルステルスモードで作戦領域を進む。
イヴィルの中には高濃度のフォトンに反応する個体が確認されているためである。
連中の技術を取り込んで開発されたステルス技術はフォトン探知どころか目視すら不可能だ。
月面基地からイヴィルを追跡していた偵察隊によると、逃走したのは古城とその周りにいた帆船3隻のみ。
壊れかけの古城はある程度まで進むと取り巻きの帆船を全て吸収して完全に修復し、現在は目標ポイントで活動を停止しているとのこと。
こういう部分はなんと言うか、金属生命体らしい荒治療である。
本作戦は、遊撃部隊が城を外から攻撃し敵をおびき出す。
その隙に工作部隊が城内に進入し、敵の心臓であるフォトン集積装置に反物質爆弾を設置して離脱。
親玉を宇宙の塵に変えた後は、残存勢力を殲滅して終了、という至ってシンプルなものだが唯一の懸念は酸素だ。
機動性を上げるため限界まで小型化されており、活動時間は1時間。
酸素カートリッジを交換出来ればそれも気にならないが、状況に左右されるだろう。
素早い行動が期待される。
最終決戦と言う割には地味に感じるだろうが、特殊部隊と名が付く者達の活動というのは大抵こういうものだ。
『100km先、巨大な人工物を捕捉。照合中……完了。目標建造物、古城を確認。およそ20分後に到達すると予想されます』
【戦略支援インターフェイスシステム】カエデはそう分析すると、フロントガラスの一部を望遠モニターに切り替える。
初めて見上げずに直接見た敵の親玉の姿は、円錐と言うより円柱に近い形の屋根が等間隔にそびえる西洋風の城だった。
造形はかなり立派なのだが、太陽光を反射して輝くメタリックな外見がどうにもミスマッチでダサい。
「よし、俺たちは裏側から進入する。付いて来い」
「「「「了解」」」」
モニターにはいかにも入り口だと言わんばかりの立派な門が映し出されていたので、迷わずその反対側からの侵入を選択する。
他の部隊長にも同じ内容を伝えると、直人達と合流する、側面に向かう進路をとる、そのまま直進する3つの集団に分かれる。
20分後、無事気付かれる事なく全部隊は城を包囲した。
しかしまだは突入せず、無線で合図しながら位置を微調整すると、機体側面から黒い金属の棒を一斉に射出した。
「位置固定完了、【マーカー】射出」
直人達も遅れずコックピットのボタンを操作し、漆黒の金属棒を城の外壁に撃ち込む。
宇宙空間で音も無く突き刺さったそれは、露出している先端部が赤く点滅を繰り返していたが、すぐに緑色に点灯して付近の金属棒へと同色の光線を伸ばした。
点は線、線は円となり瞬く間に城を囲む。
『マーカー、オンライン。エリアスキャンを開始します』
カエデ含む全AIの声と共に、緑の光円が城全体を上下に往復し始め、全兵士の腕に装備されたホログラム装置に城全体の構造情報を送信する。
内部構造と座標の把握を主にする多目的解析兵器、それがマーカーである。
流石に異変に気付いたのか、不気味なまでに静かだった古城の雰囲気が俄かに騒がしくなる。
「状況開始だ。行くぞお前ら」
音は聞こえないが、目の前の城が激しく振動していることから、遊撃部隊の高圧縮フォトン弾が次々と着弾していることを把握する。
小道具は既に装備済みなので、手早く銃器を大腿部のホルダーに差し込み、愛刀を背中に装着すると、直人はコックピットから飛び出した。
戦闘開始から30分、直人率いる日本部隊は、かなり上の渡り廊下のような場所から同時に侵入したフランス部隊と共に、一面銀の通路を慎重に進んでいた。
全員それぞれのAIの分身である小型端末を装備しているので足取りに迷いはない。
城内は窓一つ空いてないが、全体がギラギラと発光しているため光源に困る事はなさそうだ。
動力源があると予想される強力なエネルギー反応を示す場所は、ここから一つ下がったフロアの中心部。
10秒間隔でイヴィルの場所もマッピングされているが、情報量が多過ぎる為範囲を限定しているし、イレギュラー個体や待ち伏せの可能性も考慮すると油断は許されない。
城内は真空ながら地球と同等の重力が発生しているが、各員装備の重量を感じさせないスムーズな移動を行なっていた。
国によって仕様は微妙に異なるが、宇宙戦略特殊部隊の目玉装備は、何と言っても宇宙服を兼用したパワードスーツだろう。
全身に循環させた液体フォトンと各所に設置したフォトン回路により、ボディスーツと大差ないスマートな設計が実現できた。
常時エネルギーシールドで薄く全身を覆っているため、フォトンが尽きない限りは破けて行動不能になることはまずありえない。
宇宙服に必須なファクターを満たし、凄まじいパフォーマンスを発揮するこのスーツだが、人体にかなり負担がかかるため、過酷な訓練を耐え抜き、ナノマシンに適合した高い自然治癒力を有する人間にしか装備が許されないのが唯一の欠点である。
話は戻って城内探索。
進路にイヴィルの反応がない事を確認しつつ、無駄に広い廊下を直進する日本フランス部隊。
クリアリングして突き当たりを左に曲がり、下へ続く階段へ辿り着いた。
早速降りようとしたその時、直進すると思われた3体のイヴィルが階段を上り始めた。
先頭にいた直人がいち早くそれに気付き攻撃しようとするが、一瞬視界に入った姿に違和感を覚え、素早く左のホルスターから風変わりな拳銃を引き抜きトリガーを引く。
すると銃弾ではなく、ワイヤー付きのアンカーが射出された。
細長い花の蕾のようなアンカーは正面上部の壁に突き刺さると、開花するかのようにスパイクが飛び出し固定される。
それと同時にワイヤーの巻き取りが始まり、直人はイヴィルに気付かれない絶妙なタイミングで壁に張り付いた。
他のメンバーは一瞬の出来事に呆気にとられていたが、すぐにイヴィルと会敵して戦闘が始まる。
しかし、その三体は両手が鉤爪の通常個体ではなく、片腕が巨大な盾に変化したイレギュラー個体だった。
隊員達が圧縮フォトン弾を雨あられと浴びせるも、強固な盾が削れるばかりで効果が薄い。
じわりじわりと後退しつつなんとか一体を倒したその時、直人が動く。
掴んでた銃を手放すと、壁面を蹴って大きく跳躍。
そのまま空中で愛刀を抜き放ち、縦一文字に振り下ろした。
死角から斬りかかられる形になった盾イヴィルは、火花を散らして頭部から真っ二つに両断される。
崩れ落ちる死体で味方からの射撃を防いだ直人は、返す刀で残り一体を逆袈裟斬りにして仕留めた。
強固なイヴィルをバターのように切り裂くこの武器、もちろんただの刀ではない。
イヴィルを切り裂く為に開発された超振動する漆黒の刃。
日本独自の武装、高周波ブレードハバキリである。
何故他国は真似をしないのか、理由は単純。
それは体格膂力共に化け物なイヴィルに近接戦を挑むメリットが皆無であるし、そんな事をしようとする命知らずもいないからである。
しかし金属をぶった斬るというロマンを捨てられなかった日本武装開発チームは、デッキブラシでイヴィルと渡り合ったと噂の当時15歳の直人に協力を依頼。
それから10年かけて直人は訓練と実戦で刀を使った動きを磨き上げ、開発チームはハバキリを生み出した。
結局直人以外にこれを使いこなす者は現れず、今では直人専用の武装と化している。
もちろんその話と直人の驚異的な近接戦闘力を上層部が把握していないはずもなく、特殊部隊選考では満場一致で彼が選ばれた。
「ヒュー!ジャポネニンジャ!!」
「隊長ー!!!」
そんな事になっていたとはつゆ知らず、直人は神業に近いアンブッシュに沸くフランス部隊と自分の部下達にサムズアップを送るのであった。
その後、階段の踊り場で酸素カートリッジを交換し、無線で状況を確認。
外の方は出てきたイヴィルは8割がた殲滅、城内も奇襲や大軍に鉢合わせて戦闘不能になっている部隊も少しは出ているが、概ね順調に中心部を目指しており、既に到着して戦闘になっている部隊もいるとのことだ。
どうやら1世紀の間に人類は進歩し過ぎてしまったようだ。
これでいいのか侵略者。
直人達も目的地へ向かうと、かなり開けた場所に辿り着いた。
2階部分に相当する場所に出てしまったので、その場で加勢しながら見下ろすと、サッカーグラウンドを彷彿させる長方形の広場に、マップの反応通り凄まじい数のイヴィルが集結していた。
中央部はイヴィルの死体が山の様に転がっており、それを乗り越えようとした通常イヴィルが右側からの叩きつける様に浴びせられたフォトン弾により一瞬で蜂の巣にされ、一段と山を高くする。
弾が飛んできた方を目で追うと、イヴィルの死体を遮蔽物に、中国ロシア部隊が弾幕を張りながら突破する機会を伺っていた。
しかし先程の攻撃主は彼らではなく、そのさらに奥の入り口付近にいた。
全身鎧の様な厳つい灰色のパワードスーツ、背中に装着した巨大フォトンタンク。
星条旗のペイントが施されたそこから有線接続でエネルギーを供給したミニガンをぶっ放しているのはアメリカ部隊だ。
「さすが力こそパワーのアメリカ部隊。いつ見ても迫力がハンパないな」
隣にいた敏信からの無線に苦笑しながら今度は視線を左側へ向けると、フィールドの先は両脇が通路、中央部が階段になっていた。
通路からは通常イヴィルが次々と飛び出し、段上には先程の盾イヴィルが密集して陣取っている。
その隙間から遠距離型のイヴィルが火炎弾や雷撃を飛ばしており、その階段を登った奥に、目標物の巨大なフォトン集積装着が根を張っていた。
それに気付いたフランス部隊の隊長と副隊長、敏信が直人の元へ寄ってくる。
フランスと部下のエリート3人組はイヴィルを撃つのに必死で全く気付いていない。
まだまだ若いなと心の中で微笑み、直人は年長組と軽く打ち合わせをすると無線をオープンチャンネルに切り替えた。
「こちら日本、フランス部隊。現在目標エリア上部にて交戦中。集積装置を確認した。降下して起爆工作を行うので動きを合わせたい」
ここから俯瞰する形になったから見えたものの、下からでは特定が困難だろう。
場所を教えると同時に、これ以上の援軍は不要と城内の部隊に知らせる意味も込めて無線を行った。
すると少し間が開いた後、アメリカ部隊から「そちらの姿を確認した。カウント5でデカイのぶっ放すからその後降りてくれ。援護は任せろ、グッドラック」という返信が来たので、こちらも準備に入る。
「よし、これから仕上げの時間だ。爆弾設置は敏信に任せる。俊哉、凰花、綾音、お前らはその援護だ。敏信の指示に従って動け」
「此方からもサポートを回そう。アベル、ローラン、頼むぞ」
先程の打ち合わせの通り、日本部隊をメインにした設置チームを素早く編成する。
新人達にとっては突然の指示だったが、迷う事なく従い、武装と陣形の確認を始める。
フランス部隊は援護チームだったが、新入りと副隊長を付けてくれるようだ、心強い。
それを見て頷いた直人は背中のハバキリを鞘ごと解除すると、左の腰に装着する。
「「「隊長……!」」」
エリート3人組はその姿を見ると、隊長はどうなさるのですか?と言いたげにしていた表情を一変させ、満面の笑みを浮かべた。
ここまでは潜入任務だったため、銃を使った動きを阻害しないよう背中に装着していたハバキリ。
この形を取ることにより、フォトンを利用したギミックが解除され、真価を発揮する。
それは10年以上磨き上げ、上層部にも認められた彼の本気の戦闘が始まる合図。
『パワードスーツへの接続を確認。ハバキリ、通常モードに移行。フォトンエネルギーの充填を開始します』
カエデのアナウンスと共に、パワードスーツの液体フォトンが腰に巻いたベルト状アダプターにより変換され、ハバキリへ供給されていく。
本来の形になったハバキリの鞘は、根元の部分にグリップとボタンが存在し、更にそのすぐ後ろの腰に接している部分には小型のバッテリーパックのような物が装着されていた。
準備を終えてふと視線を下に向けると、いつの間にかアメリカ部隊が配線むき出しの無骨な円筒形の物体を構えており、5人全員がその筒に背中から伸ばしたフォトンタンクの有線を接続していた。
その姿はさながらヒーロー戦隊の必殺技のようである。
「Hyper Cannon ready.Count5……4……3……2……1……fire!!」
無線からのカウントダウンが終わると、筒の先端から強烈な熱線が放出された。
5人分のフォトンが圧縮されたエネルギーの奔流は、中央部の死体の山を容易く貫通し、付近のイヴィルを蒸発させながら階段のど真ん中に直撃する。
凄まじい閃光から目を背けること10秒。
下を覗くと、四肢の一部が床と固着したり、隣にいたもの同士でくっついてしまったり、下半身を失ってのたうちまわっているイヴィルで溢れ返っており、とても日曜朝には放送できない光景が広がっていた。
熱線の到達点である階段の中心部は大きく削り取られ、密集陣形を取っていた大量のイヴィルが跡形もなく消滅している。
「GOGOGO!!!」
あまりの火力に全員呆然としていると、アメリカ部隊が無線で檄を飛ばしながらサブマシンガンで応戦し始めた。
流石にあんなのを撃てばもうミニガンは使えないのだろう。
その声にハッとして各部隊が動き始める。
敏信達設置チームの動きを悟られないよう、援護チームは派手に立ち回らなければならない。
『フォトン充填率40%』
カエデのアナウンスを聞きながら着地地点にいるイヴィルを圧縮フォトン弾で蹴散らすと、直人は抜刀して飛び降りた。
いくら数を減らしたとは言え、降りてみるとまだ結構な数が残っていた。
着地と同時に通常イヴィルが飛びかかってきたが、素早く踏み込み一閃。
空中で真っ二つになったその姿に目もくれず、片足を失って暴れているイヴィルの首を跳ね飛ばして階段へ向かう。
『フォトン充填率60%』
後ろに続くフランス部隊の支援を受けながら、直人は凶刃を掻い潜り突き進む。
敵陣の奥まで食い込み注意を自分に向けなければ、敏信達はあっという間に囲まれてしまう。
盾イヴィルの突きを半身で交わして首を撥ねとばし、その胴体にワイヤー付きアンカーを射出。
パワードスーツの膂力にモノを言わせ金属塊と化した死体を振り回し、前方の集団に叩きつける。
こんな自分を慕ってくれる奴らだ、絶対に死なせはしない。
『フォトン充填率80%』
素早くサイドステップで射線を開けると、死体を叩きつけられて怯む集団に背後からフォトン弾が雨あられと降り注ぐ。
直人はそれ一瞥すると、今度はハイパーキャノンが直撃して最早ちょっとした壁の様になっている階段にワイヤーを射出。
巻き取る力を利用して駆け上り、上を目指す。
ここからは遠距離型の個体からの攻撃も激しくなるが、ワイヤーを駆使して縦横無尽に立ち回っていく。
パワードスーツとナノマシンで強化された肉体が、人間離れした三次元機動を可能にし、直人の生存率を高めてくれる。
一心不乱にハバキリを振り回し、遂に最上部へ到達。
するとそこは、イヴィル達が直人を遠巻きに取り囲んでおり、目の前には今まで見た事のない金色のイヴィルが長椅子のようなものに鎮座していた。
周囲のイヴィルは直人に攻撃する素振りも見せず、ただ遠巻きに見ているだけ。
チラリと奥へ視線を向けると、上を伝って集積装置に辿り着いた敏信達の姿が見えた。
視線を目の前に戻すと、金色のイヴィルが立ち上がってこちらを見ている。
体躯は従来の奴よりふた回りほど大きく、甲冑を彷彿させる形状に発達している。
足も他の奴と違い爪ではなく厚底のブーツの様に丸まっており、上半身に至っては左腕が盾、右腕がブレード状に変化していた。
「何だ、一騎打ちのつもりか?」
この状況、まるで追い詰められた敵将が起死回生を賭けて一騎打ちに臨むシーンそのものだ。
超技術を所有している癖にやる事が古風過ぎると困惑しつつも得物を構え直すと、金色のイヴィルが見かけによらない素早さで直人に接近し、右腕を振り下ろした。
幾ら見た目が良くてもやはり動物的な攻撃かと直人は冷静に剣筋を見切り、カウンターを叩き込もうと横に回避する。
しかし次の瞬間。
なんと地面に接する寸前の刃が翻り、直人の動きに合わせた斬り上げに変化した。
「なっ!?」
とっさにブレードの軌道上にハバキリを滑らせて受け流し、相手の膂力を利用して大きく距離を取る。
初撃は誘い、今の一撃は紛れもない鍛え抜かれた剣術だった。
(イヴィルはどこからやってきて一体なんなのかって言うテーマは今日まで議論が続いているが、こいつの出現により一層謎が深まるだろうな)
アドレナリンの分泌でハイになっている直人は、唐突にそんな関係ない事を思い浮かべながらも、獰猛な笑みを浮かべて斬りかかった。
同胞が容易く斬り裂かれる姿を見ていたのか、金色はハバキリを警戒して一歩引いた堅実な戦いをする為、攻めきれない一進一退の攻防が続く。
『フォトン充填完了。リミッター限定解除、【天羽々斬】起動します』
酸素の消費が激しく、このままではヤバイと直人が焦りを抱き始めたその時。
遂に待ち望んでいた声が耳に届いた。
集積装置に背を向けるよう位置取ると、すかさず距離を取り納刀。
金色イヴィルは武器をしまうと言う行為に一瞬戸惑う様子を見せたが、それをチャンスと見たのか、再び距離を詰めようと駆け出した。
「じゃあな金色、楽しかったぜ」
それを視界に収めつつ、直人は健闘した相手に短い言葉をかけて鞘元のスイッチを押し込む。
すると次の瞬間、鞘の中で限界まで圧縮されたフォトンが運動エネルギーに変換され、炸裂。
行き場を失った力が出口を求めて飛び出そうとする結果、納刀状態のハバキリを一瞬で超加速させた。
パワードスーツの膂力を持ってしても腕が千切れそうになる威力を直人は巧みに操り、一気に振り抜く。
そして変換されずハバキリに纏わり付く高濃度のフォトンは、刀身に刻まれた切断の概念に反応し、不可視の刃となって前方を駆け抜けた。
そう、特殊ギミック【天羽々斬】とはフォトンを利用した超威力の居合い斬り。
どんな強敵も困難も断ち切れるようにと八岐大蛇を屠った日本神話から名を取った、技術チームの最高傑作にして追求したロマンの終着点。
殺気を感じたのか、金色のイヴィルが咄嗟に盾を構えるも時既に遅し。
盾ごと真っ二つにされた上半身が、慣性に従って直人のすぐ脇を通過し、目の前には下半身だった金属塊が転がり込む。
一拍遅れて、2人を取り囲んでいた直線上のイヴィル達も同じ運命を辿った。
1世紀に渡る因縁は、あまりにも呆気なく一刀の元に断ち切られた。
『反物質爆弾の起動を確認。起爆まであと20分、起爆まであと20分』
「流石だ直人、お陰で楽々設置出来た。助かったぜ」
残心しているとカエデのアナウンスと共に敏信から無線が入る。
それと同時に、直人の周囲にいるイヴィルに圧縮フォトン弾が降り注ぎ、全てを金属塊に変えた。
射線を辿ると、既にワイヤーで上へ移動して来た道を戻って行く設置チームの姿があった。
(手を振っているのは俊哉と凰花だな……)
軽く手を上げてそれに応えマップを見ると、他の部隊も次々に引いて行くのが確認出来た。
「お前らも良くやった。俺も撤退する」
敏信達の姿が入り口から消えたのを見届け、直人も引き返そうとしたその時。
足元に転がっていた金色イヴィルの死体が液状に変化した。
「は?」
嫌な予感がして咄嗟に飛び退くと、金色の液体金属は直人のいた場所を通過し、近くにいた頭を撃ち抜かれ倒れるヴィルに飛びついた。
すると物の数秒でそれも溶け出し、隣のイヴィルに付着する。
溶ける、付着する、溶ける…………。
死体だろうとお構いなしに取り込み、みるみる液体金属の波と化していく光景を、直人は最後まで見届けることなく駆け出した。
散々暴れ回った階段を一気に飛び降り、まだ暴れている障害物を斬り飛ばして疾走。
ワイヤーを駆使して壁を駆け上がり、あっという間にフロアの入り口に辿り着いた。
チラリと後ろを確認すると、もはや銀の大波と化した液体金属が段上から溢れ出し、その規模を拡大しながらアメリカ部隊達がいた下の入り口へと殺到……せずに直人の方へ向かおうと壁面に押し寄せてきた。
「往生際が悪いぞ!部下を見習えクソ金属!」
明らかに自分を狙っている死に損ないに悪態をつきながら再び駆け出し、無線をエマージェンシーコールに切り替える。
「全部隊に報告、イヴィルが液体金属に姿を変え暴走している。一刻も早く退避しろ!」
緊急事態に騒がしくなった無線を切り、今度はカエデに指示を出す。
「カエデ、 機体を俺が侵入した場所に寄せろ!ハッチを開いて待機だ」
『命令を受諾。指定ポイントにて待機します』
あとはゴールを目指すのみ、複雑だが1時間近くかけて通った道なので迷う事はない。
一歩踏み出すたびにフルパワーで稼働するパワードスーツがキシキシと悲鳴を上げ、激しい有酸素運動により心許無い酸素残量がみるみる減少していく。
『起爆まで残り10分、起爆まで残り10分』
酸素、体力共に限界が近づいて来たその時、直人は遂にカエデが待つ合流ポイントに到達した。
角を曲がるたび視界の端に見えた液体金属はいつの間にか追って来てはいなかった。
どうやら逃げ切れたようだ。
残り時間は9分弱、この機体の速度なら余裕で爆発範囲から離脱出来る。
フラフラになりながらコックピットに転がり込むとハッチが閉まり、機内が一瞬にして空気で満たされる。
首筋のロックを解除し乱暴にヘルメットを脱ぎ捨てる直人。
頭をガシガシと掻いて呼吸を整えながら機体の向きを変えると、次々と離脱して行く戦闘機とは別に、こちらを見ている仲間達の姿があった。
「あ、おい直人!イヴィルが液体って何があったんだ!」
代表して敏信から無線が飛んで来た。
直人の姿に只ならぬものを感じたのか、声に若干の焦りが見える。
「あぁ、それは……ぐあぁ!!!」
「直人!?」
直人が答えようとしたその時。
コックピットを大きな衝撃が襲い、機体がゆっくりと降下してそのまま真下に着陸する。
警報音と共にモニターに表示された機体の見取り図は、後部を示す部分が赤く点滅しており、それは故障、破損を意味していた。
『重力制御装置及び後部スラスターに被弾。損傷レベル、大。対物理障壁を緊急展開します』
カエデの声と共に障壁が展開され、追撃を防ぐ。
何事かと周囲を見回すと、後方上部の城壁が触手のように蠢いて直人を攻撃していた。
「ぐっ、コイツら何でもアリかよ!?」
「大丈夫か直人!!」
「隊長!」
「直人さん!」
「嘉神隊長!」
一部始終を見ていた隊員が悲鳴を上げながら咄嗟に機銃で触手を撃ち払う。
その隙に直人は脱出を試みるが、制御系統をやられた為に離陸出来ない。
破壊されるも構わず、触手は徐々に数を増やして直人を攻撃する。
しかし効果が無いと気付いたのか、今度は取り込もうとジワジワ機体を覆い始めた。
『起爆まで残り7分、起爆まで残り7分』
仲間達が直人を必死に救出しようとするも、無慈悲にもタイムリミットが刻一刻と迫る。
このままでは全滅してしまう。
直人が隊長としてすべき事はもう決まっていた。
「敏信……」
「何だ!!」
「今までありがとうな。あいつらを頼む」
「……っ!馬鹿やろおおおおおお!!!!」
直人は操縦席のコンソールを操作すると、敏信に短い別れの言葉を告げてエンターキーを入力した。
『特殊コマンドの入力を受諾しました。操縦者の生体認証を開始……完了。登録者、嘉神直人を確認。登録されている指揮下の機体に緊急離脱命令を発信します』
カエデの音声と共に銃撃が止み、統率の取れた動きで敏信達の機体が城から離れるように向きを変える。
緊急離脱命令とはAIに指示を送り、指揮下の機体を予め設定したポイントに向かわせる、隊長機と副隊長機のみが使用できる最後の手段。
今回は補給拠点である国際宇宙ステーションに設定している。
「これは……くそ!やめろ!隊長が!隊長が!」
「嫌、嫌、嫌あああああ!!直人さぁぁぁんん!!」
「嘉神隊長!そんな…………」
それぞれのAIがアナウンスをしたのだろう。
全てを悟ったエリート3人組が半狂乱になって直人の名を叫びながら、敏信と共に飛び去っていった。
「お前ら、不甲斐ない隊長ですまない。これからの世界を頼んだぞ」
取り乱す部下に心を痛めながらも、最期の言葉を告げて通信を終了すると同時に視界が完全に覆われた。
「はぁ…………」
突如訪れた静寂の中、直人は大きく息を吐いて操縦席にもたれ掛かる。
そう言えば数時間前にこれであいつらに怒られたよなと思い出し、ふと笑みをこぼした。
状況は絶望的だが恐怖は無く、寧ろ達成感に包まれていた。
やはり自分の運命を変えたイヴィルにとどめを刺せた事が大きいだろう。
奴らによって不幸になった者は大勢いる。
その中で、直接手を下せた自分は幸せ者だろう。
そう思うと、自分は心の何処かでイヴィルを憎んでいた事に今更ながら気付かされる。
「あぁ……短いがなかなか濃い人生だった。悪く無いな」
『起爆まで残り1分、起爆まで残り1分』
遂に死へのカウントダウンが1分を切った。
「カエデ、対物理障壁を最大出力で展開しろ。燃料なんて気にするな、思いっきりやれ」
『了解しました。対物理障壁、最大出力』
このまま終わろうと目を閉じたが、ふと出来心が芽生えてカエデに指示を出す。
どうせやる事も無いし、障壁と対消滅の威力で力試しでもしてやろうという軽い気持ちであった。
濃密なフォトンの膜が取り込もうとするイヴィルを押し退け、機体との間に僅かな空間を生み出す。
『起爆まで残り10秒……9、8、7、6……』
「カエデ、お前も今までありがとうな。最初はウザかったけど、最高のパートナーだったぜ」
『……いつでも何処までも、私はマスターのお側にいます』
何気なく呟くと、カウントダウンに被せてカエデがそう返答した。
『2……1……0。起爆』
予想外の返事に目を見開いたその瞬間。
カウントが終わり、取り付いたイヴィルを剥ぎ取りながら迫り来る凄まじい光に包まれて、直人は意識を失った。
エンディングでは無いですよ!プロローグですよ!いよいよ物語が始まります。これから登場する兵器の説明をしつつ、今後の為に直人の気持ちを吹っ切れさせるように書いていたらクッソ長くなってしまいました。