プロローグ-1
こういう隊長っていいよね
『これより、人型知的生命体イヴィルの殲滅作戦を開始する!』
国連事務総長の宣誓で、この日のために訓練を積んできた世界中の精鋭達は宇宙へ上がった。
その後宇宙ステーションで装備の最終点検を受け、現在は敵の本隊目指して飛行している。
彼らが乗っているのは人類の叡智がこれでもかと詰め込まれた最新鋭戦闘機。
フォトン技術と改良に改良を重ねられた耐熱超合金によって、100年前の戦闘機より二回り大きいくらいの見た目で宇宙航行も単独大気圏突入も可能になったスーパーマシーンである。
「はぁ……」
その飛行集団の1つ、日本宇宙戦略特殊部隊。
オープンチャンネルで垂れ流している他国のチームが交わすフランクな雰囲気の無線をBGMに、どこか疲れた表情をした男がなんとも間の抜けたため息をこぼした。
彼の名は嘉神直人。
邪魔にならない程度に揃えられた癖っ毛に、純日本人だがアラブ系を思わせる少し彫りの深いシャープな顔つきをしている。
人生に疲れたような気怠げな表情を常にしているが、その眼光は荒ぶる猛禽類のような鋭い光を帯びており、歴戦の戦士を思わせる風格を纏っていた。
「なにオヤジくさいため息こぼしてるんすか隊長。フレッシュのやる気を削がないで下さいよ」
「あぁ、隊長のため息もステキですわ」
「相変わらずの歳上趣味ね凰花。ま、まぁ私も……嫌いじゃないけど」
それに反応して、直人の後ろを飛行する3機からの無線に機内が突如騒がしくなる。
会話の順に早川俊哉、須藤凰花、竜胆綾音。
男1人に女2人、年齢は全員18歳。
精鋭にしては若過ぎると思うかもしれないが、彼らは優秀な遺伝子を持つものとして産まれた時から選ばれ、ナノマシン適合試験を潜り抜け、3歳から始まる厳しい戦闘訓練を耐え抜いたエリート中のエリート。
イヴィル侵略を契機に始まった宇宙進出計画に基づいて育成された、これからの時代を担う人類の希望なのだ。
「はっはっはっ、慕われてるんだか馬鹿にされてるんだか分からねぇな隊長さん」
そして隣の機体から無線を飛ばしてきたのは横山敏信。
角刈りにコックピット越しでも分かる白く光る歯が眩いいかにも軍人風の男は、この部隊の副隊長。
直人とは同期で、かれこれ20年近い付き合いになる親友でもある。
「……お前も俺もまだ28だ。全く、エリート集団の中で一般兵は肩身が狭いぜ」
直人はそんな事を言いながら1人コックピットでやれやれと肩をすくめる。
この作戦に参加している各国の特殊部隊は直人のチームと同様にエリート3名とベテラン一般兵2名で構成されている。
一般兵ながら上司の推薦を受け候補生となり、ナノマシン適合試験を乗り越えて地球外活動知識や対イヴィル戦闘訓練を身に付ける。
なんだかんだ言って、エリート組より修羅の道を走り抜けている敏信も直人も控えめに言って超優秀なのだ。
直人と敏信が特殊部隊に任命され、このチームを組んで3年になる。
顔合わせ当時は一般兵の癖にと見下していたエリート3人組だったが、面倒見の良く的確なアドバイスをくれる敏信、少しやる気が無いが行動で示す謎のカリスマ性がある直人と過ごす内に、少し危ない奴もいるが、今では頼れる兄のような信頼関係を築いていた。
いくらポテンシャルが高くても3人組の心は所詮子供。
厳しい訓練や一般兵に紛れてのイヴィル戦を繰り返す過酷な日々で荒みかけていた彼らにとって、2人の存在は心強い存在だったのだろう。
「直人さんにエリートって言われると皮肉にしか聞こえないっすよ……」
「同感です。私達が3人かがりで挑んでも全く歯が立たないとか本当に人間なんですか?」
「謙虚な姿勢もまた素敵ですわ……」
酷い言われようだと直人は苦笑いを浮かべる。
彼らは産まれた時からイヴィルと戦う事を教え込まれ、その使命に燃えているが、直人は別に成りたくてこうなった訳じゃない。
直人も敏信も、12歳の時にイヴィルに襲われ、災害孤児として政府に保護され軍人となった。
敏信の心境は知らないが、直人の家庭環境はあまり良いものではなかったので、当時はイヴィルが憎いと言うより、ただ自身の非力さに絶望していた。
それ以来、もうあんな目は御免だと我武者羅に力を求めて足掻いていたに過ぎない。
飲み会の席で上司から推薦の話を持ちかけられた時は、あまり深く考えず強くなれるならと二つ返事で候補生となったが、まさか隊長に任命されるとは思ってもなかった。
そしてよく分からない生意気なガキを押し付けられ、あれよあれよと言う間に人類の希望だとか言われ宇宙へ打ち上げられてしまったのだ。
どこまでも自分本位な奴が此処へ居ていいのかと今更ながら考えるとため息の1つも吐きたくなると言うものである。
「まぁ直人は天性の戦闘民族みたいなものだからなぁ。今更ながら目標にしても虚しくなるだけだぞお前ら」
「敏信テメェ、人を人外扱いすんじゃねーよ」
「12歳の時、俺が泣きながら自衛隊を引っ張ってきたら、デッキブラシ振り回してイヴィルと渡り合ってた奴は何処のどいつだっけかなぁ?」
「あれはその……若気の至りってやつだ」
「「「はぁ!?」」」
敏信のカミングアウトにエリート3人組が素っ頓狂な声を上げた。
確かに今思えば頭がおかしい事をしてたと直人は回想する。
あれは直人と敏信が公園で遊んでいた昼下がり。
2人しかいなかったので、そこら辺に捨てられていたデッキブラシと落ちていた野球ボールでゲートボールの真似事をして遊んでいたら、突如あちこちで悲鳴と爆発音が聞こえて目の前に銀の塊が一つ降ってきたのだ。
ニュースで頻繁に見ていたので、それがイヴィルだとすぐ分かった。
逃げられないと本能で感じた直人は、大人を呼んで来いと腰を抜かしてる敏信を蹴り飛ばして時間稼ぎをしようとしたのだ。
それからの事はよく覚えていないが、不思議と怖くはなかった。
人間、あまりにも突拍子もない出来事に遭遇すると思考が麻痺するのだろう。
次々と振るわれる銀閃がジャングルジムやブランコを細切れにしていく様子を視界に捉えながら本能と勘で立ち回っていると、敏信が泣きながら自衛隊を連れてきて事なきを得たのだ。
『マスター、間も無く作戦領域に突入します』
無線の奥でギャーギャー騒いでる3人組を無視して1人思い出にふけっていると、突如機内から発生した鈴の音を転がしたような電子音声に意識を呼び戻される。
こいつは【戦略支援インターフェイスシステム】と呼ばれる、いわゆる人工知能だ。
本体はボーリング玉サイズで、この戦闘機とリンクする事により無類の性能を発揮する。
宇宙空間や他の惑星など、地球の支援が届かない場所での活動をサポートするために開発されたらしく、この部隊に任命されると同時に配備された。
声の性別はランダムで、名付けろと言われた時は困ったが、たまたまその時の季節が秋だったのでカエデと名付けた。
最初は下手くそな通訳を通して会話してるようで鬱陶しかったが、今ではまるで人間のようにスムーズな応対をする。
更にこの三年で俺の性格や感情の起伏まで学習して、任務外の時でも質問に応じて最適な情報を提示してくれる実に頼もしい奴になった。
騒いでた奴らもそれぞれの人工知能からメッセージを聞いて口を閉じ、無線の奥から緊張感が伝わってくる。
「よし、もうすぐお仕事の時間だ。武装と役割をもう一度確認しておけ。サクッと片付けて凱旋と行こうぜ」
「「「「了解!!!」」」」
隊長らしい?掛け声に緊張が和らいだのか、メンバーから元気の良い返事が返ってくる。
まぁ自分本位に生きて来たが、こいつらだけは死なせる訳にはいかないなと苦笑しながら、直人はヘルメットを装着し、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。