容疑の押し付け合い・リターンズ
「今回のは僕、自信あるけどね」
思い切った言葉が口から出ていくのは、やっぱり閃きによる高揚感の表れなのだろうか。
「もったいぶってないでさっさと言うっすよ」
「……鳴子、調子乗ってる……モテない……」
「え、鳴子さんはおモテにならないのですか?」
……なんか変な方向に行くからもっと謙虚に行こう。
「いやさっさと言いたいのはやまやまなんだけど。もっとさ、論理的に隙がない感じで言いたいなあって」
事実、僕を含めてとりあえず全員が何らかの推理をしているものの、どこかに隙があって打ち破られているのだ。
「相当な自信だなあ」
滝井が感心した風に言う。イケメンに褒められるの、なんかいいよね。
「さっきの小坂の推理じゃないけど、シンプルに考えてみよう。つまり、コインはどこかで入手されて、どこかで混入した。で、今のところ、その二つを同時にできる人物が考えられないってことだ」
「そうだよねー」若菜が頷く。「まったくもってそう」
「だよね。それでさ、入手経路と混入経路なら、たぶん入手経路の方が難しいと思うんだよ」
「……そう、かも……」
瑠璃絵が視線を空にやり、今までの推理を振り返る。まあ、恵美の推理みたいに、僕が混入させるふりをした、みたいなものもあったけれども。
「なにせ、僕たち全員、授業を含めれば昨日家庭科室に行ってるからね」
「ああ、そうか」
滝井が手を打った。さっきの滝井の推理は、エプロンにコインを落としてしまってそれが三人娘の手に渡ってしまったというもの。共感しやすいだろう。
「ちなみに滝井は、調理実習って午後だったんだよね」
「そうだな。よく知ってるな」
「まあね。だって、家庭科室でコイン落としたの、滝井だから」
僕の唐突な指名に一同は目を丸くした。
「ええ、どゆこと?」
「全然つかめません……」
若菜と恵美のコンビが特にちんぷんかんぷんといった様子。よっしゃ、僕の説明ターンだ。
「僕、コインの入手経路がどこなんだろうって考えてたんだよね。だって、午前中の家庭科の時間にも、今西が落としたとは考えにくい。昼休みにはあった気がするって記憶があるから」
「それ、あやふやなやつじゃない……?」
瑠璃絵のツッコミ。まあそうなんだけども、可能性としては昼休みにコインが手元にあるって場合のほうが起こりやすいってことで。
「それに、午後の体育の時間に誰かが取ったってのも考えにくい。でもそれが終わったらもう放課後だ。一体どこで落としたのか。一つだけ見つけた。昼休みだ」
「昼休みっすか? どこでっすか」
「今西、昼ごはん弁当じゃなくて購買部で買ってるだろ。そこで間違えて一緒に払っちゃったんじゃないの?」
「あー……それは……考えられないことも、ないっすね……」
よっしゃ。美和本人から否定されなければ儲けものだ。
「そうだとしたら、購買部の店員さんも気付くとは思うんだよ。でも昼の時間って混んでるから、今西もさっさと抜けてるかもしれないし。その時に困った店員さんに対して、返しておきますよって別の生徒が言ったら、店員さんは預けるんじゃないかな」
「た、確かに」
若菜からも賛同を得られた。よしよし。
「待て待て、それが俺ってのはなんでなんだよ」
おっと、そこをまだ説明してなかった。
「だって、ここの六人、滝井と今西以外、みんな弁当派だもん。購買部行かないよ」
滝井がそういえばそうだ、という顔をした。それでも間髪入れず、
「でもお前、俺がコインもらって家庭科室でコイン落としたってとこまで事実だったとしてもよ、エプロンのサイズが違うんじゃないか? 俺、当たり前だけど男用のエプロンしてたぜ」
「それはなんとかなるんじゃないかな。例えば、実習のシリアルのパッケージのスクラッチに使うコインを探している女の子に、それを渡して、そのあと返してもらうの忘れてた、とか」
「そりゃねーよ……つっても、俺が否定するだけじゃあダメなんだよな……」
その通り。疑いをかけられた者は、もっと客観的な事実をもって反証してきたのが、今までの推理の流れである。
「でも、ですけど」
ここで恵美がつぶやいた。この子、発言が結構ぶっ飛んでたりするから要注意だ。
「それって、滝井さんである必要はないのでは? 購買部で別の女学生が店員さんから預かって、午後の家庭科の授業で落とした、と考えたほうが合理的であるように思います。なにも、ここの六人で全てを完結させなくても」
「あー……それは……」
やばい。超ド級の正論来た。
「まあ、そうですね……」
やむなしの敗北宣言。
「一郎、だっさー」
「ぷぷ……モテない……」
すかさず行われる追い打ち。ちょっと待て扱いひどすぎない?
「で、でも推理の根幹自体はいいじゃん。購買部を経由すれば、入手経路の問題は解決するじゃん」
「それにしても、容疑者が一気に広がったっすねえ。要は、滝井クンの同じクラスの人含めて昨日の午後に家庭科室を使った生徒全体が容疑者ってことっすよね?」
そうなってしまう。美和に言いに来ないのも理由として成り立つし。
「こればっかりは、犯人捜しするわけにいかないし、戻ってきたから良かったねってことになるね」
「お前、俺を犯人呼ばわりしたじゃんさっき!」
「それに関しましては深く謝罪申し上げます」
だってさー。今までの流れで、六人の中の誰かを指名する感じあったし。
「ってか、仮にエプロンの中にコインが残ってて、それを家庭科室にいた三人の誰かが着て、チョコ作ってるうちに落とした、みたいなのが前提ぽいっすけど、それって本当にあり得るんすか? 普通気づかないっすか?」
「美和ちゃん、それはねー、気付かない可能性アリアリだねー。あたし、結構でっかい型つかってたし、みんな何度も覗き込んでたし」
なるほどね。まあ、多少の予定外はあったものの、筋の通った推理を言えてよかった。
「筋は通ったな、とか考えてるだろ鳴子ォ」
「エスパーですか、滝井さま?」
滝井を見れば、よくも言ってくれたなといった様相である。根に持ってるな。
「お前の推理、筋が通ってるかどうか確認するの、簡単だよなあ?」
「あ、はい……そうですね……」
そう、実はすごく簡単なのである。購買部の店員さんに聞けばいいだけなのだ。
そして案の定、そんなことあるわけないよと笑う購買部のおばちゃんの証言を手にした滝井たちは、それ以上の爆笑をもってして僕を迎え入れたのである。
畜生、くやしいぞー!
一郎→歌丸