好かれ好かれるイケメン論理
「つってもなー」
不服そうに口を尖らせる滝井。それでもここを離れないのは、やっぱり告白ラッシュからの避難なのだろう。ちょっと教室の外に目を走らせれば、こちらをしばらく眺めては立ち去る女学生がちらほら。タイミング窺ってるねー。
「俺からすれば、家庭科室でコインが混入したんだろ、で終わりなんだよなー」
「ですが、それは川端さんの指摘で考えにくくなったのでは?」
「そうなんですけどねえ、白庭台さん」
あ、滝井のやつ、恵美に丁寧語になりやがった。わかるけど。
「というかさ」僕が何気なしに訊く。「小坂がチョコ作る理由もわかるし、白庭台さんもそれっぽいイメージあるからわかるけど、なんで川端は昨日チョコ作ってたの? そういうの、めんどくさがりそう」
「……むか」
「ご、ごめん」
結構鋭い視線が来た。
「……私は確かにズボラだけど……チョコレートは好きなんですけど……」
「そ、そうなんすね。意外っす」
「……むかむか」
「ひぃ! ごめんっす!」
「要は、自分で食べるように作ってたってこと?」
「そだよ」若菜が代わりに答えた。「結構凝ってた!」
「私みたいな人間が……パティシエ目指しちゃいけませんか……」
「目指してんの?」
「目指してない……」
がくっ。なんで言ったんだ。しかし冗談とばすとはまた珍しい。
「ちなみにエミちゃんも、滝井くんにあげようと思って作ってたんだよ、このクソ滝井」
「とんだとばっちりだな俺!」
イケメンの業だからしかたない。もっと罵倒されたまえ。
恵美も否定しないあたり、事実なのだろう。まあ、こういう風にカミングアウトされるのが恥ずかしくなくていいかもしれない。若菜流の気遣いというやつか。
「……とりあえず、軽い冗談はさておくぞ」
げっ、こいつ今までのやり取りを軽い冗談扱いしやがった。
「俺的には、家庭科室でチョコが混入しましたでいいと思ってて、その理由付けだよなー問題は。そうだなー、あー、あ、そうだ」
「なんか思いついたっすね」
「うん。今西じゃね?」
「う、ウチっすか?」
ついに自分に来たかと身構える美和。僕としても、どういう理由付けか気になるところ。
「単純、単純。今西が家庭科室でコイン落としたんだよ」
「えー……それっていうのは、昨日の午前中の家庭科の授業っすか?」
「そうなるよなあ。今西が家庭科室に最後に行ったのは、その時間だし」
「んー、まあありえなくはないっす。失くしたタイミングとしては早い気もするんすけど、家庭科から体育の間までって昼休みくらいだったんで、その期間に必ずコインを見たかどうかっていうのは自信ないっすからね。ただ」
「ただ?」
「家庭科の授業で落とす要素、あったっすかねえ?」
確かに。落とす時は落とす、と言われればそれまでだが。もっとも滝井にはもう少し思う所があるようで、
「あの日は調理実習だったけど、市販のコーンフレークを使っただろ。で、そのパッケージにスクラッチ形式のクジが付いてたんだよな。こすって出てきた文字がアタリだったら景品のために応募ができます、みたいな」
「……そういえば……」
「ほ、本当です!」
瑠璃絵が思い当たる表情を作り、恵美が目を丸くした。ということは事実か。僕としては記憶にないが、瑠璃絵が覚えている以上そうなのだろう。同じクラスだし。
「そんときに今西がドル硬貨を使ったとして、一回財布から出すと。まあ、それを貸出しのエプロンに仕舞うとしよう。それを忘れて、エプロン脱ぎっぱなしで放置……どうよ?」
なるほど、これなら説得力がある。
「確かにうちの家庭科室、エプロンは脱いでまとめてハンガーでかけるタイプだもんね。ありえる!」
若菜も納得顔だが、美和はあまりしっくりきていない。
「ウチ、そんなことした記憶ないっすけどねえ……」
「けど小坂」僕から疑問を一つ。「家庭科室って横に洗濯機あったじゃん。エプロンなんてこまめに洗ってるんじゃないの?」
「あ、あれは確かにそうなんだけど、毎日じゃないし、あたしたちがチョコを放課後につくったあとに洗うって先生が言ってた」
「先生って、家庭科の?」
「そうそう。洗うの先生なんだよ。チョコ作りのときも一応立ち会ってもらってた」
「な」自説を補強された滝井が笑みを見せる。「それでいいじゃん。で、色々あったけど無事戻ってきましたと。一件落着だ」
うまいこと丸めようとするやつである。まあ、平和的なオチだし、これでいいのではないかとも思う。他のメンバーも概ね同意だったのだろう、揃って美和を見る。
しかし。
「……申し訳ないっすけど、それはやっぱり考えにくいっすよ」
「……えー……」
瑠璃絵が心底悲しそうな顔をした。いったい美和はどの点が引っかかるのか。
「だって、ウチのエプロンのサイズ、Lっすもん」
「ぎゃ」
若菜がやられたと言わんばかりの声を上げた。
「そうか……美和ちゃんLだもんなあ……ってことは、仮にコインを忘れてもLのエプロンに入ってるのかあ」
家庭科室のエプロンはサイズがある。美和はいつも座って消しゴムハンコに熱中しているからあまり気付かないが、実はでかい。男子のような体格をしている。
そして小柄な若菜はSサイズ。恵美も同じような体型なのでSだろう。
「川端、どうなんだ」
滝井の問いに「……M……」と悔しげに返す。
「じゃ、じゃあ家庭科の先生は」
「先生、あたしと体型近いけど一応Mを着てる。それでも大き目だから、Lは着ないよ」
「な、なんだと……」
イケメン滝井、無念の表情で崩れ落ちる。なんかちょっと周りから悲鳴が聴こえた。
僕も盛大にぶっ倒れたら介抱してくれるかな? 女子のみんな!
滝井→今西