当然男も疑います
「コインの入手経路の話なんだけどさ……ぶっちゃけ、今西がどっかで落としたのを誰かが拾ったってのでいいんじゃないかな……」
いきなりの元も子もない理論に僕たちは揃って絶句した。
「ウチ、落としてないと思うんすけどねー」
「だけど、こうしてチョコの中から出てきてるじゃん……」
「そうっすけどー」
「……まあいいよ。私が言いたいのはさー、誰かが拾ってチョコに間違って入っちゃうって可能性自体はあってもいいのかなって……でもさ、だったら……私拾ったよって言えばいいだけの話だと思ってね」
「ホントだね」
若菜が頷き、僕も納得した。例えば若菜がコインを拾ったとしたら、あーあのときのコインが入っちゃってたんだゴメン、で終わる話である。もちろんそれは、瑠璃絵や恵美にしても同様だ。みんなでそれぞれのチョコを作っただろうから、若菜の巨大チョコに入った可能性はみな同様のはず。
「で、ここで一つ情報なんだけど……小坂が作った巨大チョコって、実はインターネットで結構有名なレシピなんだよね……」
「そうなのか」
滝井が言うと、若菜がそうなんだよと肯定する。
「あたし、料理とか苦手だからさ! 有名なサイトで見たとおりに作ったの。占いの先生も兼ねてるやつだから、包装までこだわりがあるんだよ」
「上手につくってましたよ、小坂さん」
「エミちゃんアリガトー!」
「それをふまえて……コイン入りのチョコは、滝井が渡したんじゃないかなーって」
「はい?」
予想外すぎる指摘に、僕はつい声を漏らしてしまった。滝井を見れば、言われたことを飲み込めていないといった混乱の表情だ。
「お、俺ェ? チョコを俺が渡すの?」
「そ、そうっすよ川端サン、わけわかんないっすよ」
「や……小坂が滝井にチョコを渡すと……滝井は彼女がいるから受け取れないと返すと……その二つのチョコが別物っていう……」
なんてこった。すり替えアクロバティックか?
「え、ええと」恵美が整理するように、「二つのチョコは、同じ外見ってことですよね……そんなこと……あ、インターネットで有名なレシピ」
「そう……包装まで指定されているからあり得ないこともない」
「いやいやおかしいぞ」僕がつっこむ。「そもそも滝井は誰からのチョコも受け取らないだろ、彼女いるんだから。そういう意味で小坂からのも断ったわけだし。なあ?」
「もちろんそうだ」
「ってか、滝井くん彼女誰?」
唐突にぶっこむ若菜。
「いや言わんよ?」
そりゃそうだ。
「……可能性はないこともない……彼女からもらったチョコなのかも……」
「なるほど……ムキ―っ!」
若菜よ、自分が受け取ってもらえなかったからといって嫉妬するな。
「じゃあ、その彼女さんがコインを拾ったってことだな。ってことは滝井の彼女、ここの生徒確定じゃん」
きゃ、と恵美が声を漏らした。え? やっぱそういうの好きなの?
「あるいは……滝井の妹がコインを拾って……家でチョコを作って……お兄ちゃんに渡したとか。妹のなら受け取るでしょ」
突拍子もないと思っていたが、まあ、わからないでもないレベルにはなってきた。しかし滝井からしたらとんだとばっちりだ。
「そりゃさすがにないだろ! お前らが家庭科室で間違って入れちゃったって可能性の方がよっぽどあり得るわ! 昨日は家庭科の授業あったけど、ごちゃごちゃしてる部屋じゃん、あそこさあ」
まあ、それはそうだ。僕も昨日の午前中、家庭科の授業を受けたけど、いつ来てもモノで溢れていると思う。うちの家庭科の先生はちょっとドジっ子で有名だから、たまにガシャーンとひっくり返したりしているらしい。
「だから……私たちが入れちゃってたら、素直に白状してるんだって……あんたが間違ってチョコをすり替えて小坂に渡したんだとしたら……コインを拾ったのはあんたじゃないから……別の話……」
「な、謎の説得力っす……」
「そもそも俺、小坂にチョコを渡された時、そんな瓜二つのチョコなんて持ってなかったっつうの!」
「あんたしかそれを主張できないんなら……嘘の可能性もある……」
「いやひでえ! あ、そうだ小坂! 君なら覚えてるよな?」
狼狽するイケメンというのはさすがに様にならないだろうと思いきや、こんなときでも滝井はイケメンである。人間かこいつ。
「うーん……無我夢中だったからな……」
なんと。最後の砦の若菜まで自信なさげ。これはいよいよか、瑠璃絵を見ればいつものダルそうな表情だが、どこか勝ち誇ったかのようなドヤ顔も見える。
「あ!」
ここでようやく、記憶をたぐりよせられたらしい若菜。
「よく考えたら、あたしチョコにメッセージカード入れてた!」
「え」
瑠璃絵の表情が固まった。
「だから、今一郎が持ってるんじゃないかな」
言われて僕は、机の上のチョコに目を落とす。紙を開けたときは見当たらなかったが……もしやと思って内箱を持ち上げると。
「あ、あるな」
底面にメッセージカードが貼りついていた。開けてみれば、明らかに若菜の字と分かる筆跡で「好きだー!」と書かれている。
というか、雑だな……
僕の感想をテレパシー的に察知したのか、若菜のツインテールが震えだしたので、
「ま、まあ川端の推理は成り立たないね! 残念!」
急いで雰囲気を変える。瑠璃絵も残念そうに舌打ちをして、
「でも……次は滝井の番……」
と、恨みがましい視線を送った。
「どゆこと? そういうシステム?」
あたふたする滝井。確かに振り返ってみれば、なんらか犯人的な扱いをされた人間が、次になにか推理を打っている。
時間が経っているように感じるが、昼休みはまだ余裕がある。
これ、いつまで続くんだろ……ちょっと不安になった。
川端→滝井