シンプル・イズ・ベスト
「チョココインの話なんだけどね、めちゃめちゃシンプルに考えたらいいと思うんだよね」
回りくどいことは嫌いな若菜らしい持論が飛ぶ。
「シンプルっすか」
「そう。シンプル。ベッカムの剃刀」
「それ、オッカムだと思います……」
「あ、ごめんエミちゃん」
余計な言説は削ぎ落とすっていう概念だったか。ベッカムの剃刀のほうが売れそうな気はするよね。
「つまり、あたしが作ったチョコに美和ちゃんのコインが入るためには、二つのステップが必要ってことに着目するのよ」
おお、本当にシンプルだ。
「小坂の割にシャープな感じだなあいたっ」
蹴られた。ひどい。
「……コインの入手と、混入かね」
ここで滝井が口を挟んでくる。さっきまでは帰りたそうにしていたものの、なんか乗り気になってきやがったかこいつ。このイケメンめ。この六人が異様な雰囲気なので教室の周りの人もこちらをチラ見する程度だが、やっぱり注目集まってるなあ。もしかして、昼休みに来るであろう何人かの告白女子を避けるのにうってつけと感じたのか。
「そうそう。その二つ」
さっき振られた相手にも、笑顔で親指を立てる辺り切り替えが早い。
「まず、コインはいつなくなったか。美和ちゃんの証言的には、体育の時間が一番ありえるよね。そして体育の時間は財布を手放しているから、手に入れるチャンスはあるよね」
「そうですね……」
嫌な予感がするとばかりに恵美が言う。
「で、コインはいつ入ったか。当然、家庭科室だよね。あたしたちがチョコをつくっていたとき」
「そうっすね」
「じゃ、本題よ。体育の時間に美和ちゃんの財布からコインを抜けるのは誰? もちろん、美和ちゃんと同じクラスの人間よね。一郎と、ルリちゃんと、まあ一応美和ちゃん」
「待って」
さっきまで極力会話に参加すまいとしていた瑠璃絵が焦ったように口を挟んだ。そりゃそうだろう、僕もこの先の展開は読めている。
「待たない! 続けるよ、コインを家庭科室で入れられるのは誰? あたしか、ルリちゃんかエミちゃんだよね。じゃあ、その両方に該当するのは?」
全員の視線が瑠璃絵に行った。
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
露骨に目が泳ぐ瑠璃絵。
「私がそんなことする理由がないじゃん……」
「そりゃあたしもわかんないけどさ、シンプルに考えたらそうなるんだもん」
確かにそうだ。なぜそうしたか、というところの解明に目をつぶれば、とんでもなく筋が通った推論になる。
若菜のくせにロジカルだ……感情で動き回るイメージがあったけど。
「ってか、体育の時間に今西からコインとるっていうけど」普段せかせか喋ることがないためか、顔が上気して汗をだらだらかいている瑠璃絵。「確かに私同じクラスだけど、難しくない……?」
「着替えの時にこっそりするしかないね!」
「ふーむ」
滝井が唸った。僕も唸った。そうだそうだ。体育の着替え、女子は固まってやるな。
「ってことは、僕はそもそも容疑圏外じゃん」
「あんた変態だから忍び込んだ可能性あるよ」
「どんだけだよ!」
「将棋部のエロ本知ってるんだからね」
「僕のじゃないよ!」
お世話にはなってるけど!
「か、川端さん……」
心配そうな声をかける恵美。これは瑠璃絵、人生最大のピンチかな。
と、思いきや。そこには普段通りのやる気のない瑠璃絵がいた。
「……小坂―、それはないよ……」
「え? なんで?」
「……ふわぁ」欠伸までする始末。「……だってさ、私、昨日の体育……面倒くさくってサボったもん」
「ふえぇ?」
「更衣室になんて、入ってないよ……」
「そ、そ、そんな……で、でもだったら尚更更衣室に忍び込みやすいんじゃないかな?」
「ずっと保健室で寝てた……ちゃんと入退出記録も付けたし、保険の先生も覚えてると思うけど……」
「がーん!」
完全敗北とばかりに崩れ落ちる若菜。
「なんてこった……あたしは自分の思いつきで、友達に無実の罪を着せてしまったのか……これじゃ、一郎と同じだ……」
「おいおい」
ま、そうだけど。
「そういや川端サン、体育の時いなかったっすねー」
呑気に美和が言う。これで確定か。しかし、だとするとコインの入手経路か混入経路は別にあるということになる。それはそれで、おかしな話だな。
「さ、じゃあ私はそろそろドロンするね……」
すっきりしたと言った表情で背を向ける瑠璃絵。しかし。
「……あ」
すぐにこちらに向き直った。
「どうしたよ」
僕が訊くと、めんどくさそうにはあと溜息をつく。
「このまま抜けるのもなんか後味悪いし、私からも一個いいかな……」
「まじか」
僕は外を見た。そこそこ晴れくらいの今日、瑠璃絵がやる気になるという激レア現象が起きてしまったので、すぐに大雪になってもおかしくはない。
小坂→川端