蛇足 あるいはコインがしゃべるだなんて優しい世界があれば
お嬢様、やっちまったなー。
おれはひとりごちた。
おれ、って言っても人間じゃないんだけど。ただのドル硬貨である。
ただのドル硬貨って馬鹿にするんじゃないぞ。ちょっとだけ価値は高いんだからな。
ただ、今はかなりさびしい。孤独だ。
いつもはおれの持ち主のお嬢様が大事にしててくれるんだが……ここ、たぶんポケットの中だな。
家庭科室のエプロンだ。
そうだ、調理実習の時におれがスクラッチで使われて、そのままエプロンのほうのポケットにしまわれて……今に至るのか。珍しいポカだなあ、あの子にしては。
あー。しかし孤独だなー。さみしいなー。
なんてことを思っていると、近くにお嬢様の気配を感じた。
あれ? もしかしてお嬢様、おれの存在を思い出して取りに来たのかな?
そんな期待も胸をよぎったが、すぐに人の気配を複数感じる。お嬢様だけじゃないぞ、三人はいるな、これ。
そうか、いまからここでなにか作るのか。おれは察した。だったら話が早い、このエプロンを使ってくれお嬢様。だったらおれと再会できるぞ。
そう願っていると、エプロンに動きがきた。
よっしゃ!
と思ったのもつかの間。
「うおっしゃー作る! バリバリ作るぜぇー!」
……ん? なんかこのエプロン着てるの、お嬢様よりだいぶ元気じゃね?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あー……あのオタク眼鏡、またおれを落としやがった……
おれはひとりごちた。
おれ、って言っても人間じゃないんだけど。ただのドル硬貨である。
ただのドル硬貨って馬鹿にするんじゃないぞ。ちょっとだけ価値は高いんだからな。
ただ、今はかなりさびしい。孤独だ。
たまにおれの持ち主は、おれをこうしてどこかに落とす……ここ、たぶん貴重品袋の中だな。財布から転がり落ちてしまったらしい。
そんで今、袋ごと誰かに運ばれているぞ。
これは……家庭科の先生か。たぶん。
ってことは……おれ、このまま袋ごと洗濯されるんじゃないの?
うわーいやだー。洗濯は三回目くらいだけど、目が回るんだよなあ。
あ、いま洗濯機の中に入れられた感覚がした。うわこれ最悪だ、学校で使う布類がどんどん入ってくる。
タオル、袋、ハチマキ……うわ、上からさらに降ってきた。これはなんだ、エプロンか?
あれ、エプロンは一枚だけか、なんでだろ。汚れてたからかな。
まったく、コイン使いのあらい……あ、電源はいった。
うわわわわー……
……はっ。
あー洗濯終わってくれたか。なんか干されてる。ほとんど乾いてるけど。
あれ、よく考えたらここ、貴重品袋じゃないぞ。
ここは……あ、さっき上から降ってきたエプロンだな。
まいったなー。だいぶ違うところまで来ちゃったなあ。元に戻れるかな、これ。
……と、誰かがこのエプロン使ってるみたいだ。動きがあった、着られた。
うーん、あのオタク眼鏡に比べたら小柄だなあ。
「うおっしゃー作る! バリバリ作るぜぇー!」
うわ、近くで誰か叫んだ。うるせーなー。
「……元気すぎ……」
なんかこのエプロン着てるやつも呆れてるみたいだ。しかしこの子、暗そうだよなー。
まあいいか。なんだかんだで身を任せておきゃ、いずれ戻れるっしょ。




