カミングアウト・ファースト
「ちょっと滝井! マジなの!」
若菜の悲鳴めいた詰問に目を白黒させる滝井。すると。
「滝井くん本当?」
「うそでしょ! ねえ、うそでしょ!」
「うぐ……ひっ、うああああん」
いちいちヒアリングしていたらキリがないどよめきが、クラス中に巻き起こった。
そう、僕たちは昼休みの教室でこんなことしているのであり、周りにも生徒はたくさんいるのである。さすがにこっちに噛んでくることはなかったが、滝井の彼女が発覚ともなれば話は別だろう。ついにこっちに流れ込んできてしまった。
ワーワーキャーキャー。悲鳴の渋滞がかなりうるさい。これ、誰か先生、怒りに来るんじゃないのかな。
滝井も弁解しようと必死だったが、「このお嬢様半端ねえな……」とあきらめ気味に呟いて、
「その通りです! 俺、ここの今西美和と付き合ってます!」
大声で宣言した。
「……っすー」
その横で全身の毛穴レベルで真っ赤になっているだろう美和も同調する。さりげなく滝井の腕にしがみついてやがる。マジか、マジだったのか。
「だから頼む! 今日はちょっとそっとしといて!」
律儀に頭を下げる滝井。するとなんということか、さっきまで悲鳴を上げていた女子たちがどんどん静かになり、「またあとでね」なんて言いつつ輪から離れていくではないか。
すごいな、滝井のカリスマ……アイドルでもこんな聞き分けよくならんぞ……
別次元のモテモテっぷりである。神か。
「そんなこいつが、なぜこいつと……」
あっやばい、また口に出てた。しかし若菜や瑠璃絵も同感だったのだろう、とがめられはせず。
「趣味がばっちりあってたんだよ」
その一言で妙に納得してしまった。そうか、滝井もそっち方面が好きなのか。
「しかし白庭台さん、よくわかったね」
感心した物言いで滝井が言う。「ああ、怒ってるわけじゃないよ。むしろこのタイミングで言えてすっきりした。今日、チョコレート断りまくるの大変でさ」
「確証はなかったんですけど……さっきの滝井さんの推理で」
「へえ。どこかな」
「ええと、滝井さんのさっきの推理は、滝井さんが今西さんのコインの存在を知っていることが前提であって、そこを突かれましたよね」
「そうだな……あ、たしかに不自然かもだな」
「そうなんです。ずっとコインの話をしているとはいえ、そういう推理が出るってことは、滝井さんはコインの存在をもっと前から知っていたのかなと思いまして。それと、お付き合いしている人を言わないというのも気になりました。この学校の生徒じゃない、みたいに出まかせでごまかしておけばいいのに、それをしないってことは校内かなって思ったんです。変なウソをついても、後々ややこしくなるでしょうし」
おお。鋭いなあ。
「そうかそうかー。まあ、バレちゃあしょうがないな」
ホントに憑き物が落ちたみたいな滝井である。イケメンも苦労しているんだな。
「でも、裏を返せばそこまでの確証に過ぎないってことっすよね」美和が口をとがらせた。「結構冒険したっすねえ、正解だったからよかったようなものの」
「ホントだよねえ」
「……度胸ある……」
若菜と瑠璃絵も首肯する。というか、瑠璃絵はともかく若菜はもうちょっと凹んでもいいんじゃないのか。仮にも今日の昼に告白したやつが彼女を公開したんだぞ。
「鳴子部員の言いたいことはわかるぞ」
うわ睨まれた。僕ってそんなに心の声出てる?
「なんか、現実感ないからか、ふわっふわしてるけどね!」
「だろうな!」
きっとそういうことだろう。だってこの二人、外見上は間違いなくお似合いではない。
「ええ、確かにこれだけでは弱いんですけどね」恵美が話を戻してくれた。「お二人がもしお付き合いされていれば、私の推理の補強になったので」
「推理ありき……」
呆れたのか感心したのかわからない様子で、瑠璃絵が息をついた。
「はい、そうなんです。だって、そうすれば今西さんにコインをチョコに入れる動機が生まれますから」
「う、ウチっすか」
「そうです。だって、あなたの恋人である滝井さんに、小坂さんはチョコレートを作ろうとしていたのですから」
なるほど。それは理にかなっているな。
「今西さんとしては、小坂さんのチョコレートを食べてほしくないはず。そこで、コインを入れこむことにした。もし滝井さんが食べたら、滝井さんとしても冷や汗ものですよね」
「ま、そうだな。コインの存在は俺も知ってるしな」
「ウチがコインをチョコレートに入れることは無理っすけど……それは、川端サンにお願いすればできるってことっすよね」
「そうですね。つまり、今西さんは牽制のためにコインを使ったのではないか、という推理です」
なんか、僕を犯人扱いしたときよりまともな推理だなあ。羨ましいぞ。
しかし、二人が付き合っていることは本当だったわけだし、これの信ぴょう性は結構高いかもしれないなあ。
けれども。
「残念っすけど白庭台サン、ウチはそんなことしてないっすよ」
「私も……そんなお願い、されてない……」
美和と瑠璃絵のダブル否定が来てしまい。
「あらあら。じゃあ、私の推理は見当違いですね」
素直に恵美は身を引いた。
「な、なんかすごいあっさりしてない?」
「いいえ小坂さん、この推理が正解だとすれば、お二人に否定する意味がないのです。そもそも、今西さんと滝井さんが付き合っているという事実を隠しておきたいという思いがなければ、この推理も告白してしまってなんの問題もないものですもの」
それもそうだ。コインの持ち主の美和がすべて仕組んでいるだけだし、後ろ暗いところも特にない。冴えているなあ、恵美お嬢様。
「あとウチが気になったところで言えばっすけど」美和の補足。「もし滝井クンが小坂サンのチョコを食べなかったら、コインの行く道が完全に不明瞭になってしまうじゃないっすか。さすがに大事なコインなんで、そこまでのことはしないっすよ」
「あ」と、目を丸くする恵美。「す、すみませんっ! そんなことに気づかないだなんて、私、私……」
なんと急に目を潤ませてしまった。これはいけない。美和もあわてた様子で、
「あ、いや、そんな気を使わないでくださいっすよ、ウチそんなつもりで言ってんじゃないっす」
「そうよ恵美ちゃん、気にしないでいいの、いいの」
若菜のフォローも入ってちょっと落ち着いたが、やはりおどおどとしている。
「あーわかったっす、次、ウチの推理の番っすよね? 言うっす言うっす!」
半ば強引に話題を変えるようにして、美和が叫んだ。
「ウチも白庭台サン同様、爆弾落とすっすよ!」
さりげなくひやひやさせることを混ぜ込むのを聞きつつ、推理合戦も昼休みも、そろそろ終盤かなとぼんやり思った。
恵美→美和




