頭脳明晰に逆算も
「さっきは散々な目にあった……」
僕が愚痴ると、滝井が僕の背中をばしりと叩いた。
「いてっ」
「そりゃこっちのセリフだよ。弁当派じゃないって理由だけで犯人にされてたまるか」
「す、すみません……」
悲しいが負けたのは僕、しかたあるまい。しかし次の推理者は、雰囲気的に滝井になってしまっている。なんか申し訳ないな。
「滝井クン、はやくするっすよ」
「……推理、まだー……」
「ああ畜生、なんでこんな目に!」
恨みがましげな滝井を優しい目で見ている若菜と恵美。そうだ、この二人は滝井にチョコを渡したかったのだった。
それにしても、よくもまあこんなに推理がポンポンと出てくるものだ。次々と打ち砕かれているとはいえ、なんだかんだでいろんな切り口からの推理が飛び出し、バラエティに富んでいる。そういう特異点になっているのだろうか。今ここで勉強したら、すごくはかどったりしないかなあ。
「……よし、じゃあ推理するわ」
もはや当然の流れのごとく、滝井が言った。やっぱり今、教室に超的ななにかが働いているんだと思う。こんなに詰まらずにみんな思いつくだなんて。
「俺の推理なんだけど、逆算してみようかな、と」
「逆算? どういうことでしょう」
恵美が首をかしげたのに対してイケメン特有の優しい流し目を送り、
「今まで、こうすればコインの動きが説明できる、というのに着目してから犯人を導き出していたけど、それを逆にするんだ。まず、犯人を設定してみる」
ほう。これはまた、新しい切り口だ。
「じゃ、犯人は誰なんすか?」
美和の疑問ももっとも、それが一番の感心ごとだろう。
「おう。俺は、川端瑠璃絵を犯人に設定する」
「ぐぇっ」
女子がそんな声出してくれるなといった呻き。もちろん瑠璃絵のものである。
「ちょ、ちょ、ちょ……いくら私がこのなかで一番かわいくないってったって、その仕打ちはひどくない……」
「人を面食いって決めつけんなよな。それにお前、化粧したら化けるぞ」
「え、ちょ……うわーこいつモテるのなんかわかる……鳴子に同じこと言われたら単純にむかつくだけだし、これ……」
おいおい。ここでいらない流れ弾よこすんじゃないよ。今日は十分ケガしてるんだ。
「とりあえず、犯人は川端だと。だとしたら、いつコインを入手できるのかって話なんだが、これが難しいな。昨日の体育の時間は保健室にいたらしいし」
「あたしの推理で玉砕したやつだよね」
玉砕したわりには偉そうに腕を組む若菜。
「そうだな。昨日の段階で入手できる機会がなかなかない。だから、もっと前と仮定する」
「もっと前、ですか?」恵美が首をかしげた。「一昨日、とか?」
「一昨日なのか一週間前なのか。とにかく今西がなくしたって騒ぐ前からだな」
「おかしくないっすか? ウチがなくしたって騒ぐ前はコインあるわけっすし、盗まれようがないと思うんすけど」
「おう。だから、レプリカとすり替えられていたんじゃないか」
誰も言い返せなくなった。なんだろう、想像の逆算のくせに、変に説得力がある。
「今西のさっきの推理で、コインが二枚あったらってのがあっただろう。あれに無理があるのは、結局は二枚目のコインをすぐには用意できないってのが大きな理由なわけだけど、例えば川端が前からそのコインを狙っていたとして、似たようなのを用意してすり替えるって話なら問題はないんじゃないか」
「……想像は結構だけど……私、なんでそんなことするの……」
「うーん、別に川端の人格を攻撃するわけじゃないけど、高く売ろうと思ったとか。価値があるって噂だし」
「あれ」僕が口をはさむ。「今西、あれはギザ十程度の価値って言ってた気が」
「そうっす。どっちかっていうと思い出の品っす」
「そ、そうですよ。盗む対象になるとは思えないです」
いつもは穏やかな恵美まで加勢して、ちょっとたじたじとなる滝井。
「わ、わかってるって。だからこそ売らずに返す気になったのさ。ちょうど、レプリカのほうも今西がなくしたって騒いでいるしな」
「ふっふっふ……」
ここで、不敵な笑みを浮かべる瑠璃絵。滝井がそっちを訝しげにみて、
「な、なんだよ」
「今……詰め将棋のように……勝ち筋が見えた……鳴子たち将棋部じゃないけど……」
なんだ、なんだ。いつになく自信ありげである。様子を見ることにしよう。
「返す気になったって……言うけど……チョコレートに入れてもだめじゃない……」
「そりゃお前、直接返すのは気まずいんだろ」
「だって、入れたチョコレートって今西さんにいくやつじゃないし……私が友チョコでもつくって配ったほうがいいんじゃない……」
「キャラ的になんか違うんだよ!」
すごく苦しい逃げ方であるが、これ以上なく共感はできた。なんか違う。
「じゃあ、小坂から滝井ルートのチョコに入れれば、なんだかんだで今西にわたるって私は考えたわけだ……」
「そう、そういうこと!」
「……で、あんた、今西のそのコインの存在、今日知ったんじゃなかったっけ」
「……おぅふ」
数秒凝り固まって崩れ落ちる滝井。うわ、確かにこれ詰みだ。
「完膚なきまでに叩きのめされたね……」
合掌する若菜。美和がぺしぺしと滝井の頬を叩くが無反応である。
「勝った……そしてこの流れ……私のターン……」
おっ、早くも推理を披露する気でいるらしい。なんかいつもとオーラが違う。
とりあえず教訓。女の子、こわい。
「あ、あとコインなんすけど、昨日の午前中は持ってきてたんすけど、そこからちょっと前は汚れ掃除のために手入れに出してたっす。なんで、早い段階でのすり替えは考えにくいっすし、仮にすり替えられていたとしても手入れの段階で気づくっすよ」
非情な追い打ちも、滝井の耳には届いていない。
やっぱ女の子、こわい。
歌丸→瑠璃絵




