お母さん
ねぇ、お母さん。
貴女にとって私は、良い娘であれましたか?
貴方は世間一般では、良いお母さんでは無かったと、思います。
でも、それでも。
私にとっては・・・いいえ。幼い八つにもならない弟にとっては貴女が世界の中心
で、唯一無二の存在で・・・かけがえのない存在だったんです。
貴女は私に、貴女に着いていくか、父に着いていくか、聞きましたね。
あのとき、私は悩みました。私は幼い弟と違って、もう十五で、どちらに着けば良いのか判りきっていましたから。でも、どちらも悲しませたくなかったのです。
悩んだ末に私は、生き残れる為に、父に着いていく事にしました。
幼い弟は、母に。
弟は現状理解をしていない様でしたが、こんな事を口にしたのです。
『僕、食べれなくても良いよ。学校にも、行けなくても良い。ただ、お母さんの側に居られれば・・・それだけで、良いんだ』
そう、私に笑顔で言ったのです。
私はその時どうゆう顔で、どうゆう気持ちで、弟の言葉を聞いたのでしょう。
自分でも思い出せない。
ただそうやって、口に出せる弟が、そうやって思える弟が、ただ、ただ羨ましかった。
次の日、父が居ないのを見計らって、貴女と弟は身支度をし始めました。
私は弟と母がお腹が空いた時の為に、お握りを六個握りました。
他にも熱中症にならぬように、お茶も水筒に入れて。
それを、そっと出ていく弟に渡しました。
そしていよいよ、出ていくかというとき。
母は私の方を向き、言ったのです。
「あなたは、もう大きくて、強いから泣いたりしないわよね」
それは、私に言っているのではなく、母が自分自身に言い聞かせてるかの様でした。
そして私の返事を聞かず、さようならと、一度も此方を振り返ること無く、歩いていってしまいました。
私は泣くこともせず、ただ遠退いていく母と弟の後ろ姿を、見えなくなるまで眺めていました。
私がふっと我に帰ったのは、なにやら目元が温かく、頬に何かが落ちたのを自覚したときでした。
「っ!いま、さら」
泣いても、遅い。そもそも着いていかないと決めたのは、私なのです。
何を泣く必要が、あるのか。
「さよう、なら」
呟いた言葉はその場に、空しく響き渡った。