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1 取れたもんは仕方ないでしょ

 暗闇の中、それはぼんやりと浮かび上がった。私は、がたがたと震える体を抱きしめて、あとずさる。だけど、強ばる手足はうまく動いてくれず、後ろに下がった距離はほんのわずかだった。


 明かり一つないなか、なぜそれが浮かび上がっているのかというと、青い火の玉が二つ揺れてそれを照らし出しているからだ。牙剥き出しの人の顔。その胴体は巨大な蜘蛛。



 なぜそんなものが私の家にいるのか。確実にわかるのは、それが私を食べようとしていることだった。開いた口からは涎を垂らし、嬉々として歪んだその顔からは空腹と食事を前にした喜びが伝わる。妖怪の表情なんか読みとれるとは思わなかったけど、身の危険は感じ取れてよかったと思う。ただし、体がちゃんと動けばの話だけど。



 そんなとき、ととっと軽い足音が近くでした。ぎぎっと首を動かすと、そこには昨日の朝怪我をしていたのを拾って手当した、黒猫が立っていた。そしてその黒猫がニヤリと笑う。



「なんだ、土蜘蛛の子供じゃないか。雑魚だな」

「しゃべった! 」



 声が出たことに驚いて、私は喉に手をやる。声が出たことで、金縛りが緩んだ。



「ふん、じゃあな」



 黒猫は小馬鹿にしたような顔で背を向ける。そのとき、土蜘蛛が私に向かって糸を吐き出した。逃げようと力を入れたところでその糸は私の足首に絡みつく。

 私は藁にも縋る思いで手を伸ばして、そして死に物狂いでそれを掴んだ。

 掴んだものは、立ち去ろうとした黒猫の尻尾だ。



「お願い!助けて! 」

「なっ! 」



 糸によって引きずり寄せられる力に抗おうと必死で掴んだ猫の尻尾。そしてそれは、呆気なく黒猫のお尻からポンっと外れた。




―ー……え、外れた?



「あ、ああああ!おれのしっぽぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「なんでとれるのよ!」



 しっかりと握った、だらんとぶら下がった尻尾は、なんと二股に分かれていた。そこではっとひらめく。妖怪の尻尾なら妖怪に立ち向かえるかもしれない、とその尻尾を間近にまで迫っていた土蜘蛛に振る。

 尻尾は鞭の如くしなり、土蜘蛛の顔に直撃した。思わぬ反撃にびっくりしたそいつは一旦私から離れる。



「ちょっ、まっ!それっ」



 足下でオロオロする黒猫を無視し、私はこれは使えると、尻尾を握り直す。するとそれはぴんっと硬く延び、さらに長さ自体も延びる。まるで刺又(さすまた)のような形になったそれを振るい、土蜘蛛を壁の隅へ追い込んでいく。



 時には鞭に、時には刺又に、時には棒になるそれをめちゃくちゃに振り回して、ひたすら土蜘蛛をたたく。土蜘蛛もただやられるわけはなく、糸や牙で私に食いつこうと迫るが、それも尻尾で防いでいると、段々と尻尾の毛が抜け落ちてきた。



「おい、やめろ!それは俺の大事な尻尾だぞ!無体なことはするな!ああああ、手入れを欠かしていなかった俺の艶やかな毛が!やめろおあおぉ」

「ちょっ邪魔!助ける気がないなら足下でちょろちょろしないで!踏むわよっ」

「はぁ?俺の大事な尻尾残して帰れるか!早くそれを返せ! 」

「そんなに返してほしいなら、こいつ倒してよ! 」



 尻尾によって、なんとか太刀打ちできている状態なのに、手放せるわけがない。

 黒猫は緑の目を面倒くさそうに細めた。



「ちっ。仕方ねえなあ」



 やれやれ仕方ないという風に首を振り、黒猫はポンっと煙をまきあげたあと、土蜘蛛二体分くらいの大きさに変わる。



「……え?」



 そしてふさふさに増えた毛を風もないのになびかせながら、元黒猫は牙を覗かせ、土蜘蛛に襲いかかった。



「え、ちょっと!」



そしてそのまま土蜘蛛を咥え、放り投げた。

念のためいっておくと、ここは私の家の中である。つまりその状態で上に放り投げたということは、土蜘蛛は屋根を突き破り、遠く彼方へ。ついでに大事な屋根も、遠く彼方へ、だ。



「私の家が! 」

「ふん、たわいもない」



 再び煙が舞い上がって小さな黒猫になったそれの首を、勢いよく掴む。



「ちょっと!私の家どうしてくれるのよ!雨風しのげないじゃない! 」

「知るかそんなもん!助けてやったんだからそれくらい気にすんな!というか、そんなに俺を振るなぁぁぁ!吐くぅぅぅうぅっぅぅ」」



 揺すり過ぎて目が渦を巻いている黒猫に構わず、私は夜が明けるまで文句を言い続けた。






















 これが私と、猫又の又さんとの出会いである。











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