8話 ロイの採集日
ロイ視点の採集の様子です。
ベスター君と話し合いがあった日から3日後、僕はまたベスター君が住む屋敷に来ていた。
玄関をノックしてこの前と同じ部屋に通されると問答無用で僕は服を脱がされた。抵抗したけど体格差で簡単に上着を剥ぎ取られた。何がなんだか分からないのにベスター君は説明もせずに僕を見下ろして何か考え事をしていた。
恥ずかしいから腕で隠してたけどベスター君の視線が僕の下半身に向けられているのに気が付いた。
『も、もしかして下もなのかな?下着は、流石に無いよね?は、裸になんてされないよね?』
僕は嫌な雰囲気に怯えてたけどベスター君が頭を振って僕の目と合うと不安はさっと過ぎ去ってしまった。けどほっとしたのも束の間だった。
ベスター君は僕の背中側に回り僕の身体に魔力を流した。
「あがぁぁぁぁぁぁぁ……」
自分でも信じられないぐらい大きな悲鳴を上げながらごろごろと床の上をのた打ち回る。
ベスター君はこの前会ったばかりだけどすごく頭がいいのは分かっていた。けど同時に口数はそんなに多くは無くて必要最低限の事しか言わなくて相手に合わせて話すということが出来ない。
うん、うんと僕の様子を見て一人納得しているけど説明が無いからこっちとしては突然で理不尽なんだよね。
血管とは違う線が体中を走っていて薄っすらと光ってるんですけど。
しかも「ぎもぢわるい。遠くの物がくっきりと見えるし、小さな音まではっきり聞こえてすごくうるさい」って自分の状況を伝えても。
「魔力の活性化で無意識に身体強化がかかっている状態だな。心配しなくても暫くすればじき収まる」
そんな素気無い態度でほっとかれた。僕が動けるようになったのは20分も経ってからだった。
その後は着替えだった。採集に行くに当たって普通の服では心許無いというので、ベスター君が用意した防具を手に僕は右往左往していた。
「あ、あの。これ、着けて行くんですか?」
声が上擦るが僕の手にあるのは所謂、虫装備といわれるもので虫系の魔物を討伐した際に手に入る甲殻を加工処理した一品だった。
「今日採りに行く所は魔獣の巣の近くだったりするからな、防具に関してはこれぐらいのほうがいい」
「で、でも…」
なおも言い募ると笑顔でこの前みたいに死にたく無かったらグダグダ言うなと笑顔で切り捨てられた。僕が着た防具の裏には魔方陣が施されていて衝撃を受けると硬化の魔術が発動すると説明され、きちんとそれが発動するか実験するといっていきなりハンマーを取り出して殴りかかってきた。
「それじゃあ一丁思いっきり行くから避けるなよ」
そういって振るわれた実験という名のハンマーの一撃を僕は慌てて避けた。
「避けんなよ…」
「いや、避けるよ。怖いし、怪我するよ!」
こちらも負けじと言い返すけど簡単に言い包められる。
「怪我しないことを確かめるための実験だろ?男なら覚悟決めてほら万歳」
そして振るわれた2度目のハンマーはきれいにお腹に吸い込まれていき、カーンと甲高い金属を叩いたような音を響かせた。
そのあまりにも小さな衝撃に「えっ?こんなもん?」と思わす声が漏れた。
ちなみにベスターの装備は6本のナイフと厚革の鎧なんだけど横に並ぶと僕の方が立派な物を着ているように見える。けど実際にはベスター君の方が性能は上らしい。
着替えも終わったので俺たち二人は採集に向けて森へと出発し西側の入り口に到着した。僕たちは整備された道には入らずにそこから北に向かって道なき道を進んで行く。
目的地である山の崖下は岩肌がむき出しで地面には大きな岩が転がっていた。ここに来るまでに採取する素材に関して説明されたがこんな場所だとは思わなかった。
「ここはそれほど難しくはないよ。ここからでも、ほら、あれだ」
ベスター君が崖の上に咲く一輪の花を指差した。
「あれがリーレの花」
僕は中級魔法薬の材料の一つであるリーレの花を見てやる気が出た。そこから始まったロッククライミングは怖々と亀のような遅さでだけど確実に上へと登っていった。
「や、やっと来れた」
やっとの思いでリーレの花が咲いている岩場に到着し、僕は早速リーレの花を採取した。
「あっ!」
やってしまった後に気づいた。崖を登る前に採集のポイントを教えてもらっていたのだがリーレの花のような植物を採集する場合、できる限り根っこを残した状態で採取を行い、可能であれば土ごと回収するのだと。
それを簡単に忘れ無駄にしたので責任をもって5株ほど一人で採って来るように言われた。
「無理、もう無理。動けない~」
その結果3株までは順調だった。けどそこから戻ってくる時に右手で握っていた岩が崩れて両足が浮き、短い間だけど左手一本状態になった。
崩れた岩が崖下に落ちていき、僕は下を見てしまった。一瞬で全身を恐怖が支配したけどそこから必死に立て直して崖の広い場所に移動できた。
けどそこから恐怖で登るのも降りる事もできなくなってしまって結局ベスター君が助けに向かいことになって…。
目は涙で泣き腫らして真っ赤だし、股間に染みができてズボンに筋が走ってる。怖さと恥ずかしさで顔が熱かった。けどベスター君は何も言わなかった。
助けに来たベスター君は僕を背負って崖を登る。普通なら10歳の少年が7歳の少年を背負い、崖を登るなんて不可能だ。
それなのにグイグイと崖を登り、ついに崖を登りきりベスター君は地面に大の字に横たわる。
「はぁ、はぁ、疲れた」
「すごい。登れた…」
僕は信じられない思いでベスター君を見ていた。
僕たちはその場で暫く休憩してこれからの事について話し合う。
「ロイはもう崖登りは無理だな」
「うん」
虚勢を張っても仕方ないので正直に首を振る。
「と、言うわけでさらに上に生息しているロメルディアの素材は俺だけで行くとしてロイはオオの実とツイの実をお願いするか。ただそれぞれの木にキャピラがいるかもしれないからできる限り駆除するようにな」
と言う事でここからは別行動です。
オオの木もツイの木も比較的ここから近い。町の人たちが植樹した果樹園地帯があるのだ。
そこに移動するまで全く動物と遭遇しなかった。前回の不運は何だったのかと言うほどに。
そしてたどり着いた果樹園だけどそこには何人もの先客がいて小さな子がスルスルと木を登って木の実を採っては下にいる人に投げ渡していて、その横で大人の人が真剣な表情で黒い毛でいっぱいの大きな毛虫を袋に回収していた。持っている袋はパンパンに膨れていて中に入れられているものがウゴウゴと蠢いていた。
そこに大人の人が僕に気が付いたのでぺこりと頭を下げて挨拶をした。
「木の実を採りに来たのか坊主?」
「はい、オオの実とツイの実を採りに来ました」
「あれ?ロイじゃん。何々?今日はお前もこっちに来たの?」
大人の人とやり取りをしてたらそこに知り合いのお兄ちゃんが来ていた。
「何だ知り合いがいたのか。ならこの子の世話は任せるよ」
そういっておじさんは僕のお守りを知り合いのお兄さんに押し付けて去っていった。
「ロイは何を採りに来たんだ?オオの実とツイの実?ならもう俺が採ったやつを分けてやるよ」
と言う事で何の苦労もせずに目的の木の実を手に入れてしまった。
ベスター君との待ち合わせもあるので僕は大人の人と混じって害虫駆除をすることにした。
素手では毛が刺さって危険なのでおじさんに貸して貰ったトングで生きたまま袋に入れていく。
捕まえたこの毛虫は町の流通に使うストライクダックの餌となる。ストライクダックは飛べない鳥でその代わり足が速い。卵から孵る時に刷り込みをすれば親には危害を加えず繁殖も容易。馬力は無いので人を乗せる馬車には適さないが手紙や小物を運ぶ郵便には重宝する魔物なのだ。
そんな鳥の餌を袋一杯集めたら待ち合わせ時間にちょうど良い具合になった。
ベスター君と合流するため僕は森の入り口に向けて移動を開始した。