4話 採集と少年
「ふん、ふん、ふふ~ん」
俺は口笛を吹きながら山を登り森の奥へ奥へと足を伸ばしていた。
ここに来るまでに考えていた不安など入ってからはどこかにすっ飛んでいった。ある程度までは均された山道を行っていたが経験を元に途中から道無き獣道へと足を踏み出した。
あまり日の当たらない木が乱立した場所を目指す、するとすぐに目的の木々を見つけ、根元に自生しているカエンダケやバクレツダケを採取する。
このキノコはどちらも毒キノコで直接手で触ると火傷をしたみたいに赤く腫れ爛れヒリヒリとした痛みをもたらし火を付けると高温で燃える、方や胞子が火薬の代わりになる危険生物。背中のリュックから採取用の皮手袋と入れるための袋を取り出し慎重に入れる。
リュックにそれらを仕舞うと水筒を取り出し水を飲む。
「ふぅ」
一息ついたらまた採集再開だ。
今度は日の当たる場所に移動する。
腰ぐらいの高さの低木にルコの実が生っていた。
小指の爪ぐらいの大きさの黒々とした実が鈴なりに生っていて一部は熟して地面に大量に落ちて鳥や獣に食われていたりしていた。
ルコの実はその小ささから大量に採る必要があるのだがその前にどうやら腹の減った動物を狩る必要が出てきたようだ。
茂みから姿を現したのは山猫の魔獣フギャが1匹。しかも3、4匹が近くからこちらの様子をうかがっていた。
俺は腰から火のナイフを引き抜き臨戦態勢をとる。
フギャはジリ、ジリと距離をつめてきて名前の由来となったフギャーフギャーという特徴的な鳴き声で威嚇してくる。そしてついに痺れを切らした1匹が跳びかかって来ると周りにいた他のやつらも競うように襲い掛かってきた。
俺は冷静に飛び掛ってくるやつを避け着地の瞬間を狙ってナイフを振るう。
2匹は俺の脚に噛み付いたが足を守る脛当てに牙が阻まれこちらが怪我をすることはない。脳天にナイフを突っ込んで簡単に殺せた。フギャの攻撃ではこちらが傷付くことは無く、逆に火のナイフを使っているので2、3撃、上手くいけば1撃で動かなくなった。
俺が3匹仕留めた所で敵わないと見たのか生き残ったフギャは逃走した。
「逃げたか」
周りを確認して安全を確認した後ようやく俺は肩の力を抜いてフギャの死体を解体し心臓部分から魔石を抜き取り改めてルコの実を大量にゲットした。フギャは魔石以外価値の無い魔獣なのだ。
それから暫く細々した採取を続け木陰で小便を済ませ休息を取っていた。
そんな俺の耳に微かに助けを求める声が聞こえた。
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怖い、怖いよ。誰か、誰か助けて。
「あっ」
気が急くばかりに足が木の根に引っかかり僕の視界は空転した。
そして追いかけていた黒の狩人はその小さな獲物に容赦なく襲い掛かった。
そして訪れる背中の痛み、それに伴いどんどんと流れていく血、押さえつけられどんどん動かなくなる体。
涙で視界が滲む。
死にたく、ないよ。
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見つけた。
先ほどの悲鳴は聞き間違いではなかった。駆けつけた場所は自分がいた場所から500も離れていない所だった。
しかし…
「フギャータとフギャが4匹か場所的にさっき追っ払った奴がボスを呼びに行って運悪く襲われた、か?」
フギャータはフギャの上位固体でフギャが成長した姿だ。身体は2周りほど大きく爪も牙も長く鋭くなっている。10メートルの木も数秒で登ってしまう。フギャとは違い大きな猫、とは間違っても言いたくない魔獣なのだ。
そんなフギャータの下に少年がいた。ここから見える範囲ではまだ生きてはいるようだ。
しかし着ている服はボロボロで背中をあの鋭い爪で引っかかれたのだろう血が大量に出て服を赤く染めていた。フギャータは少年に止めをささず背中から溢れ出る血を嬉々として舐め顔を赤く染めていた。少年に残された時間はそれほど多くは無いだろう。
パキッ
様子を見るのに意識を取られ足元の小枝を踏み音を出してしまった。
一瞬にして音のしたこちらに目を向け臨戦状態を取る魔獣たち。
まだこちらの姿は確認できてはいないだろうが失敗した。ここからでは“遠くて近い”のだ。
それに気が付いたのは運がよかったのだろう。ふと頭上を見た今まさに1匹のフギャが自分のすぐ横にある木の上から襲い掛かってきたところだった。
俺はすぐさま横に飛びのいたがこちらが様子を窺っていた茂みを突っ切り黒い影が迫ってきた。
目だけで先ほどの少年がいた場所を見たがそこにフギャータはいない。それもそのはず今茂みから突っ込んできたのがフギャータなのだから。
間隔的には10メートルそこそこ。こちらから突っ込んで仕留めるには遠く、向こうからしてみればなんでもない短距離。
間合いは向こうが上なのだ。
頭上からの攻撃を避けるために飛び退いたがそのせいでフギャータの攻撃は避けられない。
脇腹に痛みが走った。
体勢を立て直し左手でその部分を確認すると服の下に着ていた革の鎧が物の見事に裂けそこから血が出ていた。だが、ただの引っかき傷程度、まだ問題は無い。
木の上から飛び掛ってきたやつは難なく着地しこちらを威嚇し、フギャータも引き裂いた革の鎧を吐き捨てすぐさま距離をとり油断無くこちらの様子を窺っている。
前後左右それに頭上にまで敵に囲まれてしまった。
普通ならここは絶体絶命のピンチなのだが俺は落ち着いていた。
腰から1本のナイフを引き抜き、短くこう告げた。
「切り刻め<風刃>」
自分を中心に360度の突風が吹き向けていった。
相手には何が起こったのか分からなかっただろうだがそれでこの戦いは終わった。
周りには体中を切り刻まれた魔獣の死体と幹がズタズタになった木々だけが残っていた。
魔石の回収など後回し、人命救助が最優先だ。急いで少年の元に戻りリュックの中から救急キットを取り出す。
少年は大量の血を失い身体が冷たくなり脈も弱くなっていた。
時間が勿体無いとばかりに俺は中級魔法薬を傷にぶっ掛ける。そうすることで見る見るうちに傷が塞がるが失った血が戻ることは無い。
続けて造血丸を飲まそうとするが薬を嚥下する体力が彼には残っていなかった。仕方ないので薬と水を口に含みそのまま口移しで何とか飲ませた。
少年は気を失ったままだが一命は取り留めた。
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空へと昇る一条の煙。雨が降っても消えず、混ぜる薬草によってほんのり黄色く見えるため見間違うことも無く、遠くからでも分かるその煙を目指して人が集まる。
救助のための発炎筒の煙である。
山の麓に詰めていた兵士に担がれ少年は山を下りて行く、駆けつけて来た兵士と野次馬はその近くに大量にある魔獣の死体に驚き、またそれを成したのが10歳の少年とその武器によるものと聞いて二度驚くのだった。
こうして久しぶりの採集は波乱に満ちたものとなり。事情聴取などで時間を取られ不満の残る採集の1日となった。