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第5章 見えた想い

第五章 見えた想い


 フィリアの軟禁は存外あっさりと解かれた。

 皇太子であるアルマデス殿下の言葉は絶大な力があったが、それとともに首無し王子が動いたことも大きかった。

 今まで呪われた身として表舞台から消えていた王子が現れたことは、その姿とともに臣下たちに大きな衝撃を与えた。

「クロド、最近忙しそうね」

「そうですね。会議に出席するようになったと聞きます」

 フィリアは薔薇園でお茶を飲んでいた。

 本当はクロドも来るはずだったのだが、急遽入った会議で遅れると連絡があった。

 クロドは事件以降、今まで欠席していた公務を行うようになった。

 未だにクロドの姿に恐れを抱くものは多いが、呪いを受けてから三年。クロドはその視線に慣れていた。

「会えないのは寂しいけれど、最近のクロドは活き活きしてるわ」

 もともとが真面目な分、王子としての本領を発揮して、アルマデスと良い関係を築きつつあるという。

 影ながら案件を片付ける暮らしをしていた頃よりずっといい。

「こういうときこそ、日記帳よね」

 フィリアはカバンに入れていた日記帳を取り出すと、今日あったことをつらつらと書き始めた。

 会えない分は、以前のように書けばいいのだ。

 クロドも今はその日のことを一文で済ませることはなく、むしろ細かく書き綴っていた。なにより、フィリアの一日の行動をよく知りたがった。そのためフィリアは以前よりも時間をかけて長々と日記を書いている。日記はすでに二代目にいたっている。

「何を書こうかしら? 今日飲んだお茶の銘柄は書いたし、新作お菓子の感想も書いたわね」

 お茶を飲みながらフィリアは考えた。

「ところで姫様」

「なに?」

「姫様は、殿下に想いをお告げになったのでしょうか?」

「えっ?」

 ジゼルの唐突な問いに、フィリアは動きを止めた。

「ジ、ジゼル?」

 侍女の突拍子もない問いに、焦った声がでる。

「どうしたの? 急に」

(というより、質問の意図がわからないわ)

 困り顔の主に、ジゼルも、聞き方が悪かったのだと気付く。

「申し訳ありません、言い方が悪かったようです」

 頭を下げ、再度質問をした。

「姫様は殿下とかなりの距離を縮め、夫婦としてこちらが恥ずかしくなるほど仲睦まじくされているようですが」

「……」

 ジゼルの言葉に閉口するフィリア。

 その頬は羞恥でやや赤くなっていた。

「もしや、愛の告白はなされていないのではないかと思いまして」

 てん、フィリアは自身の時が止まったことがわかった。

(えっ?)

 ジゼルの言葉を心中で繰り返す。

「愛の?」

「告白です」

 ゆっくりとかみ砕き、その意味を理解したフィリアは、次の瞬間、沸騰したかのように首まで真っ赤に染まった。

「なっ、ななななっ」

「姫様、落ち着いて下さい。今ので、姫様が告白していないことはわかりました」

 冷静にジゼルが話すほどに、フィリアは混乱していく。

(なんでいきなりそんなこと!! でも確かに告白はしていないわ。いや、でも)

「私たちはすでに結婚しているのよ。今更そんなこと」

「でも、結婚式のときは、姫様にその想いはなかったのでしょう?」

「それはそうだけれど」

 フィリアは言葉に詰まる。

「でしたら、おっしゃったほうが良いかと思います。殿下も、姫様から告白されたら嬉しいと思いますよ」

 ジゼルに押されて、フィリアは徐々に考えた。

「それに、姫様も。いくらすでに思いが通じあっていると言っても、殿下から愛の告白をされたら嬉しいのではありませんか?」

 ごくり、とフィリアの喉が鳴った。

(それは、確かに嬉しいかも)

 嬉しい以上に、心臓が爆発してしまうかもしれないが、それでも確かに欲しいと思う。

「殿下も同じだと思いますよ?」

「そうかしら……」

 考えるフィリア。

 長年愛情から遠ざかっていたクロドにとって、確かにその告白は嬉しいかもしれない。

「そう、ね」

 頷くフィリア。

「では、早速今日。お伝えくださいまし」

「はっ!?」

 フィリアは声をあげた。

「思い立ったが吉日と言いますから」

「そんな、無理よ!!」

「無理ではありません」

 ジゼルの切り返しに、慌てふためくフィリア。

「いつもは、告白以上に恥ずかしい行為を人前でしまくっているではありませんか」

「なにをっ」

「手の甲を」

「っ」

 ジゼルの指摘に、フィリアは思わず手を隠した。

「何度も目の前でされては、姫様の反応からだいたいの検討が付きます。ちなみに、ティーダ殿もご存じのはずです」

「そんな……」

 知られていたことに、フィリアは恥ずかしやらショックやらで、頭を抱えた。

「ですから、勇気をだしてください。告白など、口づけよりも簡単ございます」

「もう、今日のジゼルはなんだかいつもより意地が悪いわ」

 フィリアは拗ねたように頬を膨らませてジゼルを見た。

「そうでしょうか?」

「そうよ」

「そうですか」

 さらりと流してしまうジゼル。

「……わかったわ」

 引く様子のないジゼルに、フィリアはとうとう承諾した。

「でも、人に言われて告白するのも、なんだか微妙ね」

 思いは確かにあるのだが、なんだか複雑な気分だ。

「姫様の想いは確かなのですから、大丈夫です」

 ジゼルの言葉に苦笑し、フィリアはお茶を飲みほした。

「でも、まあ。それはクロドに会ってからね」

 忙しいクロドのことだ、今日も会えるかわからない。

 暗殺事件はまだ解決していない。

 フィリアへの嫌疑は一応晴れたが、何分目撃者がフィリア以外いないため事態はなかなか進展しなかった。

 肝心のフィリアは賊の顔を見ていたが、奴らは賊らしく顔の大半を布で覆っていたため、ほとんど意味をなさなかった。

 唯一証言できたのは、匂いだ。嗅いだことのないものだったが、確かに変な匂いを嗅いだ。しかしこれも、実態が無いうえ嗅いだこともないもののため、例えようもなかった。

「そういえば、ロザーラ姫はどうなったの?」

 ひとまず告白のことは置いて、フィリアはロザーラ姫のことを思い出した。

 あれっきり姿を見ていなかったが、ジゼルに聞くと意外な答えが返ってきた。

「祖国にお帰りになったそうです」

「え、お帰りになっていたの? いつ?」

「私たちが部屋から出られなかった間のことと聞いております」

 ジゼルの言葉に、最後に話したロザーラ姫の姿を思いだす。

『帰るわ』

 あの時の言葉はそのまま、祖国に帰ることを言っていたのだろう。

 愛していたのに受け入れられなかったと泣いていたその姿は、フィリアの中に深く焼き付けられた。

「そう……」

 フィリアは彼女からクロド奪ったのだ。

 それに恥じない行動をとらなければならない。

 フィリアは薔薇の花に視線を向けた。

 相変わらず色とりどりの薔薇が咲き誇っている。

「あら?」

 フィリアはカップを置いた。

 薔薇園の向こう側に人影が見えた。

「クロドが来たのかしら?」

 予想外のことに、心臓が早鐘を打つ。

(告白って、まだ心の準備が全くできていないのだけど)

 しかし、それは早合点だった。

「いえ、殿下からはまだ何の連絡もありません」

 ジゼルに同意を求めると、彼女は否定した。

 クロドは来るときは律儀に連絡をよこすのだ。今日はまだそれがなかった。

「じゃあ、あれはどなたかしら?」

 今度はフィリアの視線の先にジゼルも向く

「確かに、誰かおりますね」

「でしょう?」

 フィリアはもっとよく見ようと生垣に近づいた。

「あの方、見たことがあるようなないような……」

 フィリアはどこか琴線に触れた人物に首を捻った。

 まだ結構な距離があるため顔が見えず、明確な誰と上げられるわけではないが、知っている気がしてならない。

「姫様?」

「声をかけて見たらわかるかもしれないわ」

 フィリアは出来る限り生垣に近づいて声をかけた。

「すみません、そこの方」

 聞こえなかったようで、相手に反応はない。

 何かしきりに手を動かしているようだ。

「すみません」

 フィリアは、今度はもっと声を張り上げた。

 すると、相手はこちらを向いた。驚いた空気が伝わってくる。

「ちょっとよろしいですか?」

 フィリアはさらに声をかけたが、相手は近づいてくるどころか離れて行き、ついには去ってしまった。

「不審者と思われてしまったかしら?」

 生垣の向こうから突然声をかけられ、驚いたのかもしれない。

「でも、本当に誰だったのかしら? あんな場所で、一体何を?」

 逃げられてしまったことで余計に気になってしまった。

「お茶は終わりにするわ」

「姫様?」

 ジゼルが咎めるような声をあげた。

「だって気になるのだもの。どうしてあんな場所にいたのかも。あそこに行ってみましょう」

 フィリアは少し楽しげに笑った。

 単調な生活に、少し飽きていたところだった。

 フィリアはジゼルの片づけが終わると、生垣を回るようにして反対側まで出た。

 当たり前だが、そこにはもう誰もいない。

「ここで何をしていたのかしら?」

 フィリアが人のいた辺りに座り込むと、ジゼルが眉をひそめた。

 ドレスが汚れると思ったのだ。

「姫様、お行儀が悪いです」

「ちょっとくらい良いじゃない。誰もいないのだし」

「そういう問題ではありません」

「はいはい……あら?」

 フィリアは生垣の土の中に光るものを見つけた。

「何かしら?」

 それは小さな針だった。

 端に小さな石が付いたその針は、何本も生垣の中に埋められていた。

「姫様、むやみに触ってはいけません」

 ジゼルが厳しい声をあげた。

「……クロドに知らせた方がいいわね」

 今度は、フィリアもジゼルの言葉に従った。

 隠すように埋められていたそれは、到底植物の育成に必要なものとは思えない。

 明らかな不審物だった。

 フィリアが持っていたハンカチを広げると、ジゼルが用心深くそれに包んで仕舞った。

「今日の会議が終わるのはいつの予定かしら?」

「夕方には終わるかと」

 今は昼すぎだ。

 フィリアは日記帳にそのことを書き記すと、ジゼルに日記帳を渡した。

「姫はお部屋から出ないでくださいね」

 賊の件から警戒心を強めたジゼルは、そう念をおすと、早足にクロドのもとに向かった。

「でも、これはいったいなんなのかしら?」

 フィリアは自室のテーブルにハンカチを広げると、もう一度針を見る。

 よくよく観察してみると針の長さはまちまちで、一番長いものはフィリアの中指よりも長かった。

「あら? この匂い……」

 顔を近づけて観察していると、針から微かに妙な匂いがした。

「これは……」

 何か確信を掴んだような気がしたとき、戸を叩く音がした。

 途端、フィリアは警戒した。

 素早くハンカチをドレスにしまい、返事をした。

 ジゼルがいないため、取り次いだのは見知らぬ使用人だった。

「ルペルト伯爵がお越しです。姫にお会いしたとのことで。いかがなさいますか?」

 久しぶりに聞く名前に、フィリアは小太りの男を思い出した。

 この国に来たばかりの頃は気持ちの悪いくらいに付きまとわれていたけれど。

(そういえばここのところ姿を見ていなかったわね)

 彼の存在そのものをすっかり忘れていた。

「今日お越しになるとは聞いていないのですが、何用でしょう?」

 フィリアは用心深く答えた。

「それが、姫様に直接お話ししたいとおっしゃって……」

 困り顔で答える使用人に、フィリアは仕方なく答えた。

「わかりました。お通しして」

 フィリアは寝室とは反対側の客室で対応した。

 そこには扉が二つあり、大きな窓もあった。もしなにかあったとしても、多少無理をすればいくらでも逃げられるだろう。

「失礼します。お久しぶりでございますフィリア姫」

「ええ、本当に。お久しぶりですね、ルペルト伯爵」

 現れた伯爵は、ぽってりとしたお腹を抱えるようにして部屋に入ってきた。

(前見たときより、ふっくらしたんじゃないかしら?)

 伯爵はフィリアの向かいの椅子に座った。

「いつ見ても姫はお美しい。かの王子が寵愛するのが分かります」

「そんな、もったいないお言葉です」

 以前と同じく、大げさなお世辞にフィリアは笑顔で答えながらも内心ため息をついた。

(この人、変わってないのね)

 そんな言葉が聞きたいわけではないのだ。

 フィリアは愛想笑いを浮かべた。

「ルペルト伯爵も変わらずお元気そうで何よりです」

 フィリアは皮肉を込めて言ったが、伯爵は気付かない。

「ええまあ。ですが、最近は忙しくてなかなか休みを取れませんで、お恥ずかしくも、少しやせてしまいました」

 ふっくらとしたお腹をさすりながら話す伯爵に、フィリアは笑顔が引きつった。

(いや、それ絶対うそでしょう!!)

 確かに、よく見ればやや疲れが顔に出ているも、そのお腹からは苦労は感じられない。

(むしろ余計に肥えたんじゃないかしら?)

 正面で人がよさそうに笑う伯爵はしかし、その瞳は何かを探していた。

「まあ、ご無理はなさらないでくださいね。ですが、侯爵の御領地は緑豊かな大変美しい土地だと聞いています。きっと良い物がたくさん育っているのでしょうね。羨ましいですわ」

 フィリアは会話の種を振ったが、伯爵の瞳はさまよいつづける。

「そうですか。しかし、王都の素晴らしさには及びませんよ」

「そんな。御謙遜を」

 フィリアは口に手をあてて笑いながらも、伯爵の動向を注意深く観察した。

(何をそんなに探しているの?)

 伯爵の瞳は、さまよいながらも徐々に濁っていくようだった。

 伯爵の不審な行動に、フィリアは用心して扉を確認した。

「そういえば、私ったらお茶もお出ししないで。少しお待ちになってください」

 立ち上がり、伯爵を気にしながらもお茶の用意をする。

「いえいえ、お気になさらずに。姫は先ほどもお茶をお飲みになっていましたし……」

 不自然に言葉が止まる。

 フィリアは霧が晴れるかのように、先ほどの人物を思い出した。

(そうだわ、あれはルペルト伯爵の)

 少しお腹の出ていたシルエットが、今の伯爵そっくりだ。

 言った本人も、すぐに失態に気が付いたようだ。

「ルペルト伯爵、貴方はっ……」

 フィリアは扉に向かって走りだした。

「おっと」

 しかし、見た目に反する速さで伯爵が立ちふさがる。

 フィリアはすぐに身をひるがえした。

「ジゼル!!」

 大声を上げる。

「彼女はいませんよ」

「どうでしょう?」

 フィリアは居間に続く扉を、蹴破る勢いで開けた。

「姫様!!」

 隠れていたジゼルがフィリアを庇うように前にでた。

 日記を届けて戻ってきたジゼルは、そのまま別の扉から居間に隠れて話を聞いていたのだ。

「伯爵様、何故このような暴挙をなさるのですか?」

 フィリアの問いに、伯爵は薄笑いを浮かべて詰めよる。

「それはあなたが一番よくわかっているのでは?」

 じりじりと迫る伯爵。

 フィリア近づいた距離によって気が付いた。

「あなたは、あの時の……」

 伯爵からはあの妙な匂いが漂っていた。

「今気が付いたんですか。入った時から警戒されていたから、もう全て気が付いているかと思っていましたよ。失敗したなぁ」

 伯爵は困ったように肩を竦めた。

「自分からばらすなんて、間抜けですね」

「どうでしょう? 証拠はないんだ。あなたの証言だけでは今みたいにまた振り出しだよ」

 伯爵はまだ負けているとは思っていなかった。

 確かに、フィリアの証言のみでは弱いだろうが、彼は戸の影にいる二人には気が付かなかったのだ。

「それは、どうかな?」

 だから、後ろから声をかけられたとき、伯爵は飛び上がるように振り返った。

「ア、 アルマデス様!? クロドベルトス様まで!!」

 伯爵は呆然と彼らを見やった。

「現行犯だな」

 アルマデスは呆れたようにそう言い放った。

 クロドは素早く伯爵の横をすり抜けると、フィリアのもとへ駆け寄った。

「クロド……」

 大丈夫かと言うようにフィリアの頬を撫でる。

 フィリアはそれだけで胸に安心感が広がるのが分かった。

「こ、これは違います」

「何が違うんだろうか?」

 出来損ないの悪役よろしくうろたえる伯爵に、アルマデスは普段とは違い冷たい笑みを向けた。

「これは、その……そう、姫が何やら怪しい動きをしていたため、ちょうど問い詰めようとしていたところです」

 それはあまりに拙い言い訳だった。

「ほう、怪しい動き。それはどんな?」

 アルマデスの問いに活路を得たと思ったのか、伯爵は早口に答えた。

「殿下所有の薔薇園の生垣で土をいじっていました。あそこは人のほとんど立ち入らない場所です。不審に思って私が後から見てみたところ、そこにはなんと毒の塗られた針が何本も出てきたのです」

 侯爵は言いながら、フィリアが拾ったものと同じ針を数本だした。

「これです!! これこそ、国王暗殺未遂事件の犯人の証拠。今すぐこの者をひっ捕らえ下さい」

 あまりの良いようにフィリアは絶句した。

「何をいうのです!! それはあなたが持っていたものでしょう。拾ったのは私のほうです!!」

 フィリアも負けじとハンカチから針を取り出した。

「これは貴方が埋めたものでしょう!!」

 同じ針が双方から出される。

「アルマデス様、どちらを信じられるおつもりか」

 伯爵は、今度はアルマデスに詰め寄った。

 両者が同じ言い分で同じ証拠を示している。

「そうだな……」

 アルマデスは考える素振りを見せた。

 しかし、フィリアのもつ証拠はこれだけではない。

「匂いです!!」

 フィリアは叫んだ。

「賊に襲われたとき嗅いだのと同じ匂いが伯爵から漂っています」

 フィリアの言葉に、皆の視線が伯爵へ向いた。

「な、何を……」

 うろたえる伯爵に、アルマデスが近づく。

「これは、塗料の匂いだね」

「塗料、ですか?」

「ああ、我が国では屋敷の外壁に虫除けの特殊な塗料を塗り込むんだ。特定の果実をつぶして作る塗料で、これは家によって配合が違うがら、それぞれで色も匂いも違うんだよ」

 それは決定的な証拠だった。

「確か、ルペルト伯爵の領地では塗料専用の果実の栽培に力を入れていたね」

 アルマデスの言葉に、伯爵の顔色がどんどん悪くなる。

「この香りが貴方の王都の屋敷の塗料と同じであれば、決まりだろうね」

「そんな、姫の証言だけでは……」

 伯爵は大量の汗をかいていた。

「おや、この針から何か臭うね。これが毒針だといったのは伯爵だろう?」

 針の端についた石に、微かながら塗料が付着していた。

 ここまで見せられてしまっては、もう言い逃れは出来ない。

 力を失うようにうなだれた伯爵。

「連れていけ」

 アルマデスの連れてきた兵たちに連れられて、伯爵は出て行った。

「終わった?……」

 フィリアはほっとして体の力が抜けた。

「姫様っ」

「大丈夫、少し気が抜けただけよ。きゃっ」

 フィリアは急な浮遊感を感じて悲鳴を上げた。

「クロド」

 なんとクロドがフィリアを横抱きにして持ち上げていた。そのまま寝室へ向かう。

「わ、私は大丈夫だから。歩けるわ」

 説得を試みるが、クロドは声がでないのをいいことに綺麗に無視した。

「噂通りの寵愛振りだね」

 後ろから聞こえるアルマデスの言葉に、フィリアは人前だということを思いだして赤面する。

 クロドはその姿さえも隠すようにフィリアを抱きかかえた。

「クロド。姫に説明する時間もくれないのか?」

 アルマデスがクロドを止める。

 ようやく足を止めたクロドは、さも仕方なさそうにアルマデスの方を向く。

「そう不貞腐れるな。すぐ済む」

 アルマデスはクロドの肩を叩くと、フィリアに目を向けた。

「フィリア姫。今回の一件、貴方に多大な迷惑をかけたこと、お詫びいたします」

 一礼して謝罪の言葉を口にしたアルマデスに、フィリアは目を見開いた。

「そんなっ。アルマデス様が謝ることではありません。むしろ私にかけられた嫌疑を晴らしてくださって、感謝しています」

 フィリアはきつそうに身をよじったが、クロドは回した腕を離してはくれなかった。

「いいえ、姫。これはある意味私のせいでもあるのです」

「どういうことですか?」

 フィリアは意味がわからず困惑した。

「ルペルト伯爵は、私を王位へと強く推していた一人です。そして、おそらくはクロドに呪いをかけた主犯でもある」

 フィリアは息を呑んだ。

「彼は前々から私を王にしようと画策していました。そして、クロドに呪いをかけることに成功したのでしょう」

 語るアルマデスの表情は優れない。

「しかし、呪いは半端にかかり、実はいつ解けても可笑しくない状況だったのです」

「え!?」

 フィリアは予想外の言葉に目を丸くした。

「呪いが、解ける?」

 そんなこと、考えてもみなかった。

 三年も放置されていた呪いだ。勝手に解けないものと思い込んでいた。

「そうです。この呪いは解くことが出来ます」

 はっきりと告げられた言葉に、フィリアはただ呆然としていた。

 喜ぶよりも、驚きが強すぎて受け止めるので精いっぱいだったのだ。

「それがわかったのはつい最近のようで、だから彼らは焦ったのでしょう。何かの弾みでクロドにかかった呪いが解けてしまうと、またクロドに継承権が戻り私は王には成れなくなる」

 ようやく事件の全貌が見えた気がした。

 つまり彼らは、クロドの呪いが解ける前にアルマデスを王位につかせようとしたのだ。

 本当なら、クロドを毒殺出来たら完璧だったのだろうが、呪われたクロドに毒が効くかわからなかったのだという。

 それで国王を直接狙うとうのも、大胆ではあるが。

「知らないところで動かれていたとはいえ、原因の一旦は私にもあります。巻き込んでしまって、申し訳ない」

 再度済まなそうに謝られ、フィリアは笑うしかなかった。

「無事犯人は捕まったのですから、お気になさらないでください」

 フィリアの言葉に、アルマデスがほっとしたように笑った。

「あっ」

 もう待てなかったのだろう。クロドがフィリアを抱いたまま寝室へ歩き出した。

 事件については聞くことは聞いたからいいのだが、まだクロドの呪いの解き方については聞いていない。

 それに、このままではアルマデスに失礼だ。

「ちょっとクロド、私はまだ話が」

 しかし、クロドはフィリアの声を今までにないほど綺麗に聞き流した。

「あのっ、失礼します」

 仕方なく、フィリアはそれだけ伝えることになった。

「あの、クロド? ちゃんとアルマデス様に挨拶をしてからのほうがよかったのでは……」

 フィリアの声はだんだんと尻すぼみになった。

 さっきは気が付かなかったが、クロドの体から怒気が出ている気がする。

「クロド?」

 フィリアは恐る恐るクロドを見上げた。

 ぽいっ。

 ベットにつくと、軽く放り投げられた。

「きゃっ」

 ベットが軋む。

 フィリアが起き上がるまえに、クロドがベットに上がってきて抑えられてしまった。

「な、なんで怒ってるの?」

『わからないか?』

 このときになってようやく、クロドはベットサイドに備え付けられた板に言葉を書いた。

「わ、わからないわ」

 おずおずと話すフィリアに、クロドは内心舌打ちをした。

 顔があれば盛大に顰めているところだ。

『なんであんな無茶をしたんだ』

 荒々しい文字だった。

「だって、伯爵の方からやってきたのよ」

 フィリアも負けじと反論した。

『入れなければいい。俺たちが来るのはわかっていただろう。それまで待っていれば危ない目に合わずにすんだ』・

「そんなことをしたら、逃げられていたかもしれないでしょう。ジゼルを行かせたから、クロド達が来るのはわかっていたし、それまで持てばいいと思っていたの」

 途端、クロドが掴む力が強くなった。

『それで持たなかったらどうするところだったんだ!!』

 叩きつけるように石板に文字がかかれ、クロドの持っていた白石が砕けた。

「っ」

 書かれた文字だ。それでも、クロドの怒りと焦燥は痛いほど伝わってきた。

「…………ごめんなさい」

 フィリアはこみあげてくる涙とともにクロドの胸に顔をうずめた。

「助けに来てくれて、ありがとう」

 クロドはしっかりとフィリアを抱きしめてくれた。


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