ジャックフロストと夢見る少女
「冬の童話祭2015」に参加させていただきたく書き上げた作品です。
はじめて童話というジャンルにチャレンジさせていただきました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
くしゅん、くしゅん、くしゅんっ!!
大きなくしゃみを3連発すると、モナはぷるりと身を震わせて目を覚ましました。
「ううう、寒い。いま、なんじ・・・・?」
時計を見てみると夜中の1時。
パパとママもぐっすり眠っている時間です。
こんな真夜中に起きてしまうことなんて珍しくって、モナは眠たい目をごしごしこすりながら起き上がりました。
ベッドから窓を見てみると、硝子が曇って真っ白になっています。
そして、ベッドから降りて、その真っ白な硝子をごしごし手で拭いてみると。
目の前に、濃紺の空に綿菓子みたいな雪が空からふわふわ降っているのが見えました。
「わあ、雪だ!!」
モナは寒くてくしゃみをしていたのも忘れて、思わず歓声をあげました。
それからはっとして、両手で口をふさいでから、じいっと隣の部屋に耳を澄まします。
すると、パパのぐー・・・ぐー・・・・という、魔王の呻きのような声がくぐもって聞こえました。
良かったあ、パパ起きてない。ママも多分、起きてない!!
モナはにんまりすると、あたたかい毛糸のコートをクローゼットからひっぱり出して着込みました。
靴下も履いて、自分の部屋の扉をあけて、階段を降りて、ぬきあしさしあし、そうっとそうっと玄関へと向かいます。
もこもこのブーツもしっかり装備して、ゆっくりそっと、音を立てないようにドアを開けて、外に出ます。
その瞬間、モナはきらきらした世界に心奪われました。
ふわふわ綿あめ雪が、街灯のひかりでぼんやりと光っています。
もみの木にも粉砂糖の飾りのように綿あめ雪が舞い降りて、空には黄金色のまんまるなお月様と白銀色のお星様が、雪を祝福しているようでした。
たまにいたずらに吹く風は、雪と一緒にくるくると踊っていました。
「きれい、雪の妖精さんが遊んでる!!」
雪の妖精さんは、真っ白なワンピースに雪うさぎさんにもらった毛で編んだコートを着て、お星様みたいな白銀のつややかな髪の毛。きっと瞳は今のお空みたいな深い紺色。
そして、風の妖精さんは宿り木の葉っぱで作ったシャツとズボンにぼうし。ぼうしにはムクドリさんから貰った羽を飾っている。
風の妖精さんがエスコートをして、雪の妖精さんが楽しそうに踊っている・・・・!!
そう想像して、モナもくるりとステップを踏みます。
前にママから少しだけ教えてもらったワルツのステップ。
くるんと回ったら、足を前に出して、右に曲がって、また回って。
いちにいさん、いちにいさん、いちにいさん・・・・・。
きっとどんな舞踏会よりも、素敵な舞踏会だわ!!
私は風の妖精さんと雪の妖精さんにご挨拶をして、お月様とお星様には「ご一緒にいかがですか?」とお誘いするの。
ワルツのステップを踏みながらそう思い、モナはふふっと笑いました。
すると、もみの木の後ろから、ひょっこりと、真っ白なとんがりぼうしの男の子が飛び出しました。
「君、なにしているの?人間の子どもは寝ている時間なのに」
モナがびっくりして目をぱちくりしていると、男の子はくすっと笑って近づいてきました。
「僕はジャックフロスト。君の名前はなんて言うの?」
ジャックフロスト。
その名前を聞いて、モナはもっと目をぱちくりさせました。
もっと私が小さなころ、ママに絵本を読んでもらった。
霜の妖精、ジャックフロストのお話。
雪と氷をつかっていたずらする妖精。
モナは、ジャックフロストは冬にしか現れないのよ、とママが言っていたことを思い出しました。
ようく見てみると、男の子はつららが垂れた氷のシャツとズボンを履いています。
「ねえ、君の名前は?」
じれったいように、男の子がもう一度名前を聞きました。
「・・・・モナ」
「ふうん、モナかあ。可愛い名前だね」
名前が分かったからか満足そうに、男の子はにっこり笑います。
「ほんとうにジャックフロストなの?」
おそるおそるモナがたずねると、大真面目な表情で男の子がうなずきました。
「ほんとうだよ」
「ほんとうのほんとう?」
「ほんとうのほんとうだってば。ほら、これが僕の魔法だよ」
そう言って、男の子はひとさし指をくるんっと動かしました。
そうしたらどうでしょう、その瞬間、氷でできた小さなティアラが男の子の手にありました。
まるで王国のお姫さまが着けているようなそのティアラは、モナにちょうど良い大きさです。
びっくりして声の出ないモナをおかしそうにのぞきこんで、男の子はそのティアラをモナに差し出しました。
「モナにあげるよ」
差し出されたティアラを見て、モナは困って男の子を見ました。
「私が触ったらとけちゃうよ。氷のティアラだもん」
「だいじょうぶだよ。はい」
心配しているモナをよそに、男の子はモナの頭にティアラをのせて、満足そうにうんうん、とうなずきます。
「モナ、氷のお姫さまみたい」
「ほんとうにジャックフロストなんだ」
モナがそう言うと、ジャックフロストはくちびるをとがらしました。
「さっきからそう言ってるよ僕」
「名前はジャックフロストなの?霜の妖精はみんなジャックフロストじゃないの?」
「そうだけど、僕たち妖精に1人1人名前はないんだよ。ジャックフロストはみんなジャックフロストだよ」
「じゃあ、ジャックって呼んでも良い?」
「うん」
ジャック。ジャックフロストの男の子。
モナはジャックフロストと仲良くできることが嬉しくて、くすくすと笑いました
ジャックもくすくすと笑い出して、しばらくお互いくすくす笑いあっていました。
「それで、モナはどうしてこんな時間に外にいるの?今は僕たちが遊ぶ時間なのに」
くすくす笑いがおさまると、ジャックは不思議そうにモナに聞きました。
「あのね、目が覚めたらこの時間だったの。雪が降っていたから、パパとママにはないしょでお外に出たのよ」
「怒られない?」
「見つかったら怒られちゃうわ」
「すごく?」
「すごく」
「じゃあ、そろそろ帰らないと。見つかっちゃったら大変だよ」
ジャックにそう言われて、モナはしょんぼりしました。
「ジャックともっとおしゃべりしたいのに。また会える?」
「うん、だいじょうぶ。今は冬だから、春になるまで僕はずっとここにいるのさ。だから、また会えるよ」
「やくそくね」
「うん、やくそく」
二人は顔を見合わせて、ふふふっと笑いました。
そして、モナはその日はお家へ帰りました。
お家を出てきたときと同じように、そうっとそうっと、パパとママを起こしちゃわないように。
パパとママにひみつのジャックとのおしゃべりは、わくわくどきどき、モナの心をはずませました。
それから、モナは毎晩、真夜中になるとこっそりお家を抜け出しました。
「ねえジャック、あなたはとても冷たいのね」
ある夜、モナはジャックの手を触ってそう言いました。
ジャックの手はひんやりと冷たくて、まるで氷を触っているみたいだったのです。
「ジャックフロストだからさ。人間はあったかいね」
「そっかあ。じゃあ、私があたためてあげるわ」
ジャックの手をつつみ込むと、ジャックはくすぐったそうにしました。
「モナは優しいね。僕はジャックフロストなのに。最初から怖がってなかったし」
「どうしてジャックを怖がるの?ジャックは怖くないわ」
モナが首をかしげると、ジャックは悲しそうな顔をしました。
「ママに教えられなかった?ジャックフロストは、人を凍らせる恐ろしい妖精だって人間には言われているんだ」
ジャックにそう言われ、モナはびっくりして目を見開きました。
「そうなの?いたずら好きとしか教えてもらってないわ」
「そっかあ。いたずら好きかあ。ふふふ、じゃあモナ、あれ見てて?」
ジャックが指を指したのは、もみの木のてっぺんでした。
言われたとおりじいっと見ていると、ジャックがくるんっとひとさし指を回します。
すると、もみの木のてっぺんに氷のお星様がきらきらと輝いていました。
「僕たちのいたずらは、こういういたずらだよ。雪や氷で遊ぶんだ」
「じゃあ、最初にくれた氷のティアラもいたずら?」
「うん、びっくりさせたかったから」
「びっくりしたわ」
「ほんとう?」
「うん、ほんとう」
モナが大きくうなずくと、ジャックは得意そうに笑ってから、モナに抱きついてきました。
ひんやり冷たい氷が身体をおおっているかのようで、モナは少し寒く感じたけれども、ジャックだからがまんしました。
「モナのこと、だいすきだよ」
ぽつりとジャックが言いました。
「ほんとうは、妖精はあんまり人間に姿を見せちゃいけないんだ。でも初めてモナと会ったとき、雪の中で楽しそうにワルツを踊っていて、それがとてもきれいだったから、思わず声をかけちゃった」
そう言ってから、ジャックはモナの身体を離しました。
「でもやっぱりだめだったよね。僕が抱きついたらモナはこんなに冷たくなっちゃう。僕がもうちょっとあったかければ良かったのに。モナとずっといっしょにはいられないんだ。もうすぐ春になるし・・・・」
モナはとても悲しくなって、ジャックを見つめました。
「私、ジャックがジャックフロストで良かったわ。あんな素敵なティアラをくれて、私とおしゃべりしてくれた。寒いのなんてだいじょうぶ。それでも、春になったらいなくなっちゃうの?」
ジャックも悲しそうにモナを見つめ返しました。
「うん。僕はジャックフロストだから。冬しか会えないんだ。春までいたら溶けちゃうんだ。でも、来年はまた会えるから」
「もう行っちゃうの?」
「うん、そろそろ行かなきゃ行けないんだ、他の国へ。もしかしたら、今日もう行くかもしれない」
そう言われて、モナはじわりと涙があふれました。
「やだ、行かないで」
「モナ、来年、絶対また会えるから。だからおねがい、待ってて。僕、ぜったいまた戻ってくるよ。来年もまた雪を降らせるお仕事もしなくちゃいけないし、何よりモナに会いたいから。だから、待っていてくれる?」
しばらくモナは涙が止まりませんでした。
せっかくお友達になったジャックと離れたくないわ。
でも、ジャックが溶けちゃうなんてもっといや。
そう思い、モナはジャックの方を向きました。
「うん、待つ。私待つから、ぜったい戻ってきてね。やくそくだからね」
「うん、やくそく」
「やくそく」
そう言って、モナはジャックに抱きつきました。
その夜、お家に帰って。
モナはジャックと会っていたときよりも、もっともっと泣きました。
パパとママに気付かれないように、おふとんにもぐりこんで、泣きつかれて寝てしまうまでずっと泣いていました。
そして、ジャックはほんとうに、来年また会うというやくそくをした夜以来、いなくなってしまいました。
やがて、春がきました。
あたたかく、可愛らしいお花も、虫も、動物も、たくさん見ることのできる春です。
でも、モナの心はちっとも晴れませんでした。
どんなに寒くても、ジャックの見せてくれた宝石のような氷やティアラの方が、モナにとっては素敵なものでした。
あんまりにもモナの元気がないので、パパとママはどこか病気になってしまったのかと心配して、モナをお医者さまのところへ連れて行ったりもしました。
けれども、病気ではないので、パパとママはすっかり困ってしまいました。
モナはずっと、ひたすら待ち続けました。
まいにちまいにち、ジャックの夢を見ました。
ジャックとおしゃべりする夢。氷でいたずらをしているジャックの夢。やくそくをした日の夢。
夢をみると、少しだけモナは元気になりました。
夢にでてくるジャックはいつも楽しそうで、はやくまた会いたいと、モナは強く思いました。
そうして、春も夏も過ぎました。
そろそろ秋も終わります。
モナは、冬がくるのを今か今かと思っていました。
1年で、モナはとても背が伸びました。
髪の毛も伸びて、少しおとなに近づきました。
ジャックは背が伸びたかな、おおきくなったのかな。
そう思うと、モナは待ちきれなくなって、夜になると窓の外を見るようになりました。
そうして、窓の外を見るようになってから数日が経ちました。
すっかり寒くなりましたが、まだ雪は降りません。
ジャックフロストが来ていないのです。
今日もモナは、真夜中に起きて窓の外を見ます。
ですが、雪は降りません。
どうしてジャックは来てくれないの?
私とのやくそくは忘れてしまったの?
もう会えないの?
そう思って、じわりと涙が浮かんだとき。
ふわりと、ちいさな綿菓子のような雪がひとつ、窓の外に見えました。
びっくりして、モナは空を見上げました。
ジャックとはじめて会ったときのような濃紺の空から、ふわりふわり、綿あめ雪が、舞い降りてきます。
それを見て、モナはいそいで羽毛の入ったもこもこのコートとくつしたを着込んで、そうっと歩くこともせずに、ぱたぱたと音を立てて玄関まで走って行きました。
パパとママに見つかったら怒られてしまう、ということを、すっかり忘れていたのです。
そうして、ドアを開けると。
もみの木の前に、にこにこと笑ったジャックが立っていました。
「ジャック!」
思わず名前を呼んで、モナはジャックのところへ走って行きました。
そのままジャックに飛びついて、モナはぎゅうっとジャックを抱きしめました。
ジャックは1年前と変わらず氷のように冷たかったけれども、モナはちっとも気になりませんでした。
「モナ、久しぶり」
ジャックが嬉しそうにそう言いました。
モナはジャックに抱きついたまま応えました。
「うん」
「元気だった?」
「うん」
「1年ぶりだね」
「うん」
「ちょっと遅くなっちゃったかな」
「うん」
「ごめんね」
「うん」
モナは「うん」としか言えませんでした。
会えて嬉しくて、安心して、胸がいっぱいだったのです。
ジャックが冷たくても、心はぽかぽかとしていてあたたかく、モナはしあわせでした。
「ねえモナ、僕さ、考えたんだ」
しばらくして、ジャックがそう言ってきました。
「僕、モナと会えなくて1年ずっと淋しかった。やっとここに来ることができるって分かったとき、ほんとうに嬉しかった。でも、僕は春になるちょっと前にまたモナとさよならしなくちゃいけない」
そう言われてモナはジャックの顔を見ました。
ジャックはじっとモナを見てきました。
「でも、僕はモナとずっと友達でいたいんだ。だから、来年も、再来年も、またモナとあそびたい。待っていてくれる?」
「うん、待つよ、私、ずっと待つよ。私もジャックとずっと友達でいたいもん」
ジャックの言葉に、モナはこくこくとうなずいてそう言いました。
「僕は人間じゃなくて、いたずら好きなジャックフロストだけど、それでもずっと友達でいてくれる?」
「うん。私ジャックのいたずら好きだよ。楽しいもん」
「ほんとう?」
「ほんとう」
「じゃあ、ずっとずっと、友達でいてね」
「うん!」
そう言って、2人はふふふっと笑いあいました。
そのとき。
ひゅうう、と冷たい風が吹いたかと思うと。
きらきら光る氷の結晶がいくつもいくつも、綿あめ雪にまざってくるくると回りながら落ちてきました。
そして、何人ものジャックフロストたちが、もみの木の陰から次々と出てきたのです。
ジャックフロストたちはにこにこと笑っていました。
モナは驚いてジャックを見ました。
ですが、ジャックも驚いたように目を白黒とさせていました。
すると、ジャックフロストたちの中から、1人の女の人がしずしずとモナとジャックの前に出てきました。
つららがレースのようについたドレスに、虹色に光るティアラをつけたその人は、ジャックに微笑みかけました。
「人間と仲良くなったのですね」
そう女の人は言いました。
「女王さま」
ジャックはそう言いました。
女の人は、ジャックフロストの女王さまだったのです。
「実は、1年前から貴方が人間の女の子と遊んでいることは知っていたのです。ですが、どうせ1年だけだろうと思っていたのです。でも、貴方はまた女の子の元へと来ました。女の子も貴方を待っていたようです」
そう言って、女王さまはモナにも微笑みかけました。
「私は、ジャックフロストが人間と関わることをよく思っていませんでした。ジャックフロストのことを、人間はよく思っていませんから。私たちは人間にとっては恐ろしい存在なのだと思っていました。でも、貴女にとっては違うのですね」
そう聞かれて、モナは大きくうなずきました。
「はい。私にとって、ジャックは友達です。大切な友達です」
はっきりとモナがそう言うと、女王さまはよりいっそう微笑みました。
「でしたら、それほど喜ばしいことはありません。貴方たちを祝福いたします。どうか、貴方たちの友情が、ずっと続きますように」
その女王さまの言葉を聞くと、傍に一緒にいたジャックフロストたちが嬉しそうに笑い、次々にひとさし指をくるんっと回しました。
あたりはまるで宝石のような氷の結晶でいっぱいになりました。
ふうわりふうわり舞い降りてくる綿あめ雪と氷の結晶の光景はまるで夢のようで、モナは目をかがやかせました。
「ジャック、私、こんな綺麗なもの、見たことなかったわ。だからとても嬉しい。ジャックに出会えて、ほんとうによかった」
「僕も、モナに出会えてほんとうによかった。人間の友達ができるなんて思ってなかったから」
「また、この冬が終わっても、絶対来年も遊ぼうね」
「うん」
「ずっとずっと、私がおばあちゃんに、ジャックがおじいちゃんになっても、ずっと友達だからね!」
「うん!」
とてもとてもしあわせな真夜中のパーティ。
いたずら好きなジャックフロストの男の子と、人間の女の子は、こうしてこれからもずっと、仲良く冬の間過ごすのでした。
いかがでしたでしょうか?
2人の関係をどうするか、結末はこれで良いのか、などなど悩み抜きました。
少女漫画のような作品となってしまったことは否めません。精進致します・・・・!!
ですが、モナとジャックはお気に入りのキャラとなりました。
童話というジャンルでなく、一般として、もうすこし成長した2人のお話を書こうかと思っておりますので、もしよろしければ、そちらも是非。
ここまで読んで下さりありがとうございました。