脱出
彼らは屋根の上にいた。
目くらましの間にグレイが刃を上の穴にひっかけて彼を2階へ、そこからさらに別の建物に刃を飛ばして端になった刃の上をわたり隠れている。
下では彼らを探すために兵士たちがウロウロとしていた。夜更けのためか、街中は少し騒がしさはあるものの少しずつ人は減っている。
一息ついて溜息を漏らす屋上のローク、一緒に手をつないでいた魔女は手を離し、怯えるように身構える。
「こ、来ないで」
魔女から再び手が現れ彼に襲いかかるがグレイが刃を伸ばして切り裂いていく。
「ローク様、イエロア様にはまだまだ力が残っていますよ」
「でもこのまま放っておいたら兵士に見つかってしまうし」
「そうかもしれませんが、このまま守り続けることも困難かと」
「それは、そうかもだけど。カウラは説得できないの」
(全く耳を貸さないからな、無理だ)
「ならば私が」
クリアスが前に出て彼女の方へと向かっていき、説得を始めた。
「イエロア様、どうかお静まりを――」
「いやだ、来ないでー!」
「あっ、まずい」
彼はあっさりと戻っていき、再び襲う攻撃をグレイが対処していく。
「全く使えませんね」
「なっ、そもそも彼女はグレイが監視する側でしょう。それなのにこんな状況にしているあなたが悪いのでしょう」
「うっ、それは。そうなのですが」
「見つけたぞ! そこの青年! そいつは破滅だぞ離れなさい!」
悠長にしている間に一人の兵士が屋根に登ってきた。ロークたちはまだ関係者と知らないためか全く気にとめず魔女の方へと走っていき斬りかかる。
「やだっ、こないで! いじめないで!」
魔女にとどめを刺そうと腕を消し去り、グイグイと魔女の所へとたどり着いていく。そんな兵士の頭をロークは後ろから殴った。
「ごめん」
有無も言わさず兵士を更に殴る。まだ意識はある、続けざまに怯んだ兵士に拳をぶつけて倒し、黒い剣を奪った。
(よし、それでやっちまえ!)
絶えず腕が彼を襲いかかるがいとも簡単に切り払う。ジリジリと攻め寄り、魔女はおびえて後退り。
「いじめないで、やめて。怖い、怖いよぉ!」
「……えっと落ち着いてくれないか。俺は君をいじめるつもりは無いから」
「いやー!」
「あそこだ! 仲間もいるぞー!」
更に他の兵士が屋根に登ってくる。ロークは一気に魔女に近づくと抱えて逃げ始めた。子供姿の魔女は軽いのだろう、ロークは軽々と抱えて屋根を伝って逃げていく。
「離してっ、はーなーしーてー!」
じたばたと暴れる魔女。彼女たちの周りに細長い手のような物が現れ、引き剥がそうと考えているのだろうが、グレイが刃を飛ばして切り裂いていく。さらに後ろから付いてくる兵士にクリアスはまた光を放ってをめくらまし。
「少し静かにしてくれ! 逃げ切れないだろ!」
「またいじめられる! 嫌だ! 怖いのは嫌ー!」
「何もしないって! 何なら守ってやる!」
急に魔女の様子が落ち着いた。
「……本当? いじめない、怖いことしない?」
「ああ、しない」
「じゃ、じゃあ。一緒にいてくれる?」
不安におびえた幼い子供のような声。右腕で担がれた体勢の魔女は彼の顔を不安げに見つめる。
ロークは逃げる先を探しながらも、言っている意味が十分に理解できていないのか困惑気味に答える。
「え? まあ、一緒にいることになるんじゃないかな」
「分かった、じゃあ静かにする」
そういうとなにも喋らないことを示すように大げさに口に手を当てた。
「凄いですね、ローク様。それでは一気に引き離しましょう」
再び彼の身体に担がれた魔女ごと鎧が覆われ、それから刃が伸び、離れたところにある建物に突き刺さった。
「なっ、置いていかないでください!」
何をするか理解したクリアスは人の姿にかえて彼の身体に捕まった。彼らは突き刺さった建物に引き寄せられるように飛んで行き、さらにその間に別の建物にも刃が突き刺さり、建物から建物へと移動していく。
「このまま街を出ましょう。あの壁を越えます!」
「なっ、本気で言っているのかよ!」
彼らは徐々にバーバラへと向かう壁へと近づいていた。壁は建物達よりも倍近く高い。
「彼らは壁の向こうへは簡単にはいけないのでしょう?」
「そりゃ、そうだろうけど」
「ならいいですね。カウラ様、すみません。頂いた力をかなり使ってしまいました」
(いいぜ、イエロアを回収できただけでも十分だぜ)
「え? カウラ、カウラが居るの?!」
カウラの声を聴いた途端に暴れるイエロア。ガッチリと鎧で覆われているので少し動く程度だが、彼女の怯えた声はかなりのもの。
(わざわざ助けに来てやったんだぜ。感謝しろ)
「あ、ありがとう」
浮かない声で彼女はそういった。
グレイの刃が壁に突き刺さる。バーバラの建物よりも何倍も高い、城くらいはある高さの壁。それにに上るように上へ上へと突き刺して登っていく。真っ暗闇の中、兵士たちは彼らの姿を見つけれてはおらず捜索の声を上げているだけ。誰も壁を上っているとは想像できていないのか、すでに振り切った彼らの姿を負うことは出来ない。
彼らは壁を上りきる。壁の頂上は平たいだけ。人は誰もおらず、一箇所だけ降りられる様になっている階段がある。
(ここなら人がいないな、少し話をするから休憩だ)
鎧が外され、必死にしがみついていたクリアスもしんどそうに溜息を漏らして離れた。背負う魔女も壁の上に立ち、彼を見ている。
「あなたは人だよね? 絶対にいじめないって本当だよね、ね?」
子供っぽく語尾を続けて言葉で聞き続ける魔女。ルビィとは違った幼さを感じられる。
「うん、そんなことはするつもりはないけど」
「やったー!」
うれしそうに足にしがみつく魔女。
(イエロア、それはいいがハネのありかを教えてもらうぜ)
「うっ、バカカウラ」
(あ? ふざけんなよクソガキが。お前がやったこと覚えてるぜ、よくも拘束した上で頭踏みつけやがって! 今から同じ目に遭わせてやるからな! 覚悟しておけよ!)
おそらくロークと会う前のことだろう。怒りを露わにして叫ぶカウラ、言われた魔女はうるさそうに耳を押さえながらも負けないくらいに怒鳴り返していく。
「殺さないだけいいじゃん、バーカバーカ! ねえねえ、あいつこの世界壊そうとしているのに何で一緒にいるの? 裏切っちゃおうよー。どうせ寄生してるってことはぜんぜん回復してないんでしょ」
(ああそうだぜ。だがな、今は1人で動ける程度には回復してるんだよ。お前、コイツが気に入ったみたいだな、なら殺してやろうか?)
「へ? それはどういう?」
いきなりの言葉にロークの表情は焦る。途端に彼の表情が不敵に笑った。自身の首もとに手のひらを向け、とがった氷の刃を差し向けた。
「なんでよ! ひどいひどいひーどーいー!」
「そうされたくなければ早く言え」
「じゃあ、世界は壊してもこの人は消さない?」
(なにその交換条件、いや、助かるのは嬉しいけれど)
「教えたらそうしてやる」
「絶対? ぜったいに殺さない?」
「嘘を付かなければな。ちゃんと教えればそいつと好きに遊んでもいいぜ」
悩む素振りを見せる魔女。数秒考え込むと「分かった、教える」と、あっさりと了承した。
(そんなあっさり?! いいの?!)
「だって、一緒に遊んでくれるよね。カウラと一緒ってことは死なないしずっと一緒だよね。やったー」
(ずっと一緒、なんかとんでもないことが起きている気がするんだが)
「たまには役に立ってもらわないとな。さあ、場所はどこだ」
「ハネならブイルが持ってるよ。一定周期に交代で渡してたから今はブイル」
「ブイルか……場所は」
「知らない、だっていっつもどっか行くし。もうこれ以上は知らないよ」
「ちっ、まあ言い。十分だ。チッ、結局振り出しか」
いらいらした表情を露わにしているカウラ。そんな様子を余所に状況が把握しきれいないロークが(なあ、ブイルって一体?)と、問いかけていく。
「最後の3魔女だ、あいつは以前からフラフラとどこか行く癖があって面倒なんだよ」
「うんうん、前は雪っていう白い冷たいのがいっぱいあるところにいたよー」
(雪ってことは北のアーカムあたりになるか)
「まずはそこだな、ずっととどまっているかも怪しいがまずはそこを探せ、だいぶ前にもその名前聞いたことがあった気がするな」
(ああ、オレの叔父が住んでる所だよ。確かはじめはそこに行こうとしてたんだよな、バーバラから――)
唐突に「思い出した!」と、叫んだルビィ。「あのときは嘘つかれてレイド様の所に、うー」恨めしそうに彼をにらむが今の彼はカウラ、逆に睨み返され押し黙る。
「じゃあそこに行くまでは休憩する。かなり力を使ったからな。そろそろお前の身体に異変がでるかもしれんしな」
(異変?)
「なに、すぐにわかるさ」
こうしてロークへと交代した。戻ると彼は夜空を見上げて不思議そうな声で語りかける。
「そういえばさ、少し気になったことがあるんだけど。あんなのあったっけ」
彼は夜空を指さした。そこには無数の白い小さな光。そこはイツモ通りだがその中に明らかに大きい光が2、3個ほど。他の者より数倍は大きい物が空を明るく存在していた。
彼以外の全員がそれを見て固まり浮かない顔を浮かべている。
(まずいな、だいぶ目立ち始めてきた。大丈夫、まだ大丈夫だ)
「なんだよその言い方」
急に身を寄せてきた魔女が「大丈夫だから、気にしなくていいんだよ。人には気にすることじゃないから」と、寂しげに語りかける。他も口をそろえて「気にするな」と適当にあしらっていく。
「なんだよそれ。余計に気になるだろ」
「お前が気にしたところで何のしようもないんだよ。いいからブイルを探せ」
「じゃあ見つけたら教えろ! 気になってしょうがない」
(分かった分かった。ハネを手に入れたら説明してやる)
「約束だからな……さて、どうやっておりよう」
高い壁の上、壁端に行くと高さに足がすくんだのかすぐに四つん這いでなりおそるおそる下を見ていく。
「下には警備兵はいるかもしれないからあの階段は使えないし」
「しょうがありませんね、登ったときと同じように降りていきましょう」
「……本気で?」
「はい。他に方法はありませんからね。イエロア様、ローク様の近くに……イエロア様!?」
魔女は2人になっていた。瓜二つの姿、違いがあるとすれば表情。片方は明るさが灯る表情、もう片方は氷のような無表情。
「どうしたのグレイ?」
「どうしたもこうしたも、何故2人に」
「だって、いつまでも寄生しているのも何か気持ち悪かったし。ロークくんが守ってくれるからこの子の中に入っている必要ないじゃん?」
「ですが……」
「この子って、前のイエロア?」
「はい、正確には名前はありません」
「面倒だから私の名前を反対から呼んでアロエイ」
「あの、イエロア様。お願いがあります」
「何?」
「もう一度寄生しててもらえないでしょうか。今は少しでも力を温存しておきたいのですが」
「えー! せっかく自分の身体で動けると思ったのにー」
「下に降りてからでしたらいつでもいいので、お願いします」
「うーん、分かったよ。わがまま言ってロークくんに嫌われたら嫌だし。アロエイ、少し入るね」
彼女の姿が消えた。アロエイの様子は変わりは無く見ただけでは彼女に寄生したのかは分からない。
「イエロア様は疲れたのでお休みになるそうです」
「分かりました、イエロア……ではなくアロエイ様。ローク様に捕まっていてください」
彼女は頷くと自分からおんぶされに行く。合間に「私も疲れたので」と、クリアスも球に姿を変えて彼の胸ポケットに入っていく。
「おや、ルビィ? ずっとそこにいたのですか」
「気持ち悪いの、話しかけないで」
「調子が悪そうですね」
「寝起きに急に眩しい光を浴びて、さらに上へ下へと引っ張りあげられればこうなるわよ……はぁ」
「ああ、なんかゴメン」
「良いよ、別にロークくんのせいじゃないし、今は放っておいて……」
本当に体調が良く無さそうで、さすがのクリアスも空気を呼んで静かに胸ポケットへと入っていく。それを確認するとグレイは彼らを鎧で包んでいく。
「さあローク様、行きましょう」
「大丈夫だよな」
「大丈夫、途中途中で壁にひっかけますので静かに安全におりますよ、信用できませんか?」
「……そうだな。グレイだもんな。やってくれるよな」
諦めと期待を込めた声を漏らしながら彼らは壁の下へと降りていった。




