鎧人形
崖の真下はゆっくりと下流れのある川が流れていた。深さは彼よりも深くはなかったのだが、何がおきたか理解できなかったためか、藁にも掴みそうなほど、必死に水中で暴れながら岸へと着いた。思いっきり水を吸い込んだようで、咳をしていると(面白かったぜ、次も頼む)と、カウラは笑いながら言う。
「誰がするか! と言うか何だよこの扱いは! 全然優遇されてねえ!」
(当たり前だろ、お前は死ぬためにここに連れてこられたんだからな)
「はぁ?」
洞窟内をぼんやり照らしている松明を拾いながら抜けた声を漏らす。
(ここには怪物がいるんだってよ。それを殺してもらうのが名目みたいだが俺たちはその餌にでもなったみたいだぜ。よかったな)
「よくねえよ! 俺が死んでも良いのか、お前も死ぬんじゃないのか」
(……ああ、そうだった。まあ死なねえようにがんばれよ)
「他人事だな、おい」
(まあ、他人事だしな)
「……」
ロークは話す気力が失せたのか、話を止めて敏感に松明を揺らしながら洞窟を照らしていく。洞窟は広く、松明でも完全に奥まで照らしきれていない。
見回し、後ろの川を照らした。川は流れを辿って行くと、高さ30センチほどの穴があり、そこから風が吹いているのか、照らした松明がゆらゆらと揺れている。
(ここからなら出れそうだな、早く潜れよ)
「なっ、ちょ、ちょっと待て。真っ暗だし、危ないからもう少し考えさせて」
(いいのか、そんなに悠長にしてて。聞こえるぜ、耳を澄ましてみな)
言われたとおりに静かに息を押し殺した。石ころが転がる、コロコロと小さく響く。その音が確実にこっちに向かってきているのが分かるほど、段々と音が大きくこっちに向かってきていた。
(さあ、どうする)
嬉しそうカウラは言う。ロークは何も返事することなくその音に向けて松明の炎を向けた。
大きさはロークと同じくらい、赤い炎に照らされた鎧が歩いていた。両手は鎌のようになっているのが特徴的、他は人と同じように二本足で歩く鎧。両手の鎌は鎧から手が出て持っているのではなく、生えているように見える。鏡のように松明の炎を写す鎌、
「おい、アレなんだよ」
返答するようにカウラは口笛を吹いた。
(よし、今から10秒戦え。もし生きてたら、助けてやる)
「武器もねえのにそんなのー―」
(あと忠告だ、身体を後ろに反らせ)
襲いかかる鎌、カウラの言葉に合わせて身体を反らすと頭を狙っていたのか持っていた松明の先が切られ川に落ちた。何も見えない、その中を闇雲に走り始める。
武器は亜人たちに取られ、残っているのは先の切られたただの棒。カウラは静かに彼の頭のなかで数字を数えていた。その声色がいきなり変わった。
(頭を下げろ!)
一瞬ビクつきながら頭を下げると言うより思いっきり飛び込むようにコケた。同時に彼の頭の上で空を斬るような風音が聞こえる。急いで立ち上がり走りだした。しかし、川の方へと走って行ったようで大きな水音が立つ。何が起きているのかわかっていないのか、川に足を取られながらこけてしまう。
(バカッ、もう少し保てよ、あと3――)
鎧が彼の背中に乗る。右手の鎌を大きく振り上げ、彼の頭に向けてそれを振り下ろそうとする。顔が水中に浸かり、必死に身体を動かしていたせいか。鎌は軌道が少し逸れ、耳のあたりに刃が刺さる。痛みに大量の水泡を漏らしじたばたと暴れる彼に向けて再び鎌が彼の顔を捉えた。
(0、交代だ)
爆発が起きる。鎧は2メートルほど吹き飛び、洞窟が一瞬で明るくなった。川の水が雨のように降り注いでいるが炎は消えず、彼の周りを囲みながら空中で燃えている。ゆっくりとめんどくさそうに立ち上がりながら鎧に話しかけ始めた。
「グレイ、俺だ。お前イエロアはどうした」
「なぜ私の名前を、まさかとは思いますがカウラ様ですか?」
鎧はカウラのことを知っているのか、少し怯えながらも話しかけ始める。その言葉に彼は嬉しそうに口を三日月にして笑いを含みながら喋り始める。
「ああ、そのまさかだ。さーて、一発は一発だぜ」
ニヤついた表情は変わることなく、鎧の持っていた鎌に似た炎の鎌を作り出す。形は似ているが、大きさは鎧の何十倍の大きさ。鎧の方に向けるとクワを畑に振り落とすように大きく上へと掲げ始めた。
「ちょっと待ってください! まさかカウラ様が寄生しているなんて思ってもみなくて」
「ほーら、よっ!」
鎧は必死に言い訳をしているが、全く聞くこともせず容赦なく鎌は襲いかかった。突き刺さった瞬間、炎の鎌は一気に膨張し始め、火の粉をまき散らしながら爆発した。火の粉は地面に落ちてもなお燃え続け、洞窟内を照らし続ける。
「ふう、さすがに限界か。しばらくは休ませてもらうぜ」
急に頭をガクッと下に落した。すぐに顔を上げると表情は見てすぐに分かるほど驚きの色。見回すと焦げている黒い鎧が目に止まった。
「あの、大丈夫?」
「大丈夫です。一応手加減してくれました、ので」
死にそうな声で言い切ると鎧は消えた。
「あれ? どこ行った?」
「ここです」
手のひらサイズの鎧が元いた場所にピョンピョンと跳ねながら喋っていた。それに合わせて彼はしゃがみ込む。
「なあ、ここから出ることは出来ないのか?」
「知りません。知ってたらこんな所にずっといません」
こうもきっぱり言われるものだから、ロークは呆れた顔をして固まっていた。聞くことは諦めて何か出れそうなところを探し始める。
まだ炎は燃え続けていて、洞窟内は外と変わらないほど明るい。端から端まで歩いて行くが見つかるのは骨だけだった。
「この骨ってもしかして」
「ええ、私がやりましたよ。しつこく襲い掛かってくるものでしたから。あなたもそうかと思ったのですが。まさかカウラ様の寄生元だとは思いませんでした」
「そ、そうか」
もしも、カウラが居なかったらこんなふうに、そう思ったのか。彼は身震いをしながら捜索を続けた。2週ほど回って歩くのを止めた。何一つ出る手がかりは見つからず、最終的に一箇所だけを見て声を漏らす。
「やっぱりあそこか」
見ていたのは川だった。だが、その声は出る手段が見つかって嬉しい声には聞こえず、逆に絶望するような声でそれを見ていた。




