下忍が異世界で手に入れたモノ
権蔵は暗い闇の中をさ迷っていた。
夜目が効く筈なのに何も見えないし、意識も朦朧としている。
それは体に染み込んだ条件反射だったのかもしれない。
腕を軽く動かしただけなのに、全身を激しい痛みが襲った。
不幸中の幸と言うべきか、痛みで権蔵の意識が覚醒した。
(ここは海の上か?)
権蔵は真っ暗な海をプカプカと漂っていたのだ。
あの時、爆風と海面に叩きつけられた衝撃で権蔵は意識を失っていた。
本来なら波に飲まれて溺死していたであろうが、ポセイドンの加護が守ってくれていたのだ。
(いくら溺れなくても、こりゃ死ぬな)
暗くてきちんと確認は出来ていないが、周りに陸地は見えていない。
もし見えたしとても権蔵は火傷と怪我でまともに体を動かせずにいる。
待っているのは脱水による死か餓死、もしくは低体温による死。
(座して死を待つんじゃなく、浮かんで死を待つとはね…まっ、道具じゃなく人として死ねるだけましか)
本の少し前までなら、死に方を意識する事はなかった。
忍の最後は、拷問されて死ぬか殺されるしかないのだから。
(星?それにしては眩しい…)
権蔵が星だと思ったのは神々しい光を放つ金髪の男であった。
男は整った顔立ちを醜く歪ませながら、権蔵を睨み付けている。
(随分と人を殺したからな。死に際に化けて来られても不思議じゃないよな)
「お前の所為で息子は、アレクレイスは死んでしまったんだぞ。なのになぜお前は生きている!!冥府で息子に謝ってこい」
権蔵を睨み付けていたのはアレクレイスの父アレスであった。
アレスは巨大な槍を構えると、権蔵に向かって投げつけ様としている。
(こりゃ死ぬな…さよなら、みんな)
権蔵は目を瞑って覚悟を決めていたが、いくら待っても痛みは走らなかった。
「放せ!!ヘルメース。こいつはアレクレイスの敵なんだぞ」
「あのな、今回の勝負に俺達神は手を出さない約束だろ。それに俺っちは権蔵を気に入ってるんでね。むざむざ殺させねえよ」
目を開けてみると、ヘルメースがアレスの槍を押さえ付けている。
「ふんっ!!伝令しか出来ない奴が戦の神である俺に敵うと思ってるのか?」
「その言葉をそのまま返すぜ。お前こそ俺っち達に勝てると思ってるのか?ここが海だって事を忘れてないか!?」
海が泡立ち始めたかと思うと、巨大な影が権蔵とアレスの間に割って入って来た。
「お前はポセイドン?」
「海で暴れて儂が気付かないとでも思ったのか?それにその者を守ろうとしているのは儂だけではない…ヘルメース、離れろっ」
ヘルメースが槍から手を放し飛び退くと、アレスの頭上から網が降ってきた。
「その網の頑丈さはお前が一番知ってるよな…俺の弟分を殺させはしねえよ」
「へ、ヘパイストス!?またお前か!!」
アレスがヘパイストスの網に掛かるのは、これで二度目である。
「アレスよ、ゴンゾは私が招いた客人だ!!殺させはせぬ」
「ハ、ハデス。くっ…」
流石のアレスも四柱の神を相手にしては勝てる気がしない。
「ヘルメース、済まないがそいつをゼウスの所に連れ行って来れ。ゴンゾ、迎えが来たぞ…まさに助け船だな」
海原を滑る様にして一艘の船が近づいて来た。
「全身に火傷、体中に裂傷、骨折もしてるし良く生きてたわね。あの子達じゃないけど私も説教をしたくなるわよ」
キルケが船の上から呆れた様な表情で、権蔵を見下ろしている。
事実、権蔵の状態は酷く一歩どころか半歩間違っていても死んでいたであろう。
権蔵はその日の内にキルケの館に運ばれて行った。
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キルケからの報せを受けたプリムラ達は喜び、そして怒った。
「ゴンゾー様、元奴隷として言わせてもらいます。主が元奴隷に心配を掛けてどうするんですかっ!!僕、いっぱい泣いたんですよ」
クレオは顔では怒っていたが、安堵の嬉しさからか尻尾は左右に揺れている。
「ゴーンちゃーん!!君って子は何回お義姉ちゃんに心配を掛ければ気が済むのっ!!元気になるまで毎日お説教なんだからね…ゴンちゃん生きていてくれてありがとう」
プリムラも顔では怒っていたが、その瞳からは嬉し涙が溢れ落ちていた。
「ゴンゾーさん、私決めました。もう、待つ女は止めます。貴方が嫌と言っても私は貴方のお嫁さんになってみせます…他の誰でもない貴方が私を幸せにして下さい」
ミータは顔を真っ赤にしながら、権蔵にしがみついた。
下忍はただ泣いた、嬉し泣きである。
血も涙もないと言われた下忍が暖かな涙を流したのだ。
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アスブロのポリスには良く効く薬を売っている薬屋があると言う。
エルフの魔法薬もあれば異世界の技術で作られたカンポウ薬も売っている。
店を営むのは強面の猿人と可愛らしい猫人の妻。
二人は仲睦まじく、暖かな家庭を築いていた。
そして近所で何かを困った事があれば、主人の権蔵が不思議な力で手助けをしてくれたと言う。
下忍が異世界で手に入れたモノ。
それは細やか暮らしと暖かく幸せな生活。
皆様の応援のお陰で下忍を書き終える事が出来ました。
派手な魔法も、萌えもない地味な小説でしたが多数の感想をもらえました
ありがとうございます




