下忍が異世界でみせた覚悟
アスブロとスパルータの戦いが始まり、既に三日が経っていた。戦況は一見すると膠着状態になっていた。
スパルータは砦や防護壁の為に攻めあぐねているし、アスブロもスパルータの屈強な兵士を警戒して反撃を出来ずにいる。
しかし、スパルータの司令官ボロニアス子爵は焦っていた。兵糧は鼠に食い荒らされ目減りしていたし、町や村から女がいなくなっており兵の不満が蓄積されていたのだ。
さらにスパルータ軍を悩ませている事がもう一つあった。
それは兵が寝静まった頃を見計らったからの様に現れる不審者である。
その日の夜も、スパルータの野営地を見下ろせる木の上に怪しい人影が現れた。
権蔵である。 権蔵は手に大きな法螺貝を持っており、深く息を吸い込むと法螺貝吹き鳴らした。
ブォーと低く野太い音が闇夜に響き渡る。権蔵は山伏に変装した事が何度もあるので、法螺貝を吹く事が出来る。
突然の大音量にスパルータ兵は驚き飛び起きて来たが、その頃には権蔵は闇夜に姿を消していた。
権蔵はスパルータが国境付近に滞陣してから毎晩法螺貝を吹き鳴らしている。しかも一晩に最低四回は法螺貝を吹いてるのでスパルータ兵は不眠にも苦しめられていたのだ。
翌朝、ボロニアス子爵は眠い目を擦りながらアレクレイスのテントを訪ねていた。
「アレクレイス様お願いがございます。アスブロの臆病物が貝の様に閉じ籠っている所為で、決着が中々着きませぬ。お手を煩わせるのは心苦しいのですが、例の作戦を決行してもよろしいでしょうか?」
ボロニアスは平身低頭しながら、アレクレイスに願いを伝える。何しろ、国境に辿り着くまで兵達は、好き勝手に暴れ回り民から怨みをかっていた。このまま敗走をしてしまえば無事にスパルータに帰れる保証はない。
「確かにこのままでは父上に申し訳がたたない。精鋭の兵を選りすぐり編成を始めろ」
「御意に…明日には編成を終わらせます」
まだアスブロ軍にダメージを与えていないので、攻めいるのは時期尚早であった。しかし、このまま待っていても、じり貧にしかならない。
調べさせた所、アスブロ国境には唯一手薄な場所があった。
対岸との距離がかなりあるので、放置しているとの報告である。
そこに橋を掛け、アレクレイスが精鋭を引き連れて奇襲をかければ間違いなく勝てる、ボロニアス子爵はそう信じていた。
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翌朝、それまで何もなかった所に突如巨大な橋が姿を現した。
アレクレイスは幻術で姿を隠した精鋭三百人を引き連れ一気に攻め込むつもりである。
(何も気付かないとは馬鹿な奴等め、神となる私の邪魔をするからだ)
しかし、橋の半ばまで進むと人影が見えてきた。
豪胆にも一人の男がアレクレイス達を待ち伏せしていたのだ。
権蔵である。不思議な事に権蔵は刀を持っていない。
持っているのは数本の棒手裏剣と丸い球だけである。
「弓兵は弓を射ろ。魔法使いは魔法を放てっ。相手は一人だ、簡単に殺せる」
「あんた達に俺が殺せるかね」
一斉に矢を射れば橋が壊れかねない。権蔵はニヤリと笑うと飛んできた一本の矢を容易くかわした。
エレオスから貰った手甲のお陰で魔法も簡単にかわす事が出来る。
「これを見ろ。お前が大人しく捕まらなければこの子供を殺すぞ」
魔法使いの一人が幼子に短剣を突き立ていた。
勿論、そんな都合よく子供がいる訳がない。同じ魔法使いに幻術を掛けただけである。
次の瞬間、幼子の額に深々と棒手裏剣が突き刺さった。
「お前、馬鹿だろ。幻術を見破ったからお前らの前に立ってるんじゃねえか」
幻術を見破れたのはヘパイストスから貰った手甲のお陰である。
「もう良い、俺が出る。お前、神々の約束を知らないのか!?俺に攻撃をしたら天罰がくだるんだぞ!!」
戦えたとしても、権蔵の実力ではアレクレイスに敵わない。
しかし、異世界から来た下忍は不敵に笑った。
「ああ、あんたには攻撃しないさ。俺が攻撃するのは橋だよ」
権蔵は丸い球に素早く火を着ける。
「橋を攻撃してどうすると言うんだ?」
「こいつは焙烙玉って言ってな。中々の破壊力を持ってんだぜ」
下忍が焙烙玉を投げつけると、凄まじい爆発音が響いた。
そして橋はアレクレイスや兵士を巻き込んで落下していく…その中には下忍の姿もあった。
権蔵は確実にアレクレイスを巻き込む為に、橋の半ばで待機していたのだ。
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その爆発音はメイトレオフロンの耳にも届いていた。
「皆の者、よく聞けっ!!この爆発音は我が部下、ゴンゾーが自分の身を犠牲にしてアレクレイスの進軍を止めた証だっ!!一気に反撃に出るぞっ」
メイトレオフロンの号令にアスブロの兵が応える。
ドワーフの戦士は王子を救ってくれた男の想いに応えるべく斧を掲げた。
エルフ十二部族レオの戦士達は、これまでの不満を一気に爆発させる。
エルフ十二部族サシダタリウスの弓兵達は、自分達の敬愛する姫の心中を察して弓をつがえた。
異世界から来た一人の下忍がいくつもの国を動かし時であった。
予定では残り一話になります




