下忍が異世界で会った母?
権蔵がハデスの命を受け暫くした頃、一人の男が現れた。
見目の良い青年で、つばの広い旅行帽を被り、足には黄金のサンダルを履き手には二匹の蛇が巻き付いた杖を持っている。
「ヘルメース、今回は苦労を掛けるね」
ヘルメースは神々の伝令を担っており、アレクレイスの一件で度々ハデスの元を訪れていた。
「いやー、それが俺っちの仕事だから。アレスからの伝言です゛アレクレイスに直接攻撃する事を禁ずる゛だってよ」
ヘルメースは伝言を伝え終わると、深々と溜め息を漏らす。
「戦で直接攻撃するなか。相変わらず都合の良い頭をしてるな…ゴンゾウ、大丈夫か?」
「ハデス、戦で直接攻撃が禁止されれば生け捕るしかないんだぜ。人が半神を生け捕るのは無理だって」
ヘルメースの言う通りアレクレイスは半神であり、人が生け捕りにする事は不可能と言って良い。
しかし、アレクレイスを何とかしなけ
れば、今回の戦は確実に負けてしまう。
「腹案はございます。ですが私一人では確実には行えません。暫く案を練りたいと思います」
権蔵は己の案を二人の神に伝えた。
その反応は真逆であった。
ハデスは顔をしかめて押し黙ってしまったが、ヘルメースは腹を抱えて笑いだしたのである。
「良いよ、お前最高だよ!!ヘパイから話を聞いてたけど、ここまでやるとはね…才も実力も最高だし、俺が庇護してやる」
ヘルメースは雄弁、牧畜、早足、商人等の様々な才能の神であるが、計略や盗人の神でもある。
権蔵はヘルメースの申し子と言っても良いであろう。
「いや、しかし…それを認めるのは」
「しかしも何もそれが一番の解決策だろ?ハデス、こいつは俺が地上まで連れてくよ」
ヘルメースは冥府への案内人であり、死者の魂を地上に戻す役割も担っている。
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「ゴン、お前のさっきの策はまだ続きがあるんだろ?俺っちに出来る事があれば何でも言ってみな」
「それでしたらスパルータに流して欲しい噂があります。それとヘパイストス様に相談したい事があるんですが、どんな手続きを取れば良いんでしょうか?」
権蔵はヘパイストスの知遇を得たとは言え、連絡手段を持っていない。
「それは二つとも俺っちの仕事だよ…そう来るか。俺っちが受けてやるよ」
「しかし、大丈夫でしょうか?」
権蔵の策は、ヘパイストスの恥に成りかねないのだ。
「大丈夫だよ。ヘパイはアレスを嫌っているから、彼奴をはめれるとなれば喜んで協力するさ…っと、済まないが、ここからは一人で行ってくれ。真っ直ぐ進めば地上に出る…ただし、何があっても振り向くなよ」
ヘルメースの黄金のサンダルは空を翔ぶ力を持っている。
漆黒の闇の中、黄金のサンダルだけが空高く舞い上がっていく。
権蔵は黄金のサンダルを見送ると、ゆっくりと歩き出した。
何しろ権蔵の目でも見えるのは、一寸先位。
それでも体を強張らせずに歩けるのは、闇に対する慣れであろう。
一時間程歩くと、少し先に明かりが見えて来た。
(やれやれ、死んだら地獄必定だとは思っていたけど。まさか生きたまま地獄に行くとはね…人の声?)
権蔵の耳に届いて来たのは優しげな女の声。
「ああ、権蔵。ようやく会えた。私は貴方の母です。卑しい忍者に貴方を拐かされ生き別れになった母です」
「俺の母ですか?」
不思議な事に、権蔵は女の声には不思議な懐かしを感じていた。
「ええ、貴方は忍なんて卑しい生き方をする人間ではありません。貴方はある大国の藩主の血を引いているんですよ」
確かに権蔵は己の出自について何も知らない。
そして、自分の出自に興味がなかった言えば嘘になる。
そして権蔵の歩みが止めた…
止めた同時に懐に手を入れ、声に向かって背中越しに棒手裏剣を投げつけた。
「母に何をするんですか?」
「笑わせるな。なーにが母だ!?俺の権蔵って名前は権幻斎が蔵に忍び込んだ日に里に来たからって、付けられた名前なんたぜ。本当の母親なら違う名前で呼ぶだろ?」
権蔵は声の主に話し掛けながらも、巧みに立ち位置を変えていく。
「それはたまたまです。お前の本当の名前は別にあるのです…母の話を信じなさい」
「あのよ、確かに俺は卑しい忍びだ。人を騙して殺すのを生業としている。だから分かるんだよ…お前の嘘が」
権蔵は再び声に向かって棒手裏剣を投げ放つ。
「貴様っ!!私はアレス様に仕える神エリスだそっ」
エリスはアレスの配下で恐怖と混乱を司る女神である。
「だから、どうしました?俺の母を騙って殺すつもりだったんですか」
冥府の帰り道で後ろを振り向くと二度と地上に戻れなくなる。
だからエリスは権蔵の母を騙り、話し掛けたのだ。
「何故だ!!何故、私の策が通じない」
エリスの怒号が暗闇に響く。
「当たり前じゃないですか。ゴンゾウさんには私も庇護を与えてるんですよ。いえ、私だけではなくハデス様、ヘパイストス様、ヘルメース様からも庇護を与えられています」
聞こえて来たのはエリスとは対照的に落ち着き払った声。
「お前はキルケッ!?」
「それにここは冥府…我が主、ハデス様の世界。彼はハデス様の客人ですよ…下位の神が手を出して許されると思うなよ」
キルケの次に現れたのは、エレオスことオルトロス。
「ふん、私は神だよ。魔女と魔物が神に勝てると思うなよ」
「頭が馬鹿だと配下も馬鹿になるんだな。キルケの父は太陽神ヘリオス、オルトロスの祖父はガイアなんだぜ。お前と変わらない存在だ」
「ヘ、ヘパイストス?十二神がなんで?」
エリスの論法でいけば、彼女はヘパイストスに敵わない事になる。
「ヘルメースから頼まれたんだよ。アレスが下らない事を考えてるってな…ゴンゾウとアレクレイスに神が手を出さないのは、ゼウス様の決定だぞ!!それを破ると言うのか!!」
ヘパイストスは十二神の一柱で、エリスより高位の神である。
「やれやれ、アレスにゴンを途中まで送って欲しいと頼まれたから怪しんでみたら、エリスを送って来たのかよ。しかも、異世界生まれのゴンの母親に化けるとは芸がないね。だけど、これでアレスへの義理は果たせたな」
「ヘルメース!?帰ったのでは!?」
空中から自分を見下ろしているヘルメースにエリスは驚きの色を隠せていない。
「俺っちは計略の神だぜ。冥府の途中まで送って欲しいなんて話を信じる訳ないだろ」
ヘルメースはエリスを小馬鹿にする様に溜め息を漏らした。
「だ、騙したな…アレス様に言ってやる」
「騙したとは心外だな。俺っちはちゃんと、ゴンを途中まで送ったぜ。それにアレスは送った後に戻ってくるなと言ってねえしな」
雄弁の神でもあるヘルメースにエリスが敵う筈もなく、エリスは散々に言い負かされる。
「こうなれば彼奴を殺して…いないっ!?」
「ゴンならとっくの昔に逃げたよ。さとて、俺っちは親父に今回の事を伝えてくる」
ヘルメースはそう言うと闇に姿を消した。
「俺はゴンゾーに渡す物があるから、追い掛けてくよ。お前らはどうする?」
「私は今回の件をお館様に伝えにいきます」
エレオスはそう言うと踵を返して闇に消えていく。
「私は見たい物があるから、ゴンゾウさんを追い掛けていきます。冥府に行くって事は体から魂が抜けるって事。あの名物を見逃す訳にはいきませんから」
キルケから事情を聞かされたプリムラとミータが息をしなくなっている権蔵の帰りを今や遅しと待っていたのだから。




