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下忍が異世界で訪れたい神殿

 風の穏やかな凪の日。

 一艘の小舟がテクトーンの港に着いた。


「ゴンゾさん、あれがお迎えの船ですね」 

 権蔵とミータはポセイドンの神殿に招待され、その迎えを待っていたのだ。

 猫人のミータは何の疑問も抱かずに無邪気にはしゃいでいるが、隣にいる権蔵はある事に気付き怯えていた。

(おいおい、あの川船みてえな小舟で沖から来たのかよ…帆も櫓もなしで海を動く船とはね)

 それにも関わらず船は意思を持ってるかの様に権蔵達の元へと辿り着いたのだ。

 小舟に乗っていたのはキューマを迎えに来た男ただ一人。


「ゴンゾー様、ミータ様お待たせしました。それでは船にお乗り下さい」

 権蔵達が小舟に乗ると船がスッと動き出した。

 例の男は何もしていないのにも関わらず、権蔵達を乗せた途端動き出したのだ。

 

(船が一人で動いた?…いや、海が船を運んでいやがる)

 権蔵は背中に冷たい汗が流れ落ちていくのを感じた。


「主ポセイドンはお二方の到着を心待ちにしておられるんですよ。何しろ、わざわざ海を穏やかにする位ですので」


「過分過ぎて言葉もございません。しかし、私の様な下賎の者がポセイドン様の神殿に呼ばれて良いのでしょうか?」

 無論、権蔵はポセイドンを崇拝してはいない。

 今、権蔵の心を占めているのは恐怖心だけである。


「ホリスモスの客人はオリンポスの神々の間でも、噂になっているそうですよ。何より権蔵様はキューマ姫を救ってくれた恩人です。神殿の者全てが歓迎をするでしょう」

(どうも、俺の知らない所で話が動いてるらしいな。これじゃ、この小舟と一緒だな)

 

「ゴンゾさん、凄いですよ。もう、港が見えなくなりましたよ」

 ミータの言う通り、テクトーンの港は微かにしか見えていない。


「ミータさんは、海で泳いだ経験はありますか?」

 水練にも精通している忍びの権蔵でも、ここから港まで泳いで戻るのは困難である。


「私は川でしか泳いだ事がないですけど…それがどうしましたか?」

 権蔵の問い掛けに、ミータは小首を傾げながら答えた。


「いや…やはり、いざとなれば女子おなごの方が肝が座ってるんですね」

 権蔵とミータが、そんなやり取りを交わしていると小舟が突然動きを止めた。

 

「さて、着きましたよ」

 男はそう言うも周りに見えるのは海原だけである。


(こいつ、ポセイドンの使いを騙った賊なのか?)

 権蔵は男に気付かれない様に、棒手裏剣を握った。


「どこに着いたんですか?まさか、あの世だなんて仰るんじゃないですよね」


「違いますよ。冥府はポセイドン様の管轄じゃないですし…ちょっとお待ち下さい」

 男はそう言うと海に何かを投げ入れる。


「今のは何ですか?」


「神殿に到着を伝える合図ですよ。さあ、ポセイドン様の神殿に行きますよ」

 次の瞬間、小舟がゆっくりと沈みだした。

 正確には、小舟を乗せている海だけが沈みだしたのだ。

 

「凄い…まるで水の壁ですね」

 ミータの言う通り、小舟は水の壁に囲まれている。


「ええ、ポセイドン様の神殿は海底にありますので…お二方の様に水の中で息が出来ない方をお迎えする際には、こうしているんですよ」

 やがて、小舟はゆっくりと海底に着地した。

 権蔵はその時初めて、自分が未だに棒手裏剣を握り締めている事に気付いたと言う。

 船から降りた男が水の壁に触れると、水のトンネルが出来た。

 その向こうには巨大な神殿が見えている。


(まるで竜宮城だな…帰りに玉手箱を渡されるんじゃねえだろうな)

 何しろ、権蔵達の真上や横を魚が泳いでいるのだ。


「さあ、着きましたよ。私は主に報告に行って参りますので、椅子にでも座って待っていて下さい」

 権蔵達が最初に案内されたのは客室、権蔵は椅子に触れ濡れていないのを確認すると腰を下ろした。

 その動きは、どこかぎこちない。

 

「随分と緊張してますね。でも、ゴンゾさんにも怖い物があったんですね」

 ミータからすれば、権蔵は城に忍び込んだり王族を騙す等恐怖心が欠けている様に思えていた。


「忍びは臆病なんですよ。何よりとんでもない気配がしてますからね」

 離れていても分かる圧倒的な存在感。

 ここには、人知を超越した何かがいるのが分かる。


―――――――――――――――


 それは権蔵の理解を越えた存在であった。

 ヘパイストスの神殿にいた巨人を遥かに凌駕する巨体。

 その圧倒時な存在感に権蔵は押し潰されそうになっていた。

 圧倒される余り、権蔵はポセイドンの顔を見れずにいる。

 海神ポセイドン、オリンポス十二神の一柱にて水と海を司る神。

 その力は天空神ゼウスに引けを取らないと言う。


「ゴンゾウと言ったな。娘キューマを救ってくれた礼を言う」

 権蔵は、ポセイドンの声を聞いただけで気絶しそうになっていた。


「いえ、私はヘパイストス様の命に従っただけでございます」


「それでも救ってくれた事には変わらぬ。何か褒美を取らせよう。何か、希望はあるか?」

 権蔵は必死に頭を動かした。

 普段なら借りを作らぬ為にも、褒美は断っているのだが、神に対しては不敬になりかねない。


「それならば、私が水難事故に遭ったら助けて頂けますか?」

 忍びにとって水中は身を隠す場所でもあるが、いつ命を落としてもおかしくはない危険な場所でもある。


「それだけで良いのか?」


「はい、ヘパイストス様にお願いをした物がありますので」 


―――――――――――――


 権蔵がポセイドンの前から去ると、ポセイドンは柱の影に声を掛けた。


「ヘパイストス、いるのであろう。出て来ぬか」


「叔父上、お久しぶりですね」

 ヘパイストスは悪びれもせずポセイドンに返事をしてみせる。


「ホリスモスの猿人を守りに来たのか?…しかし、変わった猿人よの」


「ええ、そして面白い。あの者は、大勢には好かれませんが、一定の者が放っておけない何かを持っております」

 それゆえヘパイストスも、ポセイドンの神殿に忍び込んだのだ。


「確かにな。どれ俺も動いてみるか。十二神のうち去就をはっきりさせた奴は誰がいる」


「まずは私です。それと姉のアテナが権蔵か仕えているメイトレオフロンを気に入ったそうですよ。逆にアレスとアフロディーテは向こうに着くでしょうね。ゼウス様とヘラ様は様子見。ヘルメスとアポロンは権蔵に興味を示しています」

 ヘパイストスは権蔵を気に入り、色々と動いていたのだ。


「他にはどうだ?」


「恐らくデメテル、ディオニュソスは向こうに味方するでしょうね。特にデメテルは権蔵を喚んだ方と浅からぬ縁がありますし」

 オリンポスの神々が二手に別れだしていた。

 そしてその中心にはいたのは、神とは縁遠い異世界の下忍であった。

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