表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/94

下忍が異世界で叩いた手

 権蔵と別れたサレーテは、その足で第二王子オリバースの元へと向かった。

  

「本当か?本当に、あの爺を誘い出せたのだな。爺は怪しんでなかったろうな?」

 サレーテの報告を聞いたオリバースは満面の笑みを浮かべる。

 オリバースは王位継承の邪魔をしたゾンゴと言う老爺を殺したい程に憎んでいた。


「怪しむ所かメイトレオフロンに許可を貰う為、杖をつきながら必死に走って行きました。必死過ぎて尾行されているのに全く気付いておりませんでしたよ。それに、何度もよろけていましたし」

 

「おいおい、転ばれたら誘い出せないじゃねえか。爺も可哀想にな、メイトレオフロンは父上とのお茶会に参加して会えぬと言うのに。それでいつ出発するのだ?」

 オリバースの頭の中では、既に国民から名君と褒め称えられる自分が出来上がっているのだ。

 神から選ばれた稀代の名君オリバース様の治世。

 その未来を想像しただけで、オリバースの体は歓喜に震えてくる。

 ゾンゴを一秒でも早く殺せば、それだけ早く王になれるとオリバースは信じきっているのだ。


「この後、直ぐに出発します。メイトレオフロンに止められでもしたら困ります」


「メイトレオフロンもゾンゴも名君オリバースの王位継承を邪魔した愚か者としてテクトーンで長く語り継がれるだろう」

 そう言ってオリバースとサレーテは大声で笑った。

 これが異世界から来た下忍が考えた底意地の悪い企みとも知らずに笑い続けたのだ。


―――――――――――――――


 その頃、権蔵はテクトーン城の一室で竹籠に布袋を入れていた。

 竹籠は三日月型に湾曲しており、背負える様になっている。


「ゴンちゃんは、これで腰が曲がってる様に見せていんだね。でも、本当に食いついてくるの?他国の典医が領内で殺されたら大問題になるんだよ」


「あの手の連中は自分が見たい未来しか見ませんからね。それにそれだけ頭が回るんなら、あんな下手な尾行はさせません。俺が(つまず)いた振りをして、追い付くのを待ってやってんたんですよ」

 サレーテが放った追手は、城の人間とすれ違う度にいきなり会話を始めたり外を眺める振りをしていた。

 当然、権蔵との間に距離が出来てしまい、その度に権蔵は躓いたりよろけて追手が追い付くのを待っていたのだ。


「そりゃねー。世の中、ゴンちゃんみたいに意地の悪い人間だけじゃないからね。ゴンちゃんとじゃ役者が違い過ぎるよ」

 プリムラはオリバース達に少しだけ同情していた。

 彼等は暗殺と言う悪企みに酔いしれて現実が見えなくなっている。

 無理矢理に酔って自分達を鼓舞する事で、罪悪感から逃れようとしている小心者なのだ。

 しかし、彼女の義弟は違う。

 義弟は息を吸うような自然さで人を騙し、食事をする位の感覚で人を殺す。

 

「さてと、俺は出掛けて来ますんで姫に伝言をお願いしますよ」


「森の外で皆さんで待って下さいでしょ。姫様はゾンゴが黙って出掛けた事に気付いて、王様やベトーラ王子と一緒にたまたま森に探しにくるんだよね」

 プリムラはまたサレーテ達に同情をした。

 彼等にとっての千載一遇のチャンスは義弟により作られた物であり、それは自滅への道でもあるのだ。 

  

「ええ、後から気付いてもらわないと困りますからね。だって、老爺のゾンゴが一人で出掛けるのに護衛を付けないなんて不自然でしょ」

 権蔵は竹籠を背負うと、その上からローブを着た。

 背中に自然な曲線生まれ、権蔵は老爺ゾンゴと変わったのである。


―――――――――――――――――


 危なっかしい爺、それがゾンゴに対するサレーテの印象である。

 ゾンゴは薬草を見つけると、周りが見えなくなるのか木の根に何度も躓いた。

 そしてまた違う薬草を見つけると、方角も確認せずに進んでいく。

 その行動を予想するのは難しく、知らず知らずの内にサレーテ達は森の奥へと導かれていた。

   

(得物は長剣と斧か。しっかし、森にわざわざ長柄の得物を持ってくるかね)

 ゾンゴの護衛と称して付いて来たのは、サレーテを含めて三人。

 三人共、森に慣れていないのか既に虫の息になっている。


「ゾンゴ殿。す、少し休みませぬか?」


「サレーテ殿は休んで下され。儂はもう少し薬草を探させてもらいます」

 権蔵はそう言うと一人で森の奥へと行こうとした。


「い、いけませぬ。ドルガン、お前がゾンゴ殿に付いていけ…そろそろゾンゴ殿も休みたくなる筈だしな」

 サレーテは仲間の一人に目配せをする。

 それはゾンゴを永遠に休ませろと言う合図でもあったのだ。

 その後、ドルガンは何度もゾンゴを殺す機会を探していた。

 しかし、ゾンゴの歩みは中々止まらず、ドルガンは攻撃のタイミングを掴めずにいた。

 それが訪れたのは、サレーテ達の姿が見えなくなった時の事である。

 不意にゾンゴが歩みを止めたのだ。


「悪いな、爺さん。これもテクトーンの為なんだよ」

 ドルガンが自慢の長剣をゾンゴに向かって思いっきり振り下ろす。

 ドワーフの力に掛かれば、猿人の老爺は一刀両断にされてしまうだろう。

 そう、相手が普通の老爺であるならば。

 ドルガンの長剣は虚しく宙を切ってしまった。

 一刀両断された筈の老爺が、一瞬にしてドルガンの前から姿を消したのだ。


「森の中で、そんな長い剣を使ってどうするんだよ。それと確実に殺したいんなら刺すのが一番なんだぜ…こんな風にな」

 聞こえて来たのは憎々しいまで落ち着いている若い猿人の声である。

 尤も、次の瞬間にはドルガンは仕込み槍で貫かれており、声の主を確認する事は出来なかったのだが。

 

――――――――――――


 サレーテは焦っていた。

 いくら待ってもドルガンは帰って来ないし、ドルガンを探しに行った仲間も戻ってくる気配がない。


「おお、サレーテ殿。こんな所に居ましたか。お陰で薬草がたんまりと取れましたので帰りましょう」

 いつの間にかゾンゴがサレーテの前に立っていた。


「いや、仲間がまだ戻って来ないので」


「お前の仲間は戻って来ねえよ。何しろ、冥土に旅立ったんだからな」

 若い猿人の声だった。

 サレーテはそれがゾンゴから発せられたと理解するまで、少し時間を要した。

 それと同時に気付く。

 自分達が目の前の猿人にはめられた事を。


「貴様、許さん!!」

 サレーテは斧を振るうが、それは虚しく宙を切るだけだった。


「許さなかったら、どうすんだ?その斧で木を切るのか?」

 猿人の男は、そう言うとサレーテの事をせせら笑う。


「殺す、お前も殺せばオリバース様が王になれるのだ。そうすればテクトーンは栄華を極める」


「栄華を極めたいのは、国じゃなくお前さん何だろ?それにこんなお粗末な計画を建てる王様じゃ直ぐに国は滅びちまうよ」

 猿人の男の顔に浮かぶのは嘲り、それがサレーテの怒りに更に火をつけた。


「オリバース様は神に選ばれたお方だぞ!!」


「やれやれ。物が分からぬお人だ…それっ!!鬼さん、こちら手の鳴る方へ」

 権蔵は剽げた拍子を取りながら、サレーテの前でパチンと手を叩く。 


「貴様、貴様。俺はテクトーンの大臣になる男だぞ」


「ほうら、本音を吐いた鬼さん、手の鳴る方へ」

 サレーテは権蔵を無言で斬り着ける。

 権蔵は後ろに飛び退いた斧を避けた。

 そして、再びサレーテに近づくと手をパチンと叩く。


「鬼さん、手はこっちで鳴ってるよ。よーく狙ってね」

 ブンと斧の音がすると、パチンと手の叩く音がした。

 またブンと斧の音がしたら、パチンと手の叩く音がした。

 ブン、パチン、ブン、パチン…何度も繰り返す度にサレーテは怒りに我を忘れてしまう。

 剽げた拍子で自分をからかってくる猿人により森の入り口へと導かれているのも、分からぬ位に。

 調子に乗った猿人の男が木の根に躓くのをサレーテは見逃さなかった。

 サレーテの斧は、猿人の男の背中を切り裂き大量の血が木々を濡らす。


「これで、これで、俺は大臣だ!!」


「ほう、お前が大臣になるのか。詳しく話を聞かせてもらえるか…サレーテ料理長」

 サレーテの目に映ったのは、ダンバル王とベトーラ王子、そしてメイトレオフロン姫。


「この国の料理長は私の典医も料理するのですね」

 氷の様に冷たいメイトレオフロンの声がサレーテを焦らせる。


「ち、違います。私にそんな積もりは…」

 サレーテは斧に着いた血を拭おうとするが、全く拭き取る事が出来ない。


「それは(にかわ)を混ぜた血糊さ。拭いた位じゃ落ちないよ」

 サレーテは目の前が真っ暗になっていくのが分かった。

 本の数分前には栄華に輝いてた道が、今は死刑台への道に変わっていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ