下忍が異世界で初めて照れた相手
権蔵は一時唖然としていたが、軽く溜め息を吐いて気持ちを切り替えた。
(俺が話し掛けなけりゃ、あの娘も話し掛けてこねえだろ。何しろ、これから忍び働きが嫌って程増えるんだ)
「同行しても良いですけど、姫様に急いで報告しなきゃいけない事があるんです。だから今回はかなりの強行軍になると思いますよ」
「ゴンゾー、それはスパルータの事か?」
「スパルータは獣人の村を潰して農地や製鉄所を作る計画を建てていました。労働力は村から追い出された獣人を奴隷にするみたいですよ」
権蔵はボロニアス子爵の屋敷に忍び込んだ時に密書や書類を丹念に調べていたのだ。
「農地は兵糧の為で製鉄所は武器や防具の為か…やはり、アレクレイスを旗頭にして戦をするつもりか」
「こっちに来て色々と調べてみたましあが、スパルータに対抗出来る規模の国力持っているのはアーテナイだけです。しかし、今のアーテナイには旗頭になる人材がおりません」
将の能力や国力の判断は忍びにとって重要な任務の一つである。
「ああ、ここしばらく大きな戦がなかったしな。戦争を司っている姉上を信奉している国が人材不足とは皮肉なもんだな」
「その能力があるのは分国アスブロのメイトレオフロン姫ぐらい。しかし、姫は継承権も薄く軍を指揮する権限すらありません。何しろ、姫は護衛をアーテナイの騎士団に頼まなければいけない位でから。どうも、長男と次男が邪魔をしているみたいですね」
最も、そのお陰で権蔵は姫と縁が生まれ、こうしてガイア中を駆け巡る羽目になっているのだが。
「あら、能力があれば継承権も女も関係ないんじゃないですか?」
権蔵から見ればメイトレオフロン姫と同じ位に怖い女性キルケは余程呆れたのか溜め息を一つ着いてみせる。
「姫に権限を与えたら、自分達がお払い箱になるのが分かっているんですよ。一度、イロアスで次男のイスヒシを見た事があるんですけど、今思うとあれは姫様に怯えていたんでしょうね」
権蔵はメイトレオフロン姫の冷えきった視線を思い出していた。
貴方の能力はその程度なんですよね、そう断定してくる目である。
(イスヒシはイロアスに逃げたは良いがあの目からは逃れられず、酒に溺れ妹と年が近い女を支配する事で安寧を得ようとしていたのかもな)
「それでお前はどうするんだ?アスブロの長男と次男を殺すのか?」
「暗殺は簡単ですが、それで手に入れた権力は民衆から支持されません。もしよろしければお二方に一筆書いて頂きたいんですが」
もし民衆が支持しても長男や次男の佞臣が、姫の足を引っ張るのが目に見えている。
「姫に権限を与えなければ罰を与えるって書けばよろしいのですか?」
そう言ってクスリと笑ったキルケの顔はなんとも妖艶で、朴念仁の権蔵でさえ思わず顔を赤らめてしまう。
「書いて欲しいのは”スパルータに不審の動きがある。防衛の体制を作れ”です。その役割は嫌でも姫に回って来るでしょうから」
アスブロの長男や次男は自分の役目を理由に逃げるだろうし、アーテナイの貴族は重責に耐えきれず役目を押し付け合うだろう。
「姫に重責を押し付けるさせる様に動かすのか…そんなにうまくいくかね?」
「それをやるのが俺の仕事ですから。向こうに戻れば人材発掘や同盟国を探しに動かされると思いますよ」
何しろ、権蔵は単独でどんな所にも易々と潜入が出来る。
そしてエルフの王族だけでなくヘパイストスやポセイドンの知遇を得ているとなれば使者にはうってつけだ。
「分かった。俺も姉上に声を掛けておく」
「ヘパイストス様、今度掛けるのは声だけにして下さいね。ゴンゾウさん、船旅はまだまだ時間があります。、ミータさんとゆっくりお話してきて下さい」
キルケの言葉を聞いた権蔵とヘパイストスは同時に苦笑いを浮かべた。
――――――――――――――――
どうにもやり辛い、それがミータのいる船室に入った権蔵の感想である。
何しろ、キルケとプリムラがニヤニヤしながら権蔵とミータを見ているのだ。
話をしろと言われた所で、権蔵が話を切り出せる訳もなくムスッと押し黙ってしまう。
部屋に入っても椅子に座るでもなく、黙って立っている権蔵にミータの方から声を掛けてきた。
「そんな風に立っておられては疲れませんか?それにお礼を言いたくても声が届きませんですし」
ミータはそう言うとフンワリと笑った。
ゆったりした春風を連想させるそんな笑顔である。
「別に疲れませんし、俺は耳が良いから大丈夫ですよ」
照れ臭いのか権蔵はぶっきらぼうな返し方になってしまう。
しかし、経験豊富な外野二人は色々と見透かしている様であった。
「ゴンちゃん、可愛いー。ミータちゃんに照れてぶっきらぼうな言い方をしてるー」
「ゴンゾウさんは聞こえても、そんな小さな声じゃミータさんには届きませんよ。私達の事は気にならさらずに座って下さい」
外野二人は船室の入り口で好き勝手に囃し立て始める。
権蔵は苦虫を噛み潰した様な顔をすると音をたてずに椅子に座った。
「まあ、ゴンゾウ様は本当に不思議な技術をお持ちなんですね」
ミータは口に手を当てて童女の様な仕草で驚いている。
権蔵が外野に疑惑の視線を投げかると、二人は目を逸らし不自然に口笛を鳴らし始めた。
溜め息を着きながら前を向き直した権蔵にミータがニッコリと微笑み掛ける。
妙に照れ臭くなり思わず俯く権蔵であった。
感想お待ちしています
しばらく権蔵を更新の中心にする予定です




