下忍が異世界で初めて拐かしたモノ
ボロニアス子爵の屋敷の天井裏で闇が蠢いた。
闇は音をたてずに天井裏を滑る様に移動していく。
そしてある場所に辿り着くと再び周囲の闇に溶け込んでいった。
音を立てず気配を消し、前からそこにあった置物の様に闇と同化していく。
(毎日、毎日よく飽きないもんだね。女との話がそんなに面白いもんかね)
権蔵はあれから拠点をスパルータに移し、昼はワインを売り夜はボロニアス子爵の屋敷に忍び込んで探りを入れていたのだ。
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次の日、権蔵は一軒の宿屋の前で悩んでいた。
(絶対に義姉さんに怒られるよな)
権蔵がいるのはノトスにある屋敷スタイヒの前。
何しろ五日振りの帰還なのである。
権蔵は遊ぶのに夢中になって門限を破ってしまった子供が家に入るのを躊躇う様に宿屋に入るのを躊躇っていた。
「ゴーンーちゃーん、なんで連絡を寄越さないの!!全く、この子は。帰って来たんなら早く入れば良いでしょ」
プリムラは腰に手を当てながら義弟をギロリと睨み付ける。
「義姉さん、耳を引っ張らなくても歩きますから」
さっきまで闇に溶け込んでいた下忍は白日の元、義姉のエルフに引き摺られる様にして宿屋に姿を消す。
「ゴンゾウ様、妹はエルバは元気にしていましたか?」
権蔵が部屋に入るなりクレオが勢いよく飛び込んで来た。
「無事は無事だけど、元気かどうかは微妙だよ。あそこにいた奴等は全員人形みたいに無表情で生気が感じられなかったな。獣人の娘達は豪華な部屋に住まわされて綺麗な服を着ているが、部屋から出る事を許されていないらしいぜ」
「なんで部屋から出ちゃいけないのかな?」
プリムラの質問に権蔵はどこかばつの悪そうな顔をしながら口を開く。
「ボロニアス子爵は昔猿人の女性に裏切られてから女性不振になったそうなんです。それを克服する為に獣人の奴隷を購ったらしいです。早い話が人を使ったお人形遊びをしてるんですよ」
「奴隷でも女の子は女の子なんじゃないの?」
「これは屋敷の人間が言ってたんですが”獣人は人間じゃないから、女だって意識をしなくて済む。むしろ子爵様の気持ち癒せて獣人の娘も光栄に思うだろう”だそうですよ」
権蔵としては噴飯ものの理論だが、自分の口から義姉の前で語るとなると妙な居心地の悪さを感じていた。
「うわっ、最悪。それじゃ、みんな弄ばれてるんじゃない?」
「それが部屋に入って好き勝手に自慢話をするだけなんですよ。相手の話を聞かずに一方的に捲し立てるだけなんです。それでいて”俺は獣人の奴隷でも対等に扱いたい。無理矢理に襲う事はしない”とほざくんです。奴隷の首輪を着けておいて対等もくそもないと思うんですがね」
権蔵はそう言って深い溜め息をつく。
「なんか自分の優しさに酔ってるって感じだね。それでこれからどうするの?」
「急がなきゃいけなくなったので直ぐに動きます。まず義姉さんは残って猫を見張っていて下さい。クレオは俺と一緒に来てスパルータの塀の前で待機。そうしたら俺が三人を連れてくる。そして後から姉さんを迎えに来ます。猫はここに置いていく。クレオ、文句はないな」
それはクレオが奴隷であった時にもくだした事がない厳命であった。
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権蔵達がノトスをたったのは夕暮れ時、馬車が夕陽に赤く染まっている。
「ゴンゾー様、まだワイン樽が残っているんですね」
クレオの言う通り、馬車の荷台には何個かのワイン樽と大きめの頭陀袋が置かれていた。
「それは空の樽と新しく買った赤ワインの樽だよ。ノトスで買ったつまみを着けたら飛ぶ様に売れたんだぜ」
「…ゴンゾー様、妹を助けてくれたら僕は一生お仕えします。無給でも構いません」
クレオはそう言うと上目遣いで権蔵をじっと見つめる。
「阿呆か、お前の妹を助けるのもヘパイストス様からの依頼なんだぞ。それに無給でどうやって妹を養うんだ?何より人に仕えられたら養う責任が出来ちまう。勘弁してくれ…クレオ、妹さんは目が覚めると混乱すると思う。説得を頼んだぞ」
早口で捲し立てる権蔵の顔は何故か馬車以上に赤くなっていた。
権蔵達がスパルータに着いたのは日がとっぷりと暮れた頃であった。
スパルータの門は閉じられており、明日の開門を待つ人々が所々で夜営をしている。
「クレオ、東側に森がある。そこで待っていてくれ」
忍び服に着替えた権蔵は頭陀袋を持つと、木に飛び移つりそのまま闇夜に消えていった。
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門番以外は寝静まったボロニアス子爵の屋敷に一人の侵入者が現れた。
侵入者は天井裏に忍びこむと、迷う事なく目的の場所へと移動していく。
獸人の部屋の上に辿り着くと、権蔵は寝静まっている娘の額に小石を落とした。
不思議に思った娘が起き出した瞬間に権蔵はふわりと床に着地する。
そして何の躊躇いも見せずに首に手刀を落として意識を刈り取る。
権蔵は頭陀袋から猿ぐつわと縄を取り出すと、瞬く間に獣人の娘を縛り上げた。
そして手早く奴隷の首輪を切り落とす。
それを都合三度行い、権蔵はパンパンに膨れた頭陀袋を担いで再び闇夜に消えて行った。
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権蔵達はそのままノトスに向かいプリムラと合流。
権蔵は娘達が目を覚まさない様にプリムラに眠りの魔法を深めに掛けてもらっている
「クレオ、御者を代わるから後ろで寝てろ。お前は素直すぎる」
そのまま夜中走り続けコリントスの町まで後少しとなった時、それは姿を現した。
「そこの馬車、荷台を改めさせてもらう。私の名はアレクレイス、いずれ神になる男だ。人の目は誤魔化せても神の目は誤魔化せぬぞ!!」
権蔵が頷くのを確認する前にアレクレイスは馬車の扉を開ける。
「樽とエルフ、見た事がない犬人が一匹だと?お前、ボロニアスの奴隷をどこに隠した?」
「ア、アレクレイス様。何を仰っているのですか?見ての通り、中にはワイン樽と私の仲間しかおりませぬ」
権蔵は屈めるだけ屈みなからアレクレイスに声を掛ける。
「樽だ!!樽の中に隠したんだな?その樽をだせ!!改めやるっ」
「お止めください、それは大切な商品です」
アレクレイスは権蔵の言葉を無視して樽を次々と改め始めた。
一個目の樽は空、二個目の樽も空。
苛立ったアレクレイスは残りの樽を次々に叩き壊し始める。
「神を謀りやがって。俺は神だぞ、神」
アレクレイスは殺気が宿った目で権蔵を睨み付けた。
「神、神、うるさいんだよ。お前は半神であってまだ認められてねえだろ?」
どこから現れたのかヘパイストスが気だるそうに声を掛けてきた。
「ヘパイストスだと?お前には関係ないだろ?」
「関係があるんだよ。馬車を見てみろ。俺がこいつらに用事を頼んだよ」
狂気をその目に宿すアレクレイスとは対照的にヘパイストスは落ち着きはらっている。
「何でお前が奴隷を」
「奴隷、それはどこにいるんだ?俺が頼んだのはポセイドンの叔父貴の娘の奪還さ…それともお前スパルータを滅ぼされたいのか?」
ポセイドンの娘、つまりは自分と同じ半神。
それを悟ったアレクレイスの顔が見る見るうちに青ざめていく。
「はいはい、坊やは早くお帰りなさい。それとも私の大切な友人を傷つけるつもり?」
「キ、キルケ?何でお前まで?」
背後から現れたキルケにアレクレイスは怯えを隠せないでいた。
「ヘパイストス様にキルケさんでしょ?身の程を知らない餓鬼が私の大切な友人を襲っているのが分かったから助けに来たのよ。分かったら早く帰んな」
流石のアレクレイスも不利を悟ったのか、権蔵を一瞥すると走り去って行った。
「それでゴンゾーさん、ポセイドンのおじ様の娘はどこに匿ったのかしら?」
キルケの言葉を聞いた権蔵はヘパイストスと目を合わせてニヤリと笑うと馬車の床板を軽く叩いた。
すると床板がくるりと回り、広い床下が現れる。
「忍び屋敷に回り扉ってのがありまして、それの応用ですよ。お嬢様方はぐっすりとお休み中です」
権蔵の言う通り、獣人の娘達は床下でぐっすりと眠っていた。




