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下忍が異世界で知ったある男

 昼の穏やかな陽射しが部屋を暖め、宿屋スタイヒにはゆったりとした時間が流れている。

 しかし、プリムラだけは違った。

 アレクレスの名前を聞いた途端、プリムラの顔が青ざめていった。


「名前だけは知ってるよ。十二神アーレス様と猿人族の女性の間にお生まれになった方で…前にエアリースに服を注文されたの。それを受けたのがキャナリーちゃんなの」

 プリムラは元気の有り余っている普段とは違い蚊の鳴くような声で答えた。

 エアリースのキャナリーは、女神アテナにより蜘蛛の魔者アルケニーに変えられたエルフの女性。 


「神と人のお子ですか。そんな方が何で酒場で噂になっているんですかね?」


「ゴンちゃん、お願いだからアレクレス様に関わらないで。ヘパイストス様やキルケ様の様に猿人に優しいご奇特な神様だけじゃないんだからね」

 プリムラの言葉は命令と言うよりも懇願に近かい。


「分かりました。肝に命じておきます」

 権蔵は義姉の膝から頭をもたげると、未だに顔が青ざめている義姉に約束をしてみせる。


「それなら安心。安心したら眠くなっちゃった…おやすみ」

 安堵の笑みを浮かべたかと思うと、プリムラはそのままベッドに倒れ込み寝息を立て始めた。

 そしてプリムラが深い眠りに落ちるのと同時に部屋に闇の気配が満ち始めた。

 やがて部屋その物が闇に支配されていく。

 まだ昼だと言うのに権蔵達の部屋は、あっという間に一寸先も見えない闇に包まれた。

 そして権蔵は全身を恐怖に支配される。

 濃密な闇の中に感じたのは既知の恐怖感。


「エレオス殿ですよね」

 背中に冷や汗を流しながら、権蔵は闇に声を掛ける。


「流石はゴンゾーさん。良くお分かりで」

 さっきまで何もなかった筈の闇に、真っ白な顔だけがはっきりと浮かんでいた。

 穏やかな表情を浮かべながらエレオスはニコリと微笑む。

 闇に包まれているとは言え、部屋は先程までの日差しで充分過ぎる程の暖かさがある。

 それでも権蔵は恐怖の余り、全身の震えを止めれずにただ打ち震えていた。


「また新しい依頼でしょうか?」

 権蔵は震える言葉をなんとか絞り出すのがやっとである。


「いえいえ、ゴンゾーさんはヘパイストス様の依頼を受けていますから、お願いは出来ませんよ。ゴンゾーさんの国で言うロウバ心と言った所です」


「老婆心ですか…アレクレスと言う方の事ですね」


「ええ、アレクレスはゴンゾーさんが忍び込むポロニス子爵を守護をしています。アレクレスはまだ神と認められていないのに、まるでスパルータの守護神の様に振る舞っているそうですよ」

 依頼の内容を知らない筈のエレオスが、逆に権蔵に情報を与えていく。

  

「忍び込むのを止めに来られたのですか?」


「まさか、さっき話した通り、ただのロウバ心ですよ。それに我が主もポセイドン様のお子様を救いだのすのには賛成されております」

 エレオスの主、それはガイアに権蔵を呼んだ存在である。


「アレクレスに気を付けろと言うご忠告ですね」


「ええ、あの方は父親のアーレスと一緒で粗暴で残忍な気性をされています」

 さっきまで微笑んでいたエレオスの顔には、ありありと嫌悪感が浮かんでいた。


「エレオス殿はアレクレスを嫌っているのですか?」


「元になった名前が私と主に因縁がある名前なんですよ…聞くだけで胸糞が悪くなります。あんな餓鬼にゴンゾーさんを殺されてはたまりません」

 聞く者が聞けば気絶しかねない事をエレオスは平然と言ってのける。


「私がアレクレスと戦えば殺されますか?」


「ええ、確実に殺されますよ」


「分かりました。争いになったら直ぐに逃げます」

 権蔵達忍びの本領は戦う事より逃げる時に発揮されるのだ。


「それを聞いて安心しました。それではまたいつかお会いしましょう」

 闇に白い牙が浮かび闇に溶けて消えた、それと同時に光が部屋に差し込んでくる。

 部屋には気持ち良さそうな寝息をたてて眠るエルフと気絶寸前の忍びだけが残されていた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 次の日、スパルータに一台の馬車が到着した。

 スパルータの警備は、ノトスよりも更に厳重で一台一台の馬車を調べている。


「次の者、名前とスパルータに来た用事を言えっ」

 門番をしている騎士が傲慢とも言える態度で御者をしている権蔵に声を掛けてきた。


「アスブロから来たゴンゾーと言う行商人でございます。スパルータにはワインを売りに来ました。連れにエルフ、犬人、猫人がおります」

 権蔵の話を聞いた騎士は馬車の中を改め始める。

 その顔には亜人に対する侮蔑の色がありありと浮かんでいた。


「亜人連れだと?臭くなるから町中では馬車から降ろすなよ。」

  

「分かりました。失礼致します」

 

「スパルータではヘパイストスの加護は通じないから覚えておけよ…次っ」

 スパルータの町に入ったと同時に権蔵の顔が、ほんの一瞬だけ歪んだ。


(こりゃ酷でえ。正しく物扱いだな)

 権蔵が目にしたのは鎖に繋がれ労働を強いられている何十人もの獣人。

 服は擦りきれてボロボロになっており、体には鞭で打たれてミミズ腫れになっている所が何ヵ所もある。

 権蔵はスパルータの町中で一体の石像目にして驚く。

 驚いたのは像の大きさもさる事ながら、それが既知の人物だったからである。

 

(随分とでかい石像が建っているな。あの像はヘパイストス様の所に行く時に会った男じゃないか?)

 その像は街道を塞ぎ、何人もの猿人を一瞬で切り捨てた金髪の男と似ていた。

 そして台座にはこう書かれていた ”偉大なる神アレクレス様”と。




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