下忍が異世界で初めて殺めたモノ
権蔵は馬車を見下ろせる枝に着くと、まず状況の確認を始めた。
賊と騎士の実力を見る為である、わざわざ見知らぬ他人の為に格上の相手と戦うのは愚でしかない。
賊は六人、前後から三人ずつで挟み込んでの襲撃。
一方、馬車を護衛しているの騎士も六人。
前方を守るのは銀色の鎧を着た騎と胸当てを着けた男が二人、後方を守るのは金色の鎧を着た騎士と胸当てを着けた男が二人。
(どっちも呆れるぐらいの素人だな。賊の連中は見張りをつけていねえし馬を殺していねえ。でも騎士側はもっと ひでえけどな)
前の騎士は大剣を後ろの騎士は槍を持っている。
”どちらも得物が長い為に木々が邪魔をしてうまく振れていない。
胸当てを着けた男達は装備に不安があるのか腰が引 けている。
一方、賊は手慣れている様で二人が短剣を持ち、一人が弓を持 ち騎士達を牽制していた。
(いくら装備が良くてもあれじゃ、錆びた短剣にも勝てね よな)
権蔵は呆れた様に溜め息を着くと懐から布を取り出した 。
次に腰に提げている竹筒の蓋を取り布を水で湿らせた。
(前の騎士の方がまだマシだな。それなら後ろから片づけるか)
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権蔵が音もなく地に降りたつ。
気配を殺している為か、馬車を守る騎士達どころか背後に立たれた賊ですら権蔵に気付いていない。
そしては権蔵は賊の口に塗れた布をあてがうと、ためらう事無く喉笛を掻き切った。
その表情には笑みも悔恨も憎しみも一切ない、料理人が野菜を切るかの様に権蔵の顔には一切の感情が見られなかった。
それを計三回、後方を守っていた騎士が気付いた時には三人の賊が地に横たわっていた。
――――――――――
権蔵は再び木の上に身を移すと、前方を襲っている山賊の背後に降り立った。
「新たな増援か!!せめて姫様だけはお守りせねば」
権蔵に気付いた銀色の鎧を着た騎士が叫ぶ。
その声で賊も振り向いた。
(ちっ、あまり人に見られたくなかったんだけどな。 命あっての物種だ)
次の瞬間には、権蔵が投げた棒手裏剣が山賊の額を貫いていた。
「何者かは知らぬが助太刀感謝する。私の名前はソフィア ・カノナス、近衛騎士だ」
「俺は雇い主に命令されただけですので」
権蔵はそう言いながら山賊の額に刺さった棒手裏剣を抜き 、まだ塗れている布で拭う。
(血はすぐに拭いておかねえと錆ちまうからな)
「雇い主?お前以外は誰もおらぬではないか」
「今、迎えに行ってきますよ」
権蔵はそう言い残すと、瞬く間に木を登っていった。
「ソフィア、あれ面白いわね。気に入ったわ」
ソフィアが唖然としていると、馬車の中から声が掛かった。
「姫様、あの者は冒険者ですぞ」
「だから何?面白いんだから仕方ないでしょ」
「そうですよ。姫様、冒険者は卑しい者しかいません」
ソフィアに同調したのは金色の鎧を着た騎士。
彼の名はアソス・エネギス。
アソスはソフィアのと同じ騎士団に属している。
しかしソフィアのアソスを見る目は冷ややかであった 。
「ソフィア、アソス、貴方達誰に向かって口を聞いてるか 分かっているのかしら?少なくとも貴方達よりあの男の方 が護衛として役に立つわよ」
ソフィアとアソスの今回の任務は馬車の護衛である。
そして馬車の姫が言う通り、権蔵が居なければそれは失敗に終わっていただろう。
―――――――――
権蔵は困り切っていた。
なにしろ
「ゴンゾーさんはいじめっ子です、意地悪です、愛想がないです、それに顔が怖いです。もっと笑ったり僕とお話を して下さい」
木の上に避難してもらっていたミナが権蔵の顔を見るなり泣きだしたのだ。
「ミナ殿、いい加減に泣き止んで下さい。それと俺をつねるのは良いですけれども落ちても知りませんよ」
器用と言うか何というかミナはおぶさりながらも、権蔵の体をつねっていた。
「ゴンゾーさんが僕をあんな高い木の上に置いてけ放りしたのが悪いんです。もの凄く怖かったんですよ」
「ミナ殿を賊に人質にされたら困るじゃないですか」
権蔵の今回の依頼はあくまでもミナを無事に神殿まで送り届ける事なのだから。
「うー、それで馬車の人達は無事だったんですか?」
「なんとか間に合いましたよ。でもあの騎士じゃまた危険な目にあいますね」
「その理屈を聞かせてもらってよろしいでしょうか」
木を降りたゴンゾーとミナの前に現れたのは真っ白な髪の少女。
(この威圧感ただ者じゃねえな)
その少女は美しさと高貴な威厳を兼ね備えていた。
「私の名前はメトレイオフロン・アスブロです。貴方達のお名前を教えて下さい」
「メトレイオフロン・アスブロ…白のポリスの王女様ですか?ご、ご無礼をお許し下さい。僕はミナス・フィラフィ ト神官です」
「俺は冒険者をしている権蔵と言う者です」
「ゴンゾですね。さっきは助かりました。それで何故また 私が危険な目にあうと言うのですか?」
メトレイオフロンは挑発するかの様に権蔵を見てくる。
「ゴンゾーさん王女様をお救いしたんですか?凄いです、きっとギルドから謝礼が出ますよ」
「ミナ殿、今回の事は内密にして下さいね。俺は騎士様に恨まれたくないので」
「ほへっ?何で助けたのにゴンゾーさんが恨まれるんです か?」
「ミナ殿、騎士にとって名誉は大切なんですよね」
騎士が王女を護衛している時に山賊に襲われた上に冒険者に助けられたとあっては恥辱以外のなんでもない。
それが広まったら大切な家名や名誉に傷がついてしまう。
「ゴンゾもそう判断したんですね。それで騎士が役立たずと判断した理由はなんですか?騎士達に聞かせてやって下さい」
「まず武器は二種類は持っているべきです、特に狭い道を通る時はあらかじめ短剣辺りに変える必要があります。そ れにあの重いだけの鎧もいけません、あんな派手な鎧は金を持っていると宣伝する様なものです。後は先に誰かを先行させて道中の安全を確認する必要があります」
「気に入りました。ゴンゾこれから私の依頼を受けてもら いますよ。それと私の事はメイとお呼び下さい」
これが切っ掛けで権蔵は白の王家アスブロの王女メイとの出会いであった。