下忍が異世界で初めてあった猫人
御者をしていた権蔵の鼻がピクリと動いた。
(血の臭い…気を付けた方が良いな)
権蔵は、懐に仕舞っておいた棒手裏剣を取り出すと手綱に重ね合わせて握る。
馬が歩みを進める度に血の臭いもまた濃くなっていった。
(風上から臭いがきてるな。それに気を回せない素人か…それとも人殺しがばれても平気な奴か)
権蔵は臭いの濃さに合わせる様にして、馬の歩みも遅らせていく。
「ゴンちゃん、お馬さんが遅くなったけど何かあったの?」
「風上から血の臭いがするんですよ。だから遅くしました」
「あのゴンゾー様、確実に血の臭いがする方向に近づいていますよね。今から引き返すって選択はないんでしょうか?少し戻れば違う道がありますよ。戻りましょうよー」
犬人クレオの鼻は血の臭いの他にも死臭や排泄物の臭いを嗅ぎとっており、必死に頼み込みだした。
「盗賊の類いだと背後を見せたら不味いだろ?むしろゆっくり進んだ方が安心なんだよ」
「いやいや、殺人現場に近づいて安心はないですって。まだ、人がいるみたいですし。犯人だと不味いですよ」
殺人現場が近づくにつれてクレオの焦りも増していく。
しかし、御者をしているクレオの元主は焦りも怖がりもせずに手綱を操っている。
「殺しに慣れた人間なら直ぐに現場から離れるし、殺しに慣れていない奴だと直後は気が高ぶり危険な思考になるんだよ。それでも風の一陣でも吹けば、途端に臆病になり逃げ出すけどな」
そう言って殺しの玄人は殺人現場にゆっくりと近づいていった。
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両脇を森に挟まれた暗く狭い一本道に着くと、権蔵達の馬車の前に一人の猿人の少年が立ちはだかった。
(きちんと手入れがされた鎧を着ている。盗賊や物取りの類いではないな。あれか、クレオの言っていたスパルータの戦士か)
少年の手には血塗られた剣を握られている。
(ふむ、殺しをしても怯えてはないが、剣に血を着けたままか…まだ素人だな)
「止まれ!!命が惜しければ荷と金を置いていけ」
「それは商人に酷な命令です、どうにか勘弁してもらえませんか」
権蔵は頭を下げながらも辺りの様子を伺う。
少年が命のやり取りに慣れていたら、権蔵の落ち着き様に不審を抱いていただろう。
「スパルータに入る手数料だ。置いていけ!!さまもなくば、こうなるぞ」
ドサリッと音がしたかと思うと、男性の遺体が投げ捨てられた。
続いて、首に剣を突き付けられた少女が姿を現す。
「リリサッ!?」
少女を見たクレオが悲痛な叫びをあげた。
「騒ぐな!!騒げば、この猫人の命はない…」
リリサと呼ばれた猫人の少女に剣を突きつけていた少年は、言葉半ばでドサリッと音をたてて倒れ込んだ。
その額には棒手裏剣が深々と突き刺さっていた。
「な、何をするんだ…」
森に三度、ドサリッと音をたてて人が倒れた。
先程まで権蔵を脅していた少年の首は真一文字に切り裂かれていた。
「阿呆が…命のやり取りの最中に喋り過ぎなんだよ。姉さん、俺はこいつらの死体を捨てて来ます。クレオと知人の事は頼みましたよ」
権蔵はそう言いながら、少年を抱き上げると森の奥へと消える。
その顔には興奮も後悔もなく、ただ淡々と後始末をしていた。
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程なくして戻って来た権蔵は、御者台に飛びるのと馬首を返して、今来た道を戻り始めた。
「ゴンちゃん、どこに行くの?」
「あの先に奴等の仲間がいるかもしれないでしょ?今、森を抜けたら疑われますからね」
少年達が塞いでいる筈の一本道から傷一つない馬車が現れた不自然に思われるし、少年達が見つかった場合も最初に森を通り抜けた者に疑いが掛かけられるだろう。
「疑われるって、思いっきりゴンちゃんが犯人でしょ。それで、あの子達は?」
「丁度いい蔓があったんで、木からぶら下げでおきました。傷をつけておいたから直に獣に喰われますよ。それよりクレオ達は大丈夫ですか?」
権蔵にしてみれば人殺しも、その後始末も手慣れた仕事である。
権蔵が後ろを確認すると、いつの間にか馬車の中には少年の遺体が積まれていた。
血が止まっていなかったら権蔵は死体を投げ捨てていただろう。
しかし、権蔵はそれよりも、暗く沈んでいる犬人の少女の方が気に掛かっていた。
「あまり大丈夫じゃないかな…殺された猫人の男の子はクレオちゃんの幼馴染みみたいだし」
「その辺は姉さんに頼みますよ。俺はそんな機微は分かりませんから」
もし、人の死を悼む気持ちが、あれば権蔵は当の昔に死んでいただろう。
「あ、あの兄の敵をとってくれてありがとうございます。あのままだと私の命も危なかったですし、このお礼は必ずいたしますから」
猫人の少女が耳をピクピクと動かしながら、頭を下げるも権蔵は見向きもしない。
「ク、クレオちゃん、私に何か失礼な事を言ったのかな?」
「あー、リリサちゃん大丈夫だよ。ゴンゾー様はちょっと…かなり変わっているだけだから。ゴンゾー様、リリサちゃんがお礼を言ってますが」
ある程度の付き合いがあるクレオには権蔵が怒っていない事ぐらい分かっていた。
「俺は彼奴等が邪魔だから殺しただけだ。第一、敵討ちなんて認めていたら俺は何百回も殺されているよ。それよりその死体はどうするつもりだ?早く決めないとワインに臭いが着くぞ」
権蔵は死んだ仲間を弔った事がないし、自分が死んでも弔われるとも思っていない。
「あの村までお願いします…お代は払えませんが、何でもしますから」
「あんたは何が出来るんだい?御者はクレオの仕事だし、飯は姉さんが作ってくれる。だから必要ない。姉さん、死体が臭わない様にうんと冷やして下さい」
権蔵にしてみれば死体よりも、生き証人であるリリサと早く別れたいのである。
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