下忍が異世界で初めて落ち着いた場所
夕暮れの街に鎚の音と鍛治職人の合いの手が小気味良く響く。
火山の麓にあるプロッテクはヘパイストスの神殿がある為か鍛治が盛んである。
鍛治職人に加え、武器を求める冒険者や商人も男が多く、必然的に男女比は男に大きく傾きプロッテクは鍛治の他にも男臭さと汗臭さでも有名な街になっていた。
(なんとなく落ち着く街だ…でもアミナやクレオにキツいから長逗留になるんなら近くの街に変えた方が良いかもな)
人生の大半を男に囲まれて育った権蔵にしてみれば香水の臭いより男臭い汗の臭いの方が、嗅ぎ慣れている。
しかし、クレオは猿人の数倍鼻が効く犬人だしアミナは男を忌み嫌うアマゾーンの生まれだ。
権蔵が女性に細かい配慮を出来る様にしたのは、知り合って半年もしない義姉エルフの賜物である。
権蔵は鎚の音と屋台で焼かれている肉の臭いを楽しみながら、義姉に教えられた宿に向かう。
ちなみに権蔵が屋台の臭いを楽しみながらも買い食いをしないのも、プリムラの教育の賜物と言えよう。
プロッテクの街には宿屋や下宿が多くあるが、プリムラ達が待っている宿屋は容易に見つける事が出来た。
(女が泊まれる宿屋が限られてるとは、まるで修験道のお山だな)
権蔵達が泊まる宿屋は、他の宿屋と違う区域に建てられていた。
赤い屋根と淡い黄色で塗られた壁が特徴で、柵や窓枠には細々とした装飾が成されいる。
どの宿屋も、庭には色とりどりな草花が植えられており、他の区域の宿屋とは趣を別にしていた。
「すいません、こちらにプリムラと言う女性が泊まっていると思うのですが、ゴンゾウが来たと伝えてもらえますか?」
宿の中にも花が飾られ甘い香りで満ちている。
(こんな所に泊まったら、身体に甘い臭いが着くじゃねえか)
もし、宿の人間がいなかったら、権蔵は遠慮なく鼻を摘まんでいただろう。
「貴方がゴンゾウ・サジタリウスさんですね。お話はお姉様から伺っております。今、お姉様に声を掛けて参りますので少しお待ち下さい」
(ゴンゾウ・サジタリウス?姉さんの仕業か…俺を違う宿に泊めさせないつもりだな)
事実、権蔵はプリムラと会ったら、何かしらの理由をつけて違う宿屋か木の上にでも過ごすつもりだった。
「ゴンちゃんお疲れ様。さっ、お部屋に行くよ。すいません、この子にお夕食をお願いします」
プリムラに案内された部屋も、そこかしこに花や草の模様があしらわれていた。
「なんですか?この部屋は?」
「お姉ちゃんから言わせたら、この町の方がなんですか?だよ。街にも女の人が少ないし女の人が泊まれる宿屋が決まった区域にしかないなんて差別だよ。何よりも臭い」
プリムラは頬をプッと膨らませて腰に手を当てて怒った素振りを見せる。
「そうですか?俺には落ち着く臭いなんですがね」
「前から思っていたけど、ゴンちゃんって男が好きなの?この町の人もそうなのかな?」
プリムラはそう言うと、わざとらしく、権蔵との距離を取った。
「俺は衆道の気はありません。それにプロッテクの鍛治職人には近くの町や村から通っている人も少なくいみたいですよ。近場の町に大きな娼館が何軒もあるらしいですし」
「何でそんな事をするのかな?」
「何でもプロッテクにいる時は鍛治にのみ集中する為だそうです。エルフと違って猿人は修行に費やされる時間が限られてますからね」
「そっか、それじゃ長くなるんなら近くの街に移った方が良いかもね。ヘパイストス様に直ぐに会える訳がないし」
しかし、プリムラの予想は次の日の早朝に外れる事になる。
早朝、宿屋にヘパイストスからの手紙が届いたのだ。
アミナは旅の疲れが溜まったのか起きて来ない事を、これ幸いと権蔵とプリムラ、クレオで話し合いを行う事にした。
「鏃とホリスモスの道具一式を持って神殿に来いですか。随分と簡単な内容ですね」
手紙には勿体ぶった挨拶等なく、書かれていたのは内容とヘパイストスの署名だけである。
「そりゃそうだよ。ヘパイストス様は神様だから偉ぶる必要なんてないもん」
「とりあえず誰が行きますか?」
ヘパイストスの手紙には物を持って来いとしか書かれておらず、誰と誰が来いとは書いていない。
「うーん、ゴンちゃんはヘパイストス様のご指名があるし、アミナちゃんはお願いする人だから行かなきゃ行けないでしょ。クレオちゃんはどうする?」
「じ、十二神様にお会いなんてしたら、畏れ多くて目も鼻も潰れちゃいますよー」
「クレオ、お前も来い。すいません、姉さんもお願いして良いですか?」
四人の中で、神殿での礼儀作法に通じているのはプリムラだけである。
「ご、権蔵様!!僕は一般市民生まれの元奴隷ですよー。許して下さいー」
「クレオ、お前親御さんや妹を助けたいんだろ?十二神様に会った経歴は強味になるんじゃねえか?」
「確かにそうですけどー、無理ですよー。ヘパイストス様ですよ、十二神様ですよ、ヘラ様のご子息ですよー」
クレオは涙目になり、尻尾は腹に着きそうな位に丸まっていた。
「姉さん、アミナを起こして来て下さい。クレオ、雇い主としての命令だ、行くぞ」
「普段は雇い主のやの字も出さない癖にー。ウーッ、ワォーン」
クレオの遠吠えが終わる頃には、アミナの身支度も終わっていた。
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権蔵達が神殿に着くと、居並ぶ信者達を通り越して、そのまま神殿に奥へと案内された。
(ここはなんだ?天井が三丈(九m)ありやがる。それに2丈(六m)近い扉だと?)
「ここから先は許可された者しか入れません。ここからはキュクロプロス様が案内されますので」
案内をしてくれた神官が扉に向かって恭しく一礼すると、扉の脇にある紐を引っ張っる。
少しの間を置き、扉が低く重い音をたてて、一つ目の巨人が姿を現した。
(二丈近い化け物…いや、神官はキュクロプロス様と言った。ヘパイストス様の使いと見るのが自然か)
権蔵は一つ目の巨人が声をあげる前に、床に膝をつけ頭を下げた。




