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下忍が異世界で会った深き因縁の相手

 権蔵がプリムラの膝から頭を上げようとした瞬間、馬車がゆっくりと止まった。

 

「ちょっと、すいません。クレオどうした?」


「ゴンゾウ様、あれを見て下さい」

 クレオの指差す先には広場があり、そこには数台の馬車が止まっていた。

 どの馬車にも御者が乗っておらず、馬車の周りでは人々が休憩をしている。

 中には休憩に飽きたのか欠伸をしている者までいた。


「誠に申し訳ありません。崖崩れでもあったのですか?」

 権蔵は頭を腰を低くしながら、人の良さそうな男に話し掛ける。


「それがですね、道の真ん中に座っている方がおりまして」

 男の言った方を、見ると馬車がギリギリ一台通れるかどうかの道の真ん中に一人の男がドカリと座っていた。

 その男は絵画から抜けて出て来た様な美麗な容姿をしており、長い金髪が陽の光を反射して煌めいていた。

 身に付けている鎧や剣には細かい細工が施されており遠目からでも高価な物だと分かる。

 ただ、つり上がった切れ長の目と薄く紅い唇が男にどこか酷薄な印象を持たされる。


(安くはねえ格好だな。良家のお坊っちゃまか?…ありゃ関わらねえ方が得策だ) 

 男は無邪気な笑み浮かべて、辺りを舞う蝶を目で追っていた。


(彼奴は馬鹿か?…いや、あれはヤバい)

 男を見る度に権蔵の忍びとしての勘が、早鐘を打ち鳴らす。


「クレオ、馬車を出来るだけ目立たない所に停めてくれ。停めたら中で休んでろ」


「分かりました、ゴンゾウ様はどうされるんですか?あの男の人の所に行くんじゃないですよね」

 クレオは派手な身形(みなり)の猿人には良い思い出がない。

 目が合っただけで殴られた事もあった。

 

「行かないよ。あの手の奴には関わらると碌な事がない。姉さん達に中で毛布でも被って休む様に伝えてくれ」

 権蔵はクレオが馬車に入ったのを確認すると、その場に座り込み体中の力を抜いた。

 脱力である、長時間同じ場所に潜む事が多い下忍には欠かせない技である。

 一見すると、だらけている様にも見えるが、何かあると直ぐに権蔵の体は反応を見せるだろう。

 権蔵は広場の誰かが痺れを切らして男に接触するのを待っていた。

  

「ゴンちゃん、一人だと退屈でしょ?お姉ちゃんが話し相手になってあげるよ」


「姉さん、馬車の中にいてと下さいって言ったじゃ…いや、お願いします」

 誰かと話をしている方が、一人でボッとしているよりも自然に見える。


「素直でよろしい…ゴンちゃん、あの方には近づかない方が良いよ」


「あの方ですか…姉さんは誰か分かるんですか?」

 エルフであるプリムラは相手の魔力や力を離れていても知る事が出来る。

 尋常ではない力を感じたプリムラは義弟の身を案じて馬車から出て来たのだ。


「どなたかまでは分からないけど、エルフや猿人じゃないのは確かだよ。ゴンちゃんこんなに暑いの喉が渇かないの?」


「これ位の暑さならまだ平気ですよ。それに水渇丸もまだありますし」


「スイカツガン?なにそれ?」


「携帯食ですよ。前は飢渇丸や水渇丸だけで何日も過ごしていましたね」

 権蔵にとって、プリムラの手料理や宿の飯を食べれる現状は天国にも思える。


「携帯食なのに喉の渇きが治るの?」


「梅干しを使っているから酸っぱくて唾液が出るんですよ。あー、梅干しって言っても分かりませんよね。一つ食べてみますか?」

 権蔵は(たもと)から麻で作られた巾着を取り出す。

 その中から黒い丸薬を取り出してプリムラに手渡した。


「へー、そんなに…すっぱーい!!うー、確かに唾は出るけど酸っぱすぎだよ。ゴンちゃん、こんなのを食べていたの?」


「はは、姉さん顔が梅干しば…飢渇丸や水渇丸を日に三粒しか食えない日も珍しくありませんでしたよ」

 危うく梅干し婆さんと言い掛けて、言葉を飲み込み安心した権蔵であったが彼は一つ大事な事を忘れていた。


「ゴンちゃん…今お姉ちゃんを梅干し婆さんって思ったよね。分かった、今日はお姉ちゃんがゴンちゃんにティロカフリテを作ってあげる」


「姉さん、ソウルサーチを使いましたね?…動く奴がいるみたいです」

 権蔵の目線の先では十人の男達が立ち上がっていた。

 権蔵は耳を澄まして男達の言葉に道を傾ける。

 

「荷物の関係で先を急ぐみたいですね。かなり苛立っています」


「この暑い中で、待っていたらイライラするのは当たり前だよ」

 その間に男達は例の金髪の男に詰め寄っていた。


「道の真ん中で座られたら邪魔で仕方ないんだよ。どいてくれないか?」


「お断りします。この状態でも馬に私の尊さが通じるかを試したいんだ。通じれば馬は私の前にひれ伏す筈ですので」

 道に座っている金髪の男には、人間の都合はどうでも良いらしく平然と良い放っている。


「それなら俺がどかしてやるよ。おい、尊い人をどかすぜ」


「人が私の体に許可なく触るだと…穢らわしい!!死んで償いなさい」

 座っていた金髪の男は立ち上がったかと思うと、躊躇(ためら)いもせずに剣を抜き放つ。


(なんだと…一振りで全員を真っ二つにしやがった)

 血煙を上がる中で妖艶に微笑む男を見て、権蔵は茹だるような暑さの中、寒気を抑えられずにいた。


「人にも分からないとは、これでは父上を失望させてしまう」

 死体になった男達に目もくれずに金髪の男は一人嘆き悲しんでいる。

 そして男は深い溜め息を着いたかと思うと、一瞬にしてその場から姿を消した。


「姉さん、あの方は一体?」

 未だに震えから歯の根が噛み合わない権蔵が絞り出す様にして姉に話し掛ける。


「お姉ちゃんに言えるのは関わっちゃ駄目しかないよ」


「分かりました。まだ寒気が収まりやせんよ」


「ゴンちゃん寒いならティロカフリテを食べなきゃね」

 そして権蔵の寒気は直ぐに収まる事になる。

 何しろティロカフリテはチーズに青唐辛子を混ぜ込む料理なのだから。


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