下忍が異世界で思い出した初体験
キルケが用意してくれた馬車は振動を殆ど感じさせず、この上なく快適であった。
馬車の中は向かい合わせで座る形になっており、十人は余裕で座れる広さがあった。
しかし、その快適さが逆に下忍の不安を煽る。
(どんな道を走っているのかが、全然分からねえな。それに、この小さい窓はなんだよ)
キルケの馬車は中を覗かさない為に、極端に窓を小さく作られていた。
権蔵は一瞬顔をしかめたが、直ぐに柔和な笑みを浮かべてアミナに話し掛けた。
「アミナ様、慣れない旅で何かお困りな事はございませんか?私も商人の端くれでございますから、何なりとお申し付け下さい」
権蔵がわざわざ向かいの席に座るアミナに声を掛けたのは、揺れない馬車に乗っているアミナの顔が真っ青だからである。
「いえ、大丈夫ですからお構い無く」
しかし、肝心のアミナは顔を伏せて権蔵と目すら合わせようとしない。
(嫌うのは勝手だけどよ、体調を崩して旅が長引かなきゃ良いんだけどな)
こうなってはお手上げなので、権蔵は隣に座るプリムラに視線を送り僅かに頭を下げた。
「アミナちゃん、少しお休みしようか?顔色が悪いよ」
「プリムラ様、大丈夫です。私は早くアルテミス様の鏃をヘパイストス様の所に届けなければならないんです。穢れになんか負けていられません」
アミナの悲壮な決意に権蔵は頭を抱えたくなった。
(男がいる世界が穢れだってんなら、さしずめ俺は穢れの元凶だな。籠で生まれた鳥は外の世界で生きていけねえって言うが人間も同じだな)
アミナの悲壮な決意は穢れの中で生き抜いてきた下忍には、どこか滑稽に映っていた。
「うーん、穢れってゴンちゃんの事?」
「そうではありません。私は男の方が苦手でして…決して権蔵様が怖い等とは」
(殆どそうですって、言ったようなもんじゃねえか)
「無理しなくても良いよ。ゴンちゃんみたいに顔が怖くてごつい猿人なんて滅多にいないんだし。でも性格は照れ屋さんで甘えん坊で可愛いんだよ。アミナちゃんを襲ったりしないから安心して大丈夫だよ」
プリムラは権蔵の忍び仲間が聞けば十人中十人が笑い転げそうな評価を話す。
当の権蔵はプリムラに頼るしかないし、若干思い当たる所があり顔を赤くしても黙るしかない。
「男は女を慰み物にして穢すだけの生き物と聞いております。信じられません」
(おいおい、尼さんみてえな考えだな。お種様が聞いたら何て言うんだろうね)
お種は権蔵の里にいたくの一で、昔は優れた容姿を誇っていたが、年を取ったので後進の指導に当たっていた。
指導は若い娘には男を堕とす技を、若い男には女を堕とす技を自らの体を使って教え込んでいる。
忍びと言えども男である、敵のくの一に誘惑されて寝返った話は決して少なくはない。
権蔵の里ではそれを防ぐ為に、お種の与える強烈な快楽に慣れさせたのだ。
しかし、権蔵が鍛えられたのはお種が老婆になってからであり嫌悪と快楽が入り交じる強烈な初体験は権蔵を女から遠ざける一因となったのだ。
「権蔵は色事の腕は良いが顔が悪い、何よりも変に情け深い所があって女を堕とすのを嫌う節がある。あの子は戦いに重きをおかせな。じゃなきゃ女に惚れて里を裏切る可能性があるよ」
それがお種婆さんの権蔵への評価であった。
権蔵は思わずお種の事を思いだして、さらに顔を赤くして無口になる。
権蔵をいじる事を楽しみにしているエルフがそれを見逃す訳がない。
「ゴンちゃんが女を穢す?今の話で顔を赤くしてる様な子なんだよ。ゴンちゃん、こっちにいらっしゃい」
プリムラは悪戯っぽい笑みを浮かべて自分の雪の様に白い太ももを叩く。
「姉さん、俺は眠くないんですけど」
「あれ?あれ、あれ、あれー?僕は自分の太ももを叩いただけで膝枕なんて一言も言ってないよ?もう、膝枕をして欲しいならそう言えば良いのに。はい、ゴンちゃんいらっしゃい」
そう言って権蔵を手招くプリムラであったが、権蔵としてはかなりの抵抗を感じる。
「ですから俺は眠くありません」
「ゴンちゃん、お顔が真っ赤だよ。旅の疲れでお熱がでたんじゃないのかな?良いから、いらっしゃい」
プリムラはその華奢な腕で権蔵の頭を優しく包み自分の頭に招く。
力をいれれば容易く抵抗できる権蔵であるが、不思議にそれに逆らえずに姉の膝に頭を乗せる。
ジワリと心地よい暖かみか権蔵に流れ込んできた。
それはお種から感じた不快な熱とは違い下忍を癒す不思議な暖かみである。
そんな権蔵を優しく見つめるプリムラの姿は姉弟の様であり親子の様でもあり 、そして恋人同士の様でもあった。
その頃、一人御者をするクオレの鼻は妙な臭いを嗅ぎとっていた。
(これは沢山の人と馬?事故でもあったのかな?)
それから少し進むと、広場があり何台もの馬車が停まっていた。
権蔵はこの後、自分がガイアに喚ばれた一因と会う事になる。




