表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/94

下忍が異世界で手に入れた花

 下忍は一人広い草原を歩いていた、足元には白や赤、黄色等の様々な草花が咲いている。

(これぐらい肥えてる土地なら物の成りも良いだろうな。土地を余らすなんて勿体ねえ、田畑を作りゃ良いじゃねえか)


 権蔵の生まれた地は、山間部で荒れ地も多く田畑を作れる場所が限られており、猫の額の様な小さな田畑も決して珍しくはなかった。

(草花が生い茂る土地を開墾しないなんて、お館様に報告しても信じてもらえねえだろうな。まっ、報告するにしても帰れねえし帰りたくもねがえな)

 ただ、米の飯だけは一度食べてみたかったと下忍は思う。


(…林の中に二人、丈の高い草むらの中にも一人いるな。見張りが出て来たって事はアマゾーンの集落は近けえな)

 巧みに姿は隠してはいるが、視線や気配は隠してはいないのは、恐らく警告の為だろう。


(持ってるのは弓か…短弓だから射程は長くはねえ。馬に乗ってんなら、怖えが距離をとればまだ大丈夫だ)

 辺りは、アマゾーンが隠れている林以外は遮蔽物は殆どない。

 権蔵は弓の射程から逃れる為、わざと斜めに進んだ。

 それは注意をして、見なければ何も感じさせない自然さである。 

(あのでかい木が境界線だろうな…おー、向こうから殺気が(イナゴ)みてえに飛んで来てら)

 何しろ、男嫌いの部族の元へ見たことがない男が近付いてくるのでアマゾーンの警戒心は何時もより強くなっていた。

 権蔵は境界線と思われる巨木の少し手前で立ち止まると、一度深く息を吸い込んだ。


「すみませぬが、アマゾーンの方はおられますか?私は旅の商人でございます。出来る事ならお目通りを願います」

 権蔵は年上の忍から教えられた、他の忍の里を訪ねる時の慣わしを思い出していた。

 最初に見張りが来て、次に何らかの警告がくる、境界線を越えれば容赦なく攻撃が飛んでくるから気を付けろと。

 権蔵の声に応じるかの様に、林の中から二人の女性が姿を現した。


「わざわざ大きな声を出さなくても、私達の事は既にお気付きでしょう。ここから先は男子禁制の地です、命を落としても文句は言えませんよ」

 権蔵に声を掛けてきたのは銀色の髪の結い上げた女性、アミナである。

 アミナは口許に優しい微笑みを湛えてるが、視線は権蔵への警戒を弛めていない。


「それは存じておりますが、命を賭しても商売に赴くのが商人でございます。本日は馬に乗りながらも使える篭をお持ちしました。よろしかったら手に取ってご覧いただけますか?」

 権蔵は篭をいくつか地面に置くと田植えをするかの様に屈んだまま後ろに数歩下がった。


「篭ですか…この紐を腰に結わえるのですね」


「はい、紐の色は様々取り揃えてございます。お客様には右端にある青い紐がお似合いかと思います」

 色を数色取り揃えたのはプリムラが”女の子は自分の好きな色があった方が喜ぶと思うよ”と言ったからである。 


「確かに興味はありますが、私達アマゾーンは滅多にお金を使いませんので」

アマゾーンは狩猟で暮らしを建てており、その獲物や領地で取れる薬草等を調味料や野菜の物々交換していた。


「手前はクリサンマムをもらってくる様に言われておりますので金は必要ありません。クリサンマムをお分け頂けたら助かります」


「クリサンマムですか…それなら足元に咲いていますよ」

 アミナの視線の先に黄色い雄しべに小く小さな花びらをつけた花が咲いている。

(この野菊みてな花がクリサンマムか))

 その花は草原では珍しくもないらしく、権蔵も何度か目にしていた。


「おお!!これがそうですか。よろしかったら私にクリサンマムを持ち帰る許可を頂けたら嬉しいのですが」


「そこはアマゾーンの土地ではありませんのでご自由にどうぞ。ただしクリサンマムは薬草ですが量をとれば毒になるのでご注意下さい」


「教えて頂けたお礼です、篭はお納め下さい」

 そう言うと、権蔵は背負い箱から苦無を取り出すとクリサンマムの周りにある地面を掘り始めた。


「商人さんはキルケ様の使いなんですよね。それならお願いがあるのですがヘパイストス様の所へ私を連れて行ってもらえませんか」

 アナミの話ではアミナの家に伝わる家宝の(やじり)が壊れたとの事。

 鏃を直せるのは鍛冶の神ヘパイストスだけのだがヘパイストスは大の女嫌いの上にアミナはアマゾーン領から出た事がなく一人旅には不安がある。


「鏃は狩猟の神様アルテミス様がアマゾーンに授けて下された家宝です。何よりもキルケ様の使いの男性なら間違いを起こさないでしょうし」 

 そう言うアミナを見て下忍は新たに降りかかった女難に溜め息が出る思いであった。


――――――――――――――――


 闇夜の中でキルケは妖艶に微笑む。


「男嫌いのアマゾーンを連れて女嫌いのヘパイストス様の元に行くなんて面白いですわね。きっとヘパイストス様もゴンゾウさんを気に入るでしょう。何しろお二方ともそっくりですから、女性が苦手な事も手が器用な事も…実の親に捨てられた事も同じなんですから」

 


ちなみにクリサンマムはカウカソス(コーカサス)で実際に咲く花です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ