表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/94

下忍が異世界で初めてした1人旅

 その日、まだ朝靄も晴れきらぬ早朝、カウカサス地方にある港に1人の男を乗せた小舟が着いた。

 男は商人風の身形をしているが、全身の筋肉が鍛えこまれており目には戦いに身を置く人間独特の鋭さと暗さが宿っている。

 しかし、港に降り立った瞬間に目からは鋭さが消え、口許が弛み愛想笑いまで浮かべ始めた。

権蔵である。

  権蔵はキルケの船で途中まで送ってもらった後、小舟を借りて1人港を目指したのである。

(ここがカウカサスか…こりゃ、また随分とでかい山が見えるな)

 港町から大分離れてはいるが、延々と連なる巨大な山脈が見えていた。

 権蔵が1人でカウカサスに来た訳は下手をしたらアマゾーンに命を狙われる可能性があるからだ。

 故に族長の娘である義姉と戦う術を持たないクレオはキルケの塔に残ってもらった。

自分1人なら例え部族単位で狙われても逃げ切れる自信がある。


(うまく篭に興味を持ってくれりゃ良いんだがな…しかし、姉さんの心配性にも困ったもんだ)

権蔵は愛用の背負い箱に大量の篭を紐でくくりつけていた。

 予定では背負い箱は置いてくるつもりだったのだが、プリムラから大量の薬を持たされたのだ。

 ちなみに権蔵はプリムラから何を食べ何時に寝たかをきちんと記録しておく様に命令されている。


(丁度良い、彼奴に頼んでみるか)


「誠に申し訳ありません。ちょっとばかしあっしの話を聞いてもらえませんかね?」

 そう言って権蔵は偶然、居合わせた漁師に少なくない金を握らせた。


「これはアイアイエ島のキルケ様からお借りした小舟なんですが、良かったら預かって貰えませんか?もし船に何かあったら笑えませんので」

 権蔵は高い背を、窮屈そうに屈めながら漁師の顔を上目使いで除きこむ。


「あんた、本当にキルケ様の知り合いかい?言っちゃ何だがキルケ様は美男子を好むんだろ」


「いやいや、これは手厳しい。キルケ様はアマゾーンにも用事があるらしく美男子じゃないあっしを逆にお選びになられたんですよ。その証拠に船にキルケ様の紋章が入っているでしょう」

 

「確かにこれはキルケ様の紋章だな…」


 この辺りの漁師や船乗りはキルケの大型船を何度も目にしているので紋章を見間違う事はなかった。

 何しろ、漁師や船乗りが初めて海に出る際は、キルケに目をつけられなぬ様に女の格好をさせる風習があるくらいなのだから。


「悪い話じゃないと思いますがね。小舟を預かるだけで金は手にはいるし、キルケ様の覚えも良くなる…ただし」

 権蔵はわざと間を置くと低く凄みのある声で、約束を破った日にはキルケ様はうんとお怒りになるでしょうねと、そう囁いた。

 顔を青くしながら頷く漁師を見て権蔵は更に話を続ける。


「ついでと言っちゃ何ですが、少しアマゾーンの事を教えてもらえませんかね?ほら、何しろあっしはこの面でしょう?キルケ様はあまりアマゾーンの事を教えてくれなかったんですよ」

 さっきとはうって変わって権蔵は人の良さそうな笑顔を浮かべて見せた。

 漁師の話によると、アマゾーンの集落は港町を浜辺づたいに5時間程行った所にあるらしい。

 らしいと言うのは、この町の男でアマゾーンの集落に行った者はいないそうなのだ。


「アマゾーンの連中は男を嫌っているんだよ。だからアマゾーンの集落に商いをしに行くのは女に限定しているのさ。まっ、男がアマゾーンにお目にかかる時はお呼ばれした時だけさね」

 それも集落ではなく、集落近くに建てられた小屋で逢瀬を重ねるらしい。


「それもらしいなんですか?」


「アマゾーンの女と契った事は内緒にするのが決まりなんだよ。噂じゃ顔も見えない暗闇で契るらしいぜ」

 漁師は好色そうな笑みを浮かべながら、そう教えてくれた。


「相手の顔が分からないんじゃ男の赤子が生まれた時に困るんじゃないですか?」


「それに関して面白い話があるんだが聞きたくはないかい?もう少し弾んでくれたら話してやるよ」

 再び金を渡すと、男は権蔵の耳元でこう囁いた。


「最近、アマゾーンでは男の赤子が産まれると奴隷商人に売り渡しているらしい。アマゾーンの血を引く赤子は良い戦士になるから安くない金で引き取られているそうだぜ」

 生臭すぎる話に人の良すぎる姉を連れて来ないで正解だった、と下忍はそう思った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 その頃、キルケの塔では妙に落ち着かないプリムラを見てキルケがアニュレに話し掛けていた。


「プリムラさんはゴンゾウさんが心配で仕方ないみたいですわね」


「ええ、プリムラは情の深い性格ですから。サジタリウスの族長の娘であるプリムラと対等に接してくれるゴンゾウ君が可愛くて仕方がないんでしょう」

 族長の娘であるプリムラは、同じ部族の者から常に一歩引かれた接し方をされていたのだ。


「確か、族長の子供は同じく12部族の子供の中から婚姻相手を見つけなければいけないんですよね。プリムラさんは大丈夫かしら?」


「それで12部族の結束を強めてきましたので…プリムラがゴンゾウ君のお嫁さん見つけるって張り切っているのは、その辺りも関係しているのかも知れませんね…寿命が違っても甥や姪なら可愛がれますし」


「プリムラさんにとってゴンゾウさんは可愛い弟であり、自由の象徴なのかも知れませんね」

 願わくば仲の良い姉弟いつか訪れる別れの時には、笑って別れて欲しいと2人は願った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ