下忍の本気の怒り
権蔵は何時もと違い地を這う様にして走っていた。
腹の傷に響く走り方だが足音などを拾うにはこの走り方が一番適している。
森の中で聞こえてくる物音は鳥の鳴き声や風で葉が揺れる音などある程度限定される、しかし権蔵は普段森では耳にしない音を拾っていた。
それは人が走ってる音。
(三里先に五人、一人は逃げてるみてだから間違いねえな)
権蔵は音のした方角を特定すると一気に樹上の人となった。
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アルエットの足は疲れからもつれ始めていた。
彼女の自慢の長い黒髪も汗で濡れて顔にまとわりついている。
「ほれ、逃げろ逃げろ!!エルフ狩りなんだからよ」
後ろから追いかけてくる猿人の男達はアルエットが怯えるのを楽しんでいるらしく付かず離れずの距離を保っていた。
「こいつはどんな泣きっ面を見せてくれるかな?銀髪のプリムラとか言うエルフはピーピーとよく泣いたよな」
「やれなかったのは残念だけどエルフを泣かすのは癖になるぜ」
彼等がある男の最大の禁忌を犯したとは知らずに下卑た笑みを浮かべていた。
(プリムラちゃんが!?留学しているって話は嘘なの?)
「キャー、痛いっ!!」
アルエットは木の根につまずいたらしく大きな音をたてて派手に転んだ。
「あーあ、追いかけっこが終わっちゃった」
「それなら次はどんな風に泣くか試してみるか?」
「処女だと高く売れるから手を出せないのが残念だよな」
欲にまれた顔でアルエットを見つめる猿人の男達。
その顔は加虐心から乱らに歪んでいる。
「来ないで、来ないでよー!!」
這いつくばりながらも懸命に逃げ惑うアルエット。
「この深い森で叫んでも誰も来ねえよ」
男がアルエットの叫びを嘲け笑った瞬間、黒い影が物音一つをたてずに男とアルエットの間に降り立った。
所々破れた濃い茶色の服に身を包んだ男は何も言わずに男を見ている。
その目からは怯えや怒り等のどんな感情も読み取れない。
「なんだお前は?1人で邪魔するつもりか?」
「その体はエルフじゃないんだろ?お前も仲間か?」
「それともエルフに惚れて格好をつけたいのか?」
人数を頼んでか降りてきた男を挑発する男達。
「あんたがアルエット殿か?プリムラ殿の頼みで迎えに来た」
降りてきた男、権蔵はそんな男達の言葉に耳を貸さずにアルエットに話し掛ける。
「そ、そうですが貴方は?」
アルエットにしてみれば突然現れた権蔵も恐怖の対象にしかならなかった。
「む、無視すんじゃねえよ!!」
「へっ、腹から血が出てんじゃねえよか。蹴りをくれてやらっ…ウギャー!!」
権蔵を蹴った男が叫び声をあげてうずくまる。
その足には棒手裏剣が深々と突き刺さっていた。
「どこの世界に攻撃する場所を先に言う奴がいるんだよ…安心しな、それにはトリカブトの毒をタップリ塗ってるからあまり苦しまずに直に死ねる」
「何もんだお前は?こっちはまだ3人いるんだぜ」
「さっきプリムラとか言ったな?仕返しでも頼まれたのか?あの泣き虫エルフからよ」
「ティグリの屋敷であいつを殴ったらよく泣いたぜ…ヒッ!!」
それは冒険者崩れの男達も今まで感じた事もない濃く濃密な殺気。
「そうか、お前達姉ちゃんを殴って泣かしたんだな…楽に死ねると思うなよ」
権蔵は人をいたぶりながら殺す趣味は持っていなかったが、彼にとって義姉は生まれて始めて安堵と安らぎをくれた大切な存在である。
先ず権蔵は1人の男の手首を切り落とした。
「知ってるか?手首を斬られたくらいじゃ人は直ぐに死なないんだぜ」
権蔵は次の男の背後に素早く回ると、その太い腕で首を締め上げ始める。
「人は首を絞められると小便も糞も垂れ流して、そりゃみっともねぇ死に方をするんだぜ」
その通りになった男を権蔵は無造作に投げ捨てた。
「た、助けてくれ。金ならやるよ」
「誰に頼まれた…いや、どんな奴が手引きをしたんだ?それとどうやってエルフの里に入った?」
あのザンナなら直接、顔を晒す馬鹿な真似はしない筈。
「ローブで顔を隠した奴に頼まれたんだ。エルフの里にはそいつの手引きで荷物に紛れて出入りしている。何時も紙で指示されているから声も知らねえんだ」
男はティグリに飼われていたが、ティグリ失職直後にその人物が接してきて何人かのエルフを拐かしたと言った。
「そうか、それでお前はこれからどうするんだ?この地にはお前の味方なんざいねえぞ」
エルフにしてみれば仲間の仇であり、黒幕からすれば邪魔者でしかない。
「へっ、お前を殺してそのエルフを捕まえれば金は独り占め出来るんだ。エルフから離れたのが運のつ…き…」
どさりと男が倒れこんだ、その額には棒手裏剣が深々と突き刺さっていた。
「アルエット殿、歩くのがきついなら負ぶりましょうか?」
「しかし、お腹の血が」
アルエットの言う通り権蔵の腹の傷からは血が滲み出てきており茶色い服を赤く染めていた。
「少し移動したら包帯を巻き直します。それに背中は汚れていませんから」
アルエットを背負ったまま道に出ると探索に来ていたエルフ達に会う事が出来た。
当然、
「ゴンちゃーん!!お姉ちゃんの言いたい事は分かるよね。傷がちゃんと治るまでベットから動くのは禁止します。クオレちゃんがゴンちゃんの匂いを見つけてくれたから良かったけど」
「ゴンゾウ様、元奴隷としては怪我は見過ごせません。プリムラ様と一緒に看病をしますので」
プリムラは権蔵の腕をしっかりと掴んでいたし、クオレの尻尾も怒りからか天を衝いている。
こうして下忍は生まれて始めて何もしないというか、何もさせてもらえない日々を過ごす事になった。




