下忍の見た夢
寝ている権蔵の異変に最初に気づいたのはプリムラだった。
普段ならちょっとした気配で起きる権蔵がピクリともしない。
近づいてみると顔色が悪く冷や汗を流している。
「ゴンちゃん?…酷い熱!!誰か来てっ!!」
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「アルケニーの毒に侵されています。しかし、アルケニーの毒に侵されて声をあげないどころか表情も変えないとは」
アルケニーの毒に侵されると苦痛で叫び声をあげるのが普通なんですがねと、エアリースの薬師がプリムラに伝えた。
「先生早くゴンちゃんにお薬を」
プリムラの目からは涙が止めどなく溢れている。
「残念ながらエアリースにはアルケニーの毒を消す薬はありません。幸い、族長が呼んだアクエリアスの薬師が明日には到着します。それまでは頭を冷やすぐらいしか出来ません…場合によっては覚悟をして下さい」
つまり、プリムラに今出来るのは額に濡れた布を乗せて権蔵を見守るしかなかった。
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権蔵は夢を見ていた、地獄の様な修練課さられた幼き日の夢を…
「あまいっ!!」
男の蹴りが幼い子供の腹に入り、蹴られた子供は毬の様に吹き飛ばされた。
「ふぇっ!!痛いよ」
幼い子が痛みのあまり泣こうとした瞬間、怒声がとぶ。
「権蔵泣くんじゃねえ!!泣けば敵に場所を知られちまうんだぞ。早く立って、走り込め!!」
男は幼い権蔵の襟首を掴んで持ち上げる。
「きちんと受け身をとれよ!!夕刻まで三里先にある胡桃を拾って帰って来い!!間に合わなければ今日の飯は抜きだ。早く行け」
次に権蔵が見た夢も幼い日の夢。
権蔵は自分より幼い子供を看病していた。
自分と同じく下忍の修練をさせられている権泥が酷い熱をだしていたのだ。
熱が出たからといって下忍に薬を飲ませてくれる訳がない。
熱がひけば地獄の修練、熱が治まらなければ死ぬ可能性が高い。
権泥は次の日帰らぬ人となり森に捨てられた。
(そう言えばあん時も雨が降ってたよな
)
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プリムラは甲斐甲斐しく権蔵の看病をしていた。
初めて権蔵に会った時は愛想のない猿人だと思った。
彼の背中に初めて乗った時は色々なしがらみから自由になれた気がしたのを覚えている。
一緒に暮らす様になり不器用な性格で照れ屋な事を知り、いつの間にか愛想の悪い猿人は可愛い義弟になっていた。
(ゴンちゃん早く元気になってよー。ゴンちゃんがいないとお姉ちゃんも寂しいんだから)
ポトリ、ポトリとプリムラから落ちた涙が権蔵の顔を濡らしていく。
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アクエリアスの族長の娘アニュレはアクエリアスの中でも稀代の薬師と言われていた。
(なんで私が猿人を救う為にエアリースまで来なきゃいけないのよ)
しかし、その気持ちも部屋のドアを開けた瞬間に霧散する。
同じ族長の娘であり友人であるプリムラが涙を流しながら懸命に看護をしていたのだ。
「プリムラ、患者はその男?」「アニュレちゃん!!ゴンちゃんがアルケニーの毒で死にそうなの!!」
アニュレの話が終わるか否やプリムラはアニュレの腕を掴んで権蔵の元に連れて行く。
「傷はどこなの?」
「背中とお腹と脇にもあるの。ゴンちゃん助かるよね」
(1ヶ所でも耐えられない痛みだと言うのに。それに体中傷だらけじゃない)
「まずは傷口をきちんと消毒してから薬を飲ませるわよ…プリムラあんたに傷薬を渡してあるのに使わないの?」
「あれはゴンちゃんがキャナリーちゃんに飲ませちゃったから…」
(エルフの魂を救う為に受けた傷か…プリムラの為にも助けてあげないとね)
アニュレの薬を飲んだ下忍が最初に見たのは嬉し涙で顔をグチャグチャにした義姉だった。




