下忍と異世界の怪異
エアリースのエルフキャナリーは嘆き悲しみ悲嘆に暮れていた。
つい何日か前ではエアリースの織姫と持て囃された自分が薄暗い森の中で1人仲間の襲撃に怯えている。
何よりも水面に写った自分の姿はもうエルフと呼べるものではなかった。
キャナリーの下半身は真っ黒な体毛で覆われた醜い蜘蛛と化している。
この間までは軽やかなステップを刻めたカモシカの様な足は今や動かす度にカサカサと嫌な音をたててしまう。
「何で?私は何もしてないのに!!誰か助けてよー」
彼女がいくら泣き喚こうが虚しく森に木霊するだけであった。
そしてキャナリーの怨み辛みが募り目には徐々に狂気の色が宿っていった。
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権蔵はエアリースの宿屋で忍び刀を手入れしていた。
他の忍び刀と違い厚重ねをした分厚い刀、反りがない所と大きめの鍔が忍び刀としての数少ない特徴を残している。
この刀はある武将が贔屓にしている鍛冶屋に内間として潜入した仲間が作ってくれた物である。
折れない、曲がらないと頑丈さを重視しており刀と言うよりも鉈に近かった。
それを権蔵は口を真一文字に結び黙々と手入れをしている。
ただでさえ無愛想で強面の権蔵が武器の手入れをしている為に宿屋のエルフどころかクレオさえ近づこうとしなかった。
唯一、彼の義姉を除いては
「ゴンちゃん大丈夫?嫌なら止めても良いんだよ」
プリムラは殆ど代わり映えしない権蔵の表情から悩みがあると読み取っていた。
「平気ですよ。ただエレオス殿が言っていた魂を開放すると言うのが気になってるんです。普通に倒すだけじゃ駄目な気がして」
最も人は死んだら腐って土に帰るとしか思っていない権蔵には全く見当がついていない。
「うーん、元に戻りたいってのが1番の願いだと思うんだけど1度魔者にされちゃうと、もう戻れないんだよね」
それは神に逆らった愚者に対する見せしめである。
「分かりました…それで蜘蛛になったのはどんな方なんですか?」
「キャナリー・ウォルヘ、エアリースの織姫って呼ばれていた子だよ。まだ50歳になったばかりなのに可愛そう」
(50歳になったばかりか…エルフに敦盛を聞かせてもピンとこねえだろうな)
権蔵は昔ある大名を探る為に下男として仕えていたのだが、その大名は幸若舞を特に敦盛を好んで踊っていた。
「それじゃ俺は着替えてからウォルヘ殿の所に行ってきます」
「ゴンちゃん、はい傷薬と痛み止めのお薬、それと血止めの包帯。後きちんとお水も持って生水は飲まない事。危なくなったら逃げるんだよ、分かった?お腹のお薬も必要かな?」
プリムラは次々に薬が入った木製の箱を苦笑いしている権蔵に手渡していく。
数分後、エアリースの宿から影が飛び出し森へと消えた。
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権蔵は森の中程まで辿り着くと急に速度を緩めて木々や草をを注意深く観察しながら移動していった。
蜘蛛の糸は細い為に肉眼では分かり辛いからである。
(あれだな…糸に貼り付いて風が吹いても草が動いてねえ)
木と木の間にある草が風が吹いてもざわめかずにピンッと立っていた。
辺りを見れば同じ様に草が動いていない場所が何ヵ所かあり、権蔵はそれにあわせてさらに森の奥へ奥へと移動して行く。
途中、木々の間には獣の物と思われる骨が点々と落ちていた。
そしてそれはいた。
それは糸でぐるぐる巻きにした猪に一心不乱に喰らいついている。
髪を振り乱し顔は血で真っ赤に染め上げらていた。
(まるで怪談で聞く鬼婆だな。そういや安達ヶ原の鬼婆も気を狂わせた婆さんが正体だったんだよな)
安達ヶ原の鬼婆、権蔵が生まれた場所からそう離れていない所に伝わっている怪談である。
昔、さる公卿の姫に仕えていた老女がいた。
老女は自分の娘と生き別れており姫を自分の娘の様に愛情をもって育てた。
その姫が重い病に掛かり、易者から病を治すには妊婦の生き肝が必要だと聞く。
そして老女は安達ヶ原で妊婦を殺し生き肝を手に入れる。
しかし、妊婦は老女の生き別れた娘で、それを知り狂った老女は安達ヶ原で旅人を襲う様になった。
(まさかこの世界で鬼婆と会うとはね…怪我をしたら、今度は姉さんが鬼婆になるんだろうな)
最も権蔵は涙目になりながら叱ってくれるプリムラに感謝しているのだが。




