下忍が最初に手に入れたモノ
金を受け取り辺りの気配を探る。
特に注目してくる奴がいないと言う事は20デリウスはギルドの報奨金としては飛び抜けての高額では無いのであろう。
そう言えば例の無愛想な受け付け嬢もすんなりと金を渡してくれた。
改めて辺りを見回し、お目当ての人物を探す。
その人物は依頼受け付けにいた。
「すいませんが、宿を紹介して欲しいのですが」
「ああん?ここは依頼受け付けだぞ?」
権蔵が話し掛けたのは筋肉質の大男、頬に切り傷があり、中々の迫力だ。
「分かっています、しかし今日この町に来たばかりで何も知らないんですよ」
あの無愛想な女に聞いても良かったのだが権蔵は昔から女が苦手であった。
何しろ仁王様ばりに迫力のある顔を持っている権蔵に好き好んで接してくる女なぞ居る訳もなく、権蔵自信も怖がられるのが分かっているので必要な時以外は女を避けていたのだ。
「なら初心者だな、だったらお前にぴったりの宿がある。飯付きで2千カルケスの安宿だ」
男に教えてもらった宿は町外れにあるうらぶれた宿屋、利用するのは初心者や怪我をして稼げない冒険者位だそうだ。
狭い部屋には小さく硬いベットしかなく、飯はパンとジャガイモが1つそれに薄めたスープのみ。
しかし権蔵は
(俺がこんな贅沢をして良いのか?まともな寝床やちゃんとした味のある飯なんて何時以来だろう)
感激に打ち震えていた。
何しろ外で泊まるのは屋外か天井裏や床下だったし、自分の小屋にあったのはボロボロのゴザが1枚のみ。
もし下忍の権蔵が布団に寝ようとしたら上忍から分不相応だと言われて処罰を受けたであろう。
飯に至っては干飯か自分で穫った獲物の味の薄い干し肉や干し魚、それらが権蔵の主な食い物であった。
冒険者が底辺宿屋と嫌っているこの宿屋も権蔵からして見れば極楽浄土に見えるのである。
何よりもこの世界には忍びがいない、つまり神経を尖らせずにぐっすりと眠る事が出来るのだ。
(稼いだ金は自由に使えるし好きな物も食えるし寝たい時に寝れる。人としての暮らしとはこんなにも良い物なのか)
下忍は使い捨ての道具であり、贅沢をさせれば命を惜しむからと家庭を持つのも布団に寝るのも好きな物を食らうのも制限されてきた。
権蔵はこの日久しぶりに明日が来るのが待ち遠しいと感じながら深い眠りへと落ちていった。
――――――――――
この夢の様な暮らしを手放したくはない。
朝日が上がる前に自然と目を覚ました権蔵の頭に浮かんだのはそれである。
この宿屋は十分に魅力的であるのだが、ある欠点があった。
部屋が狭すぎる為に権蔵の命とも言える忍び道具の手入れや制作が出来ないのである。
その為には家を借りる必要があった。
(俺がまともな家に住めるだと?これは夢じゃないんだろうか?)
その為には冒険者ギルドで借家の値段や必要となる金等の様々な情報を仕入れる必要がある。
権蔵は冒険者ギルドが開く時間が待ち遠しくて仕方なかった。
ギルドに着いた権蔵は依頼の掲示板を見ながら辺りの声に耳を澄ませた。
冒険者は活躍すると他の都市国家、ポリスにも名前が知れ渡るらしい。
冒険者にはその特徴を表すあだ名が付けられる。
高ランクの冒険者は、かなりの金を稼ぐらしい。
つまり大金を得ようとして活躍をすればする程、有名になってしまう。
それなら選ぶべき仕事は採集系か遠くの町への配達にすべきだろう。
間違っても討伐や護衛を受ける訳にはいかない。
権蔵は再び昨日宿を教えてくれた頬に傷がある男の側に行った。
「昨日はありがとうございます、お陰でぐっすりと眠れました。それでその家を借りる方法を教えて欲しいのですが」
そう言いながら権蔵は男に1デリウス硬貨を握らせる。
「お前、登録初日でニヒーガタを倒したそうだな。有能な人物はギルドとしては大歓迎だぜ」
男は下卑た笑みを浮かべる、デリウス硬貨は予想以上に男のを心を動かしたらしい。
「故郷では猟師でしたので何とか狩る事が出来ました。しかし狩りには色々と道具を使うので宿屋だと不便なんですよ」
「そうか、まあ1人暮らしだと家賃は月に3デリウスもあれば大丈夫だ。しかし家住みになったらポリスに年10デリウスを納めなきゃならねえぞ」
「それなら生活道具も準備するとなると3、40デリウスは必要になりますね。分かりました、また何かあったらお願いします」
今日はデルウザウラ(鎧トカゲ)を狩ってみるか。
同じ生き物ばかりを狩っていると恥ずかしいアダナを付けられる羽目になりそうだ。
デルウザウラかなり大きいトカゲらしい。
その一番の特徴は硬い鱗だとの事。
半端な剣や槍だと傷をつけれない鱗は鎧に使われるらしい。
デルウザウラに傷を付けずに狩るには、あれが良いだろう。
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デルウザウラが出没するのはアーテナイの南にある湖のほとり。
デルウザウラはそこで水を飲みに来た鹿や鳥を襲うらしい。
権蔵が湖畔に生えている木の上で待機していると、まず鹿の親子が現れる。
鹿の親子が湖の水を飲んでいるとそれは現れた。
(5尺(150㎝)近いトカゲがいるとはね。この世界は忍びがいないとは言え油断がならねえな)
デルウザウラはその巨体に似合わぬ素早い動きで鹿の親子に近づいていく、青黒く光る鱗が不気味さを、さらに増している。
鹿の親子が水飲みに、デルウザウラは鹿の親子に意識が向いている、それを確認した権蔵は音もなく木から降りたった。
手に持つのは鎖分銅、頭上で旋回させ勢いをつけながらその時を待つ。
デルウザウラが子鹿に襲いかかろうと体をもたげた瞬間、鎖分銅はまるで意志を持ったかの様にデルウザウラの首に巻き付いていく。
権蔵は暴れるデルウザウラには目もくれずに近くの枝に飛び乗ると、勢いを付けて着地しデルウザウラを吊り上げた。
正規の依頼ではないから公式には記録されないもののデルウザウラは権蔵に3デリウスをもたらした。