下忍と中忍と上忍
その朝、ポリス騎士団の騎士アソスは最高の目覚めを迎えていた。
昨日はあの醜い男を追い出した事もあり、田舎の宿屋でも思いの外ぐっすりと眠れたのだ。
そんな爽やかな朝を壊したのは扉を壊す様な激しいノック。
「誰か出て来れ。俺はもう少し寝る」
「アソス、良いご身分だな。昨日リリー様が賊に襲われたのに起きなかった男が二度寝とはな」
たっぷりと皮肉が効いた朝の挨拶をしてきたのは同じポリス騎士団の女性騎士ソフィア。
「ソフィアそれは本当か?それで賊はどうした?」
「私が始末したよ。賊は昨日お前が鼻の下を伸ばしていた娼婦だ。護衛役が気づかず高いびきとは姫様や団長が知ったらどう思うだろうな」
みるみる顔を青くするアソス一行。
護衛中に酒を飲んだ事がバレるだけでも不味いのに、襲撃に気づかず寝ていたとあっては良くて懲罰、悪るければ一般人に格下げされかねない。
「ソフィア、いやソフィア殿なんとか内密にしてもらえないだろうか」
「リリー様はアスブロとエルフの今後を考えて事を大きくしない事をお望みだ。ただしお前等は今後リリー様達や馬車から距離を置くのが条件だそうだ」
護衛役の騎士が護衛対象から離れて移動しては嘲笑の対象にしかならない。
「分かった。よろしく頼む」
ソフィアから向けらる侮蔑の視線にすら気づかずアソスはその場に膝から崩れ落ちた。
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当たり前と言えば当たり前であるが暗殺者達は身分を証明する様な物を何1つ身につけていなかった。
「ゴンちゃんは怖くないの?暗殺者さん達が復讐しに来るかもしれないんだよ」
暗殺者の一件を知って以来プリムラは権蔵の側を離れ様としない。
「大丈夫ですよ。騎士様とかなら復讐をしなきゃ沽券に関わるでしょうが裏家業の連中が復讐なんてしませんよ。次の戦いに戦力を増やして来るかも知れませんけどね」
1人が殺され残る3人は行方不明、それは標的に手練れの者がいる証でもある。
そんな相手に面子や誇りで復讐するのは悪戯に手駒を減らすだけだ。
「でもゴンちゃんも仲間が殺された怒ったでしょ?」
「この世界じゃ分かりませんが俺達下忍が死んで怒る奴はいませんでしたよ。何しろ明日は我が身なんですからね」
権蔵の考えでは仲間の死を無駄にしない為には死の原因を学び役立てるしかない。
「ゴンちゃんは直ぐにゲニン、ゲニンって。シノビとゲニンは何が違うの?」
「俺がいた所では忍びは上忍、中忍、下忍に分かれてるんですよ。上忍は郷士が殆どですね。郷士はこっちで言う地方領主か村長みたいな人です。上忍が依頼を受けて中忍を呼びつけて中忍が配下の下忍に命令を下す。そして俺達が仕事をこなすだけですよ」
「ゴンちゃんは中忍や上忍にはなれないの?」
「無理ですよ。中忍なれるのは上忍の身内が多いんですよ。たまに下忍から中忍なる奴も居ますが、殆どの下忍はその前に死んじまいますがね」
俺より腕のたつ奴が何人も死にましたよと権蔵は寂しげに呟いた。
「ゴンちゃんはこの世界で何になりたいの?このまま危ない仕事を続けるつもり」
「さてね、将来の事なんて考えた事もありませんから。普通の生活ってのを、こっちに来てから知りましたんで」
「お姉ちゃんにしてみればゴンちゃんに会ってから普通の日はなかったんだけどな」
プリムラとしては権蔵をサジタリウス部族に連れて帰りたいのだが、この特殊過ぎる義弟が他のエルフに心を開くとは思えない。
「飢えないで普通に寝れるだけでも俺は満足ですから。もし今死んだら先に逝った奴らに自慢出来ますよ。うまい物食って暖かい布団で寝て人間扱いをされたってね」
下忍は満足気にそう微笑んだ。
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次の日、珍しくプリムラは馬車に乗っていた。
リリーとスノウにせがまれたのだ。
「プリムラ様、ゴンゾウ殿にどんなお礼をしたら良いのでしょうか?リリー様を奴隷から解放されただけでなく命まで助けて頂いのにまともにお礼を言えていません」
「お礼を言おうとしてもゴンゾウさんは私達を避けてる様でして」
「うーん、避けてるのはリリーちゃん達だけじゃないんだよね。ゴンちゃんが普通にお話しする女の子は僕ぐらいじゃないかな」
プリムラが見る所、権蔵はメトレイオフロン姫主従とも仕事以外では接するのを好んでいない。
「プリムラ様、せめてお礼を伝えれる様に取り計らってもらえませんか」
「私からもお願いします。今までの非礼をお詫びせねばヴァルゴの名折れです」
リリー主従はプリムラの目を見つめて逸らそうとしない。
「分かったけどゴンちゃんにお礼する物は決めてるの?」
リリー主従がお礼にこだわるのはエルフの部族としての対面もある。
命の恩人に言葉だけで済ませたとあっては、配下のエルフや他部族への聞こえが悪過ぎる。
「それも含めてのご相談です。ゴンゾウさんは何を好むのかが分からなくて困っているのです」
何しろ権蔵は酒は飲まない、奴隷にした女は抱かない、着飾りもしない男である。
「ヴァルゴの女をあてがうと言うのはどうでしょうか?奴隷ではなく伴侶として」
「却下、大却下!!ゴンちゃんを好きでもない女との結婚なんて義姉として認めません。無理矢理あてがわれた娘なんてゴンちゃんは指1本触れないよ。物はヴァルゴのおじ様に決めてもらうとして、リリーちゃん達はありがとうだけで良いんだよ」
多分、ゴンちゃんはお顔を真っ赤にするよ。
そう言ってエルフの少女は優しく微笑んだ。




