下忍の異世界での初仕事
権蔵はエレオス殿に促されるままにギルドの中に入った。
ギルドの中では十人近い男達が仕事を探している。
(たいした奴はいない。この程度の奴しかいないのなら仕事は楽にこなせるな)
ギルドの中にいるのは体付きは屈強な男達、しかし忍者である権蔵から見たら隙だらけで取るに足らない者ばかりだ。
しかし
「エレオス殿、随分と強そうなお人ばかりですね。私なんかが出来る仕事はあるのでしょうか」
権蔵は仕事を無くして仕方なくギルドに来た気の弱い男を演じていた。
この手の連中は自分の弱さを隠す為に必要以上に攻撃的になるからだ。
余計な面倒事に巻き込まれて自分の手の内をさらけ出す愚はしたくない。
「ギルドには色々なお仕事があるから大丈夫ですよ。まずは登録をしますよ、こちらです」
エレオスが指さす先には20代前半くらいの女性がいた。
整った容姿であるが、赤い髪に吊り目で強気な感じがする。
「すいません、登録をお願いしたいのですが」
権蔵が軽く会釈すると女は一瞥もせずに紙を手渡して来た。
「それに必要な事を書いて下さい。書いたらもう一度カウンターに来て下さいね」
言葉遣いこそ丁寧ではあるが対応は不愛想である。
(書類に必要なのは名前と生まれた場所と保証人か。何かあった時の保険といった所か)
不思議な事に見たこともない文字であるが難なく読む事が出来た、これもエレオスの魔法なのだろうか。
「エレオス殿、生まれた場所はなんと書いたらよろしいでしょうか」
この国の人が日本を知っているとは思えない。
「それならアナトリ(東)の国で大丈夫ですよ。保証人には私の名前エレオス・スクリロスと書いて下さい。ゴンゾさんはここの国の文字も書ける筈ですよ」
エレオスに促されるままに必要事項を記入してカウンターに提出する。
「ゴンゾウさんですね。登録料をお願いします。…そうしましたら、こちらのクリスタルに触れて下さい」
権蔵が手をおくとクリスタルが淡く光った。
「これで登録が完了しました。依頼を受けた時や終えた時もクリスタルに情報を入れるので触れて下さい」
なんでもこれに仕事の成功率とかの色々な情報が記録されていくらしい。
退会したり重い犯罪を犯したら登録が抹消されるとの事。
俺はこっちでは実績がないから最下位委のデカトスクラスからになるらしい。
今受けれる仕事は近くの村まで子供を送る護衛、近くの草原から素材を取ってくる仕事、荷物の運搬とかだ。
まず護衛は外す、子供と言え戦い方を見られるのは避けたい。
荷物の運搬だと稼げる金額は少ないだろう。
「エレオス殿、素材はここに書いてある物以外を取ってきても買い取ってもらえるのでしょうか」
「大丈夫だそうですよ。この近くで高いのはニヒーガタ(鈎爪猫)の爪かデルウザウラ(鎧トカゲ)の鱗ですね」
「その2匹は見つけるのは簡単なのでしょうか?それと直ぐに分かる特徴はありますか?」
権蔵は食料を得る為に山に入って獲物を狩る事も少なくない。
だから獲物は狩るよりも見つける事の方が困難なのも分かっている。
「大丈夫ですよ。2種とも人を食料と見ていますから向こうから近づいてくるでしょう。見たら直ぐに分かる様にしてますし」
「それも魔法ですか?何やら恐ろしい物ですな」
とりあえず俺は森に生えている薬草採集の仕事を引き受ける事にした。
「権蔵さんは植物や魔物を見ると何が有用か分かると思いますから頑張って下さいね」
(とりあえず金は直ぐに返しとくか。宿代まで借りたら何をさせられるか分かったもんじゃない)
―――――――――
エレオスから教えられた森に向かう。
幸いな事に辺りに人の気配がないから走る速さを気にする事はない。
道すがらギルドから依頼を受けた白い花を摘み、ついでに手頃な石を懐にしまい込んでいく。
ニヒーガタと言う猫は森の中に住んでおり、自分の縄張りに入り込んで来た者を襲うらしい。
猫と言っても4尺(120㎝)近くあるとの事。
そんな奴を相手に正面から挑むのは愚でしかない。
権蔵は事前に懐に仕込んでおいた端切れを取り出すと枝にくくりつけた。
野生の生き物は視覚よりも嗅覚や物音を重視する。
近くに気配がないのを確認して背中から飴売り箱を降ろす。
箱は二重構造になっており、飴売り道具の下には忍び道具がかくしてあった。
忍び刀、忍び装束、半弓、鎖分銅、棒手裏剣、トリカブトの毒を入れた竹筒、焙烙玉等、様々な忍び道具がぎっしりと詰め込まれている。
半弓を取り出し、矢にトリカブトの毒を塗り込む。
(向こうは俺が森に入って来た事に既に感づいているだろうな)
そう考えながら権蔵は端切れを見下ろせる枝まで音もなく登った。
(あれが猫ね。どうやら向こうでの知識は意味がないらしい)
臭いにつられて現れたのは猫と言うよりも虎に近かった。
違いと言えば縞はなく無地の茶色、そして何よりも1尺(30㎝)近い鈎爪を持っている事。
あらかじめ手首に巻いておいた布の端をで石をくるみ勢い良く回すと目の下にいる巨大な猫に向かって放つ。
石は鈍い音をたててニヒーガタの体にめり込んでいく。
ニヒーガタが状況を把握しようとする前に次々に石を降り注いでいく。
動いている生き物を弓で射るのは非常に困難である。猟師でさえ獲物を射る時は勢子に追い出させるか、あらかじめ狙った場所に待機するのだから。そこで権蔵は投石を使いニヒーガタの動けなくしてから毒矢を射る事にした。
毒矢がニヒーガタの体に突き刺さり、体を完全に動かなくしてから、さらに四半刻(30分)程してから権蔵はニヒーガタの側に降りたった。
(牙だけでも済むかもしれないが実績もない異国人がいきなり大物を持って行っても怪しまれるだけだからな)
ありがたい事に薬草が2千カルケス銅貨に、ニヒガータに至っては剥製にできるとの事で20デリウス銀貨をもたれしてくれた。
宿屋が1泊5千カルケスだからエレオスに金を返しても十分な金額である。
しかし突き返す相手の姿はなくギルドには権蔵宛の伝言だけが残っていた。
「用事がある時にまた顔をだすので後は自由にして下さい」
それだけであった。




