下忍が渡った先は
権蔵は自分の周囲で起きた変化が信じられずにいた。
(エレオスは狐狸の類いで、俺は化かされているのか?)
ついさっきまで、エレオスの後ろに着いて見知った道を歩いていた筈なのに、強めの風が吹き目を一瞬だけつぶったら見知らぬ道にいたのだ。
梅雨の湿った空は明るく乾燥した青空に。
泥の様になっていた道は石畳に。
「エレオス殿、ここはどこなのですか?」
不思議な事にあれ程呼びにくかったえれおすの名前も自然に言えている。
「ここはアーテナイに続く道ですよ」
「宛無いとは変わった名前の村ですね」
権蔵は宛て無いは小さなさい村故にそんな不名誉な名前を付けられたのだと思った。
「アーテナイは女神から名前をとったポリス、都市国家ですよ。名目上ゴンゾさんは私の従者になってもらいます」
「それは構いませんが、俺は何をすればよろしいのでしょうか?」
確かに見知らぬ土地で何の繋がりを持たないよりもエレオスの従者となれば身分の証明が出来る。
「ゴンゾさんにはアーテナイや他の街で色々な仕事をしてもらいます。それとこの国には忍びはいませんので気をつけて下さいね」
「そもそもここはどこなんですか?海すら渡っていないと思うのですが」
「ここはガイアです。ゴンゾさんがいた国とは全く別の場所。分かりやすく言うとゴンゾさんは神隠しにあったと思って下さい」
神隠しにあった、つまり権蔵は全く知らない場所に連れて来たらたという事になる。
「言葉は分かるのですよね。私の服装は怪しまれませんか?」
権蔵は飴売りに扮していた、他国に潜入する時に良く使う格好である。
ただ背中には普通の飴売りが使う物より倍近い大きさの飴箱を背負っていた。
「大丈夫ですよ。ゴンゾさんには魔法を、貴方達が言う伴天連の妖術を掛けました。ゴンゾさんはもうこの国の言葉が話せますし、ある程度の常識なら分かる様になりました。それととゴンゾさんがよほどおかしな事をしない限りは不審に思われない様にしています。ここに来たのも魔術なんですよ」
つまりは犯罪を犯したり奇異な行動をしない限りは平気と言うのであろう。
「魔法ですか」
知らぬ言葉の筈なのに魔法と言う言葉を意識した途端に知識が頭に流れ込んでくる。
魔法とは神々や精霊、悪魔の力を借りる事で不可思議の現象を起こす技術。魔法を使う際にはエーテルが不可欠、エーテルは万物に宿っているが人の持つエーテルだけでは魔法を起こさないので他のエーテルと反応させて魔法を発動させるらしい。
エーテルは大別すると光・闇・火・水・風・地・木に分かれ、さらにそこから細かく分かれている。
日常生活に必要な物から戦いに使う物まで多様であり、日常に使える魔法ならばある程度の知識をとエーテルを集める事が出来れば使えるが、人に害をなせる物には制限が掛けれているらしい。
「私にも魔法が使えるのでしょうか?使えるとしたらどの程度の物を使えるのですか?」
もし人を害する事が出来る物を使えるなら隠しておいた方が得策だ。
「日常魔法なら使う魔法に適したエーテルを集める事が出来るなら使えると思います。攻撃魔法は力を貸してくれる精霊や神に会って気に入られれば使えるでしょう」
「魔法はどうやって使うのでしょうか?火を灯す魔法があるなら見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「まずに火のエーテルを集めた後に自分のエーテルと反応させます。"火のエーテルよ、我が指に集いて灯火となれ"」
エレオスが人差し指を立ててそう呟くと、指先にロウソク程度の大きさの火が灯る。
指先に集まっていったモヤがエーテルなのだろうか。
「そのモヤがエーテルですか?エーテルが薪で言葉が火打ち石、自分の中のエーテルが火付け金と思ってよろしいのでしょうか?」
多分、大切なのは言葉とエーテルと言う力を集める場所、逆に言えばそれを阻害する事によって魔法から逃れる機会を作る事が出来るであろう。
「魔法の火はどの位の時間灯している事が出来るのですか?」
灯り代わりに使っていて突然に消えでもしたら意味がない。
「それは体力と一緒で人によって違いますよ。体力がある人なら長い距離を走れるのと同じく長い時間使える人も短い時間しか使えない人もいます」
もし自分が魔法を使える様になっても過信は禁物、灯りではなく着火源として使うのが適切であろう。
「それではアーテナイに向かいますよ」
――――――――――
アーテナイは権蔵が今まで見てきたどんな街とも異なっていた。
建物は石で出て来ており道も石畳である。
何よりも行き交う人の多様性に驚かされた。
エレオスの様な金髪の者もいれば銀や赤、緑、白の髪を持つ者もいる。
それ以上に驚かされたのは長い耳を持つ者や獣の様な耳を持つ者までいた。
黒髪を持つ者は少ないも悪目立つする程の特徴ではなかった。
「ゴンゾさんには、これから冒険者ギルドに登録してもらい色々な仕事をこなしてもらいます。私も時々ゴンゾさんに依頼をしますので優先して受けて下さい」
冒険者ギルド、各ポリスで失せ物探しから素材探し、果ては魔物の討伐を請け合う場所。
登録して依頼をこなせば報酬が手に入る。
冒険者はその功績や実力により最上位プラロトスクラス(第1位)から最下位のデカトスクラス(第10位)に分類される、上位クラスに上がるには依頼をこなしてギルドの審判を仰ぐ必要がある。
登録には5千カルケス銅貨が必要との事。
大工が1日働いてえるのが1デリウス銀貨(1万カルケス)だと言う。
「早い話が今度はエレオス殿やギルドがお館様に代わると言う事ですか」
別に異存はない。所詮忍びは道具に過ぎないのだから。
そう、俺は餓鬼の頃から今まで人間扱いをされた事なぞ一度もなかったのだから。
「違いますよ。ゴンゾさんは自由です、ギルドはお金を得る為の手段に過ぎません。働くのも休むのも自由ですし、酒を飲むのも恋をするのも家庭を持つのも自由なんですよ」
「自由ですか」
権蔵は今日初めて戸惑った。
何しろ今まで自由にしてよい等と言われた事がなかったのだから。
見知らぬ場所や魔法と言う技術よりも自由の二文字が一番権蔵を戸惑わせた。