下忍が異世界で初めてみせた怒り
タキトゥスの森を抜けるのが大変なのは、光も届かない位に鬱蒼と生い茂った木々の所為である。
一応、道は作られているが信仰対象にもなっている巨木を避ける為に極度に曲がりくねっている。
だが、その木の上となれば話は別。
遮る物はないし、権蔵にしてみれば鬱蒼と生い茂った木々は、無数の足場へと早変わりする。
あくまで権蔵にしてみればなので
「くぉら、ゴン。もう少しゆっくり渡れないのか。…ちょっと待て、その枝は細過ぎだろ?…何でわざわざ遠い枝に跳ぶんだよ!!」
権蔵の背中に背負われているフィラにしてみれば恐怖でしかなかった。
「少し静かに出来ないのか?そんなに騒がれたら下の音が聞こえないだろ?」
「だったらもう少し俺を労れ。ゴンは俺みたいなか弱い乙女を苛めて楽しいのか?」
(か弱い女があんな蹴りを放つ訳ないだろが)
「一応女だと思っているから加減をして移動してんだぜ?第一、野郎がこんなに騒いでいたら、とっくの昔に気絶させてるつーの」
権蔵は呆れた口調で話しながらも、手足は忙しく動かしている。
「くわぁー、ゴンお前モテないだろ!!いやモテる訳がない」
「そりゃこの顔だから当たり前だろ?恐がられたり嫌われる事はあっても、モテる訳はねえだろ」
権蔵は、泣く子も黙ると言われた強面の持ち主である。
そんなこんなんで、タキトゥスの森は日暮れ前に抜ける事が出来た。
「普通はよ、宿屋に泊まって朝一で入ってようやくタキトゥスの森を抜けるんだぜ」
フィラの言う通りタキトゥスの森の両方の入り口には宿屋が作られている。
普通はどっちの入り口から入ってもタキトゥスの森を抜ける頃には、もう一方の宿屋に泊まる時間となってしまう。
「安心しろ。明日からは普通に歩く」
「へー、流石のゴンも疲れたのか?」
「しばらくは見晴らしが良い場所が続くだろ。俺は目立つのが嫌なんだよ」
ただでさえ権蔵は人相が悪くて目立ってしまうのだから。
――――――――――
数日後、権蔵達はアスブロまで、後少しと言う所にいた。
「フィラ、アスブロってのはどんな町なんだ?」
「アスブロは白って意味だ。ほら、王女様の髪も純白だろ。アスブロ王家の方々は髪も肌も透き通る様な白なんだぜ」
(あの腹黒な王女様の姓が白とはね。随分と皮肉なもんだ)
「アスブロは古い町なのか?」
「アスブロは出来て200年近いんだ。アスブロ王家がアーテナイの王家から分家したのが始まりなんだぜ」
フィラはアスブロの事をまるで自分の事の様に嬉しそうに語っている。
「アスブロには強い奴は大勢いるのか?」
「ああ、沢山いるぜ。中でも近衛騎士の疾風のスティグミ様、宮廷魔術師の漆黒のファニ様、長男グノスィ様に仕えている氷雷の拳士キロイス様、次男イスヒス様に仕えている炎獄の槍使いルーカス様、そしてティグリに仕えている破剣のタナトスが別格だな」
(おいおい、講談士の話じゃあるまいし、よくそんな恥ずかしい名前に耐えられるもんだな)
「そいつらはアスブロの町に行けば会えるのか?」
「いや、みんな城仕えだから町じゃ会わないよ。やっぱりゴンも強い奴に興味があるのか!!」
「興味はあるさ。出来るだけそんな物騒な奴らとは関わりたくないからな。出来る事なら顔を会わせずに避けたいんだよ」
「なんだよ、つまらねえな。ゴンなら誰とでも戦えると思うぜ?」
「あのな人はいくら強い奴でも毒には勝てねえし、ガキにでも短刀で刺されたら死ぬんだぜ。戦わないのが一番、どうしてもさっきの奴らと戦わなくちゃいけねえなら罠を張ったり寝込みを襲うさ」
そんな話をしながら道を進んで行くと開けた場所に出た。
「フィラ、一休みをとるか」
そこは広場になっている様で他の旅人も休憩をとっている。
「ありがてえ、朝から歩き通しで疲れたんだ。…ゴン、あそこにいる連中には関わるなよ」
フィラの指差す先には8人の男達がだらしなく地面に座っていた。
1人はいかにも高そうな服を着ているが弛んだ頬や目尻が人格の卑しさを表している。
他の連中は薄汚れた鎧を着て髪はボサボサ、ヒゲも延び放題である。
「なんだ?彼奴らは?」
「奴隷商人と護衛だよ。あんな奴らは関わるだけ損をする」
(馬車の後ろに格子がはめてあるのは中の人間を逃がさない為か。…どこの世界でも弱い立場の人間は人扱いをされないんだな)
「随分と堂々と動いてるんだな。戦でもあったのか?」
権蔵も戦の後に、名高い武将達が敵国の女を拐かしている場面を何度も見ていた。
「戦はなくても金がなきゃ子供が売られたりするのさ。王女様は奴隷制を廃止にしたいらしいが彼奴らは金や女で貴族の歓心を買っているから難しいんだよ。ティグリもお抱えの奴隷商人を持っているんだぜ」
フィラは苦々しい顔で奴隷商人達を見ている。
(貴族様が背後にいるから威張っていやがるのか。下手に奴隷を逃がしでもしたら金を要求してくるだろうな)
そんな時、追いかけっこでもしていたのか、1人の子供が奴隷商の護衛にぶつかってしまった。
「痛てぇ!!腕が痛てよー」
広場に棒読みの大声が響く。
「これは酷い。腕の骨が折れてるかも知れません。私の可愛い部下になんて事をしてくれたんです」
(ガキがした事でぐらい笑って許せよな)
ぶつかった子供は泣いて謝っているも、奴隷商人と護衛の男達は暇潰しのつもりなのか中々許していない。
慌てた駆け寄った来た両親と姉も謝るもあれこれと言いがかりをつけていく。
(母親も女の子も服はみすぼらしいがも器量は良いな。まさか、あの屑共)
「そうですね。子の不始末は親の責任。治療費として100デリウス銀貨を払ってもらいましょう。払えないなら分かりますよね。あっ、城に訴えても無駄ですよ。何しろ私はティグリ子爵の御用奴隷商人なんですから」
親子の服装からして、100デリウスどころか10デリウスを払うのも難しいんであろう。
「ゴン、止めるなよ。俺は彼奴らを叩きのめして来る」
怒りを微塵も隠さないフィラ。
「フィラ、お前はアスブロに行って姫にこの事を伝えて来い。あの手の屑は俺の方が手慣れている」
権蔵自身も過去の経験から人買い商人を忌み嫌っていたのだ。
ニヤリとと壮絶な笑みを浮かべて権蔵は奴隷商人達に近づいていった。




