下忍が異世界で初めて目指した場所
「それで俺は誰の何を調べれば良いんですか?」
忍びは情報を大切にする。
中でも権蔵は、上役にしつこいと言われる程に下調べを重要視していた。
「調べる相手はティグリ子爵。ティグリは元は騎士の出なんだけれども20年前にあった戦で活躍して貴族に取り立てられた男よ。どうもこの馬鹿は領民の扱いが最悪らしくてね。領地はある程度の自治権が認められているから疑いだけじゃ手を出せないのよ」
(スラスラと出てくるって事は余程頭が良いか、この質問を予想していたかのどちらかだな)
「確証を得れば良いんですね。それでティグリとはどんな男なんですか?」
「年は44才、騎士の一族の次男よ。一族のはみ出し者だったみたいけれども戦いの才だけはある男ね。本当の名前はリディアだった筈よ」
何を思い出したのかメイは侮蔑の表情を浮かべた。
「ティグリは本名ではないんですか?」
「リディアは普通女性に付けられる名前。ちなみにティグリは虎を表す言葉なのよ」
(しかし自分で虎を自称するかね。虚仮威し『こけおどし』なのか見栄っ張りなのか。どっちにしろ自尊心が強いんだろうな)
「それでティグリはどんな顔の男なんですか?今はどこにいるのでしょうか?」
「ティグリは私を警戒をしてるみたいで領地から中々出て来ないのよ。ゴンゾーはフィラを背負ってティグリの領地に侵入する自信はある?」
「準備をさせてもらえれば大丈夫です。それとフィラがそのヒラヒラした格好を止めてもらえれば大丈夫ですよ」
いくらがエレオスが魔法を掛けてくれたとはいえ、侍女をおぶった強面の男が目立たない訳がない。
「オッケー、ゴンじゃアーテナイの入り口で待ち合わせで良いか?時間は明日の朝9の鐘の時間な」
ポリスでは朝から明けの5、7、9昼は12、1、3、暮れの5、7と鐘をならしている。農家なら明けの5には動き出すし、店やギルドは9から働きだすし、暮れの7には農家は床につくと鐘は人々の生活に密着していた。
「承知しました。それでアスブロまでは何日掛かりますか?」
「馬車で3日、徒歩なら10日は掛かるわよ。ゴンゾーなら何日で来てくれるのかしらね」
「その距離だと普通の道を通るならば5日ですね。後は実際に動いてみなければ分かりません」
後はどれだけ道なき道を行く事で時間を短縮できるかどうかだ。
――――――――――
権蔵はアーテナイに着くと厚手の布を購入して裁縫を始めた。
作るのは大人用のおんぶ紐、フィラならミナと違いある程度の速さや高さに配慮をする必要がないだろうから権蔵は思いっ切り飛ばして行くつもりであった。
後はフィラを落とさない為におんぶ紐で自分に括りつけておけば心配はない。
今回持って行く忍具は忍び刀と苦内、棒手裏剣、鎖分銅だ。
忍び刀は腰に差し棒手裏剣は懐に、鎖分銅と苦内は前に買った皮袋に入れる。
――――――――――
翌朝、権蔵が町の入り口で待っていると
「ゴン待たせたな。さてとそれじゃ行くか。アスブロはアーテナイから西に向かった所にある。途中に深い森や崖があるからそこで時間を食うかもな」
権蔵に声を掛けてきたのは薄手で動きやすそうな皮の服とショートパンツを着たフィラであった。
確かにフィラの指差す先には鬱蒼とした森が見えている。
「確かに森があるな。フィラは何も見ないで方角がわかるか?」
「ここからタキトゥスの森が見えるのかよ?あそこまで歩いて2日はかかるんだぞ。方角は俺の魔法があればバッチリさ。俺の得意属性は風と地だからな」
(地の魔法と風の魔法か。フィラの体に合わない力と速さはそれも関係しているのかもな)
「タキトゥスの森?どんな意味なんだ?」
「ああ、タキトゥスは寡黙って意味だ。あまりに深い森だから疲れや恐れから口を閉ざしちまうんだよ」
「それなら早く抜けた方が良いな。フィラは速さや高さは平気か?前にミナ殿をおぶって走ったら大泣きされたんだよ」
そう言いながら権蔵はおんぶ紐をフィラに手渡す。
「俺をツルペタ神官なんかと一緒にすんなよ。だからこんな紐はいらねえぜ。まっゴンが俺の体と密着したいって頼むんなら別だけどな」
そしてフィラもまた直ぐに、この言葉を後悔する事になった。
「さて、それじゃ一直線にタキトゥスの森を目指すぜ」
「こ、こらゴンもう少しゆっくり走れ!!ちょっと待て、そっちは崖…ギャーッ!!」
フィラの言葉を素直に受け取った権蔵はミナをおぶった時よりも早く走り崖を飛び降りる等して文字通りタキトゥスの森を目指して一直線に走り続けた。
3m近い崖を飛び降りたかと思うと、5mはある木々を次々に飛び移る。
背中から聞こえる叫び声に耳を貸してしまうと、背中に当たっているフィラの胸も意識してしまうので権蔵は敢えて黙殺していた。
ちなみにミナの時はミナが厚手のローブを着ていた事とミナの控えめな胸のお陰で意識をせずに済んだのである。
――――――――――
休むことなく走り続ける事半日、権蔵とフィラの姿はタキトゥスの森の前にあった。
不思議な事に走って来た権蔵よりも背負われていたフィラの方が息も絶え絶えになっている。
「ゴン、覚えてろよ。乙女の悲痛な叫びを無視しやがって」
恐怖と泣き叫んだ疲れからフィラは権蔵の背中でぐったりとしていた。
「誰が乙女だ。乙女扱いをして欲しいならもう少し慎みを持てよ。ったく人の頭を好き放題叩いた癖に」
「うるさい!!誰もあんな速さで走るなんて想像が出来る分けないだろ。しかもまともな道は殆ど走ってないじゃねえか」
「お陰でお天道様が真上にいるうちにタキトゥスの森に着いたろ」
「こんは早く着いてどうするつもりだ?…おい、ゴンまさか…」
フィラの目に映るのは10mは軽く越しているタキトゥスの森の木々。
「おっ!!察しが良いな。今日中にタキトゥスの森を抜けるからな」
「ゴンの馬鹿野郎ー!!」
その日タキトゥスの森にはフィラの悲痛な叫び声が文字通り木霊『こだま』したのであった。




