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下忍が消えた日

永禄3年5月27日

(西暦1560年6月20日日)


 朝から降り続いた雨は街道をぬかるみに変えて馬が歩を進める度に泥を跳ね上げていた。

馬に乗っている若武者は、まだ幼さが残る顔に泥が着いても拭いもせずに一心不乱に馬をとばしている。

早く、できるだけ早くこの伝令を殿様に届けねば、若武者の頭の中にあるのはそれのみであった。

書状の中身は隣国が我が国との同盟を破り攻め込む準備を行っている事を伝える物。

ふと前を見ると前方から音も立てずに近づいてくる物が見える。


(あれは人か?音もしないし、何で服が泥で汚れていないんだ?


若武者の意識はそこで途切れ二度と目覚める事はなかった。それは泥中に顔を半分程沈めた若武者に近づくと表情を変えずに若武者の懐を探り目当ての物を見つけると表情を変えぬまま闇に消えて行く。


それが次に姿を現したのは山中にある古びた小屋であった。

小屋の中には先客がいたが挨拶もせずに囲炉裏の前に座り込む。


「喜平これが例の書状だ。早く届けろ」


「ありゃま!権蔵の旦那、泥だらけじゃないですか?走りの腕が落ちたんじゃないですか?」


それの名前は権蔵と言う男である。

権蔵は薄ら笑いを浮かべている喜平に溜め息がでる思いであった。


「喜平、そんな事だから何時まで経ってもお館様はお前に繋ぎの仕事以外は任せないんだよ。いいか、この土砂降りの雨の中で服に泥が付いておらねば怪しまれるだろうが。尾張の織田が今川を倒したんだ、忍び仕事は嫌でも増えていくんだぞ」


無論、手練れの忍びである権蔵にしてみれば泥を跳ね上げずに走るのは容易い事である。


「ああ、お館様と言えば権蔵の旦那に頼みたい事があるそうですよ。何でも離れにいる客人の事だそうです」


「伴天連の客人か」


下忍である権蔵達を取りまとめている上忍のお館様の屋敷には数週間前から伴天連の者が客人として逗留していた。

本来なら忍びを取りまとめる上忍の屋敷に部外者を泊める等あってはならぬ事なのだがお館様は伴天連を下にもおかぬ態度でもてなしている。それは権蔵がお館様は伴天連の術に掛けられているのではと疑う程であった。


「権蔵です、今着きました」


次の朝、権蔵はお館様の屋敷の縁側に膝を着いて待っていた。

下忍である権蔵はお館様の屋敷にあがる資格はない、何しろ地獄に行けと言われても嫌とは言えない立場である。


「権蔵か、お前は明日からえれおす殿に付き従え」


「分かりましたが、えれおす殿とはどなたでございましょうか」


恐らく名前からしてお館様の屋敷に逗留している伴天連の事であろう。


「あなたがゴンゾさんですね。ゴンゾさんには私の国へ来てもらいます」

伴天連の国と言えば話にしか聞いた事のない遠い異国である。


「私は異国の言葉も風土も知りませぬが」


忍びの仕事で一番の禁忌は怪しまれる事、何も知らぬ異国の地で忍び仕事はできる訳がない。


「大丈夫です。ゴンゾさん詳しい話をしたいのでアナタの屋敷に行ってもよろしいでしょうか?」


屋敷と言われても権蔵が普段寝起きしているのは掘っ建て小屋と呼ぶのもはばかれる様な粗末な物であり、とてもお館様の客人を招いて良いような物ではなかった。


「しかし私の小屋は粗末ですから」


「私は気にしません。さあ案内して下さい」

権蔵はその時初めてエレオスの顔を見た。

日の光を思わせる金色の髪に女性の様な整った顔と白い肌、それは醜い容姿を持つ権蔵にしてみれば苦手としかならないものである。

権蔵の顔を紙に書けと言えば容易であった。

厳つい顔に太い眉毛があり、その下に丸く大きな目、顔の大部分を占めている様な大きな鼻と口。

口の悪い仲間に言わせれば仁王様の顔に悪戯書きをしたみいな顔だそうだ。


「しかし私みたいな者はお役にたちませんよ」


権蔵はエレオスの美しい顔を見てから自分でも嫌になるぐらいに卑屈になっているのが分かる。


「いえ、アナタが必要なのです。ぜひ私の国に来て下さい」



 エレオスを小屋に招いた権蔵はなんとかして、この仕事を断る思案をしていた。


「えれおす殿の国の人は皆えれおす殿の様な容姿をされているのですか?」


もしそんな国に行ったら自分の醜い容姿は悪目立ちするであろう。


「心配しないで下さい。私の世界の言葉や風習、必要な知識は全てアナタに授けますしアナタか怪しまれない様にしますから」


「その期間はどれ位でしょうか。それにより持って行く道具の量が違いますので」


まただ、えれおす殿と話していると知らぬ間に卑屈になっている己に気付く。


「長くなりますから忍びの道具は全て持ってきて下さい。荷物がまとまり次第旅立ちます」

そして数刻後、権蔵はこの世界から姿を消した。



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