人が造った兵器
かなり、改稿しました
読んだ人ももう一回読んだ方がいいです
申し訳ない><
今から約二百年前。
今よりも遙かに進んだ技術を持っていた人間はある生物兵器を造った。
『Strengthening Bio Weapon』――即ち、強化生物兵器。
一般的に狂神と呼ばれる奴らは、人を喰う。
人間に造られた生物兵器。兵器なのだから、使い方はただ一つ。
――人を殺すこと。
当たり前と言えばそうなのだろう。
だが、制御が出来ないならそれはただの脅威でしかない。
人間は、奴らを、狂神を制御することが出来なかった。
否、少なからず初めは出来ていたに違いない。でも、一度暴走した狂神を止める事は出来なかった。
約二百年経った現在。世界の約九十パーセント以上が狂神の彷徨く廃墟と化し、人間の住める場所は数少ない。
そして、数少ない人間の生活区域を守るために生まれたのが殲滅軍だ。
『狂神』をこの世界から一匹残らず殲滅する軍。
何の捻りも無い無骨な名前だとは思うが、この上なく分かりやすいこの名前が俺は気に入ってる。
俺が所属しているのは殲滅軍の第一班、『狂神』との戦闘を主とする、討伐部隊である。
「それで、君は1キロメートルも離れた場所からちくちくと奴らを攻撃してたわけか」
鉄籠へと帰還し、報告を終えたクロトを待っていたのは担当医師からの嫌味攻撃だった。
「……何かいたわりの言葉は無いのかよ」
「無いな。しかし、あえて言うなら君の無理無謀には称賛を送ろう」
「アンタ、俺のことを馬鹿にしてるだろ!?」
ククク、と不敵に笑うのは俺の担当医師である、シェイン・バーマント。
軍指折りの化学者であり、唯一の女医でもある。
手入れの行き届いていない黒髪に、伸びた前髪に隠れる濃紫の鋭い瞳が特徴的だ。
…あと、病的なまでに青白い肌も。
「君を馬鹿にしている? まさか。呆れてはいるがな」
「どっちも一緒じゃねぇか!!」
また笑うシェイン。失礼極まりないことだとはクロト自身、重々承知しているが、正直、笑うと死人が動いているようでかなり怖い。
「さぁさぁ、楽しい採血の時間だ。クロト君」
そう言われたクロトは渋々腕を出す。
「そんなに嫌そうな顔をするなよ。なに、痛いのは最初だけだ」
そう言ってシェインはクロトの腕をがしっと掴む。
シェインの指は骨みたいに細く痩せているのに、もの凄い力でクロトの腕にくい込む。クロトは全身から冷や汗が出ていた。
「諦めろ。週一の定期検査は君達『狩人』の義務だ」
ちくり、と腕に小さな痛み、続くようにして自分の血が抜かれる不快感。
「もういいぞ」
シェインの声に、クロトは不快感の残る腕を引く。
「毎週これが嫌なんだよな……」
クロトの口から零れ出たのは本音だった。
強化生物兵器と言うだけあって、『狂神』は普通の人間じゃ倒すことは疎か、その体に傷をつける事すら出来ない。
だからこそ、『狂神』の討伐部隊にはエディレムウイルスを投与する。
主な効果は、肉体そのものの強化。筋肉や内臓などの肉体構成から、治癒能力の向上など、個人によって差はあるが、普通の人間よりも強靭な身体を作り出す。
エディレムウイルスによって、身体を強化した人間のことを『狩人』と呼んでいる。
だが、あるのはメリットばかりではない。
エディレムウイルスには致死性がある。
エディレムウイルスは、時間が経つ、否、『狂神』と戦闘を重ねる毎に体内を侵食していく。
そして、ウイルスの侵食率が一定値を越えると死に至る。
一度ウイルスを投与すれば、治療法は無い。だが、抑える方法はある。
ウイルスが『狂神』と闘うことで拡がるのなら、その逆もまた然り。『狂神』と闘わなければウイルスに侵食されることも無いということだ。
そのため『狩人』は、週に一度の定期検査を受けることが義務付けられている。
「ほう、泣き言とは珍しい。だが、安心しろ。私も君という貴重な研究資料を失うわけにはいかないからな」
カルテに書き込みながら言うシェイン。口ではこう言うが、それは彼女なりの優しさなのだろう。
「たった今も、新たな研究資料が手に入ったしな」
「……」
前言撤回しよう。彼女はただのマッドサイエンティストだ。優しさなんて欠片も無い。
そう言えば。シェインが何かを思い出したのか口を開いた。
「クロト君、君に新しい任務だ」
……今、帰って来たんですけど?
クロトは心の底からそう思った。いくらなんでも早すぎる。
「 別に今すぐ行けと言うわけでは無いよ。出発は……そうだな、明日の昼ぐらいで構わない」
「それは俺に対する嫌がらせか何かですか?」
寧ろ、そうとしか思えない。
だが、返って来た反応は予想外のものだった。この人のことだ、よく分かったな、とか言うと思っていたのだが。
「君への嫌がらせは実に魅力的だが、今回はそうじゃない。軍の研究所に『あるもの』を取りに行ってもらいたいんだよ」
「……あるもの?」
ああ、そう言ってシェインは机の引き出しから数枚の白い紙切れを取り出した。
「ごく最近、対『狂神』用の新兵器が完成したらしい。それを研究所に取りに行くというものだ。詳細は資料に書いてある」
クロトは手渡された資料にざっと目を通す。
場所は鉄籠から西に百キロメートルといったところか、樹海の中に赤のマーカーで印が付いている。
「でも、新兵器を受け取る程度なら偵察部隊にも出来るんじゃないのか?」
「それが研究所の方から『狩人』を寄越すようにとの要請があったんだとさ」
研究所の方から『狩人』を寄越すように、か……。一体、何を運ばせるつもりなんだ
「ふぅん…。まぁ、いいけど……今更か?」
「今更とはどういう意味だい?」
「そのままの意味だよ、先生」
「つまり、『狩人』がいるのに新たな兵器を造る理由が分からないと言うことか?」
クロトは頷いた。
「ああ、現に『狂神』は倒せてるだろ?」
「そうだな……。クロト君、これを見たまえ」
シェインは傍らの演算機の画面をクロトに見せた。
画面に表示されていたのは、いくつかの棒グラフだった。
その棒グラフの値はどれも増加している。
「これは……」
「なんのグラフか、分かるかい? クロト君」
「……世界人口の統計図表?」
「遠からずとも、近からず。それらのグラフは『狂神』による襲撃件数と死者数だよ」
クロトは絶句した。そのグラフの数値はあまりに大きい。
「別に君たち『狩人』がどうとか、そういうワケじゃない。寧ろよくやってる。だが、『狂神』の勢力の方が圧倒的に上回っているのが事実だ」
演算機の画面が待機モードになる。
それを眺めながらシェインは息を吐く。
「このままだと、君らの世代で人類は確実に滅亡するだろう」
「……そんな」
あまりにも現実味を帯びた告白に、クロトが受けた衝撃は大きかった。
『狩人』の死亡原因のほとんどは『狂神』との戦闘だ、いつ『狂神』に滅ぼされてもおかしくはない。
「焦っている、否、焦らざるを得ない状況と言うべきだろう。今はどんな手段を使っても確実に『狂神』を倒す手段が欲しいのさ」
「……」
クロトは何も言うことが出来ず、沈黙した。
「とにかく、君への任務だ。くれぐれも失敗しないように気をつけ……」
「先生、緊急事態ですッ!!」
突然、人が大声で診察室に入って来た。
この隊服は……諜報部のやつか。
それよりも、緊急事態?
クロトは今の話が頭に過ぎる。
「どうした、何があった」
シェインが聞く。しかし、その声はあくまでも冷静に、焦りや不安が余計な恐怖を煽ることのないようにするためだ。
「軍の…第三研究所が……『狂神』の襲撃に遭い……約十分前…通信が途絶えました…!」
「第三研究所……だと!?」
クロトはさっき手渡された資料を見る。
新兵器の受け取り場所は……
「………第三研究所……」
――研究所と通信が途絶えてから、約十五分。