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若き伯爵令息、ブリュース・トラムスは、ここ最近なぜだか酷く体が軽かった。
なぜだろうと思案しながらベッドで寝返りを打つと、ふと壁に掛けられた小さな花籠が目に留まる。そこには、名も知らぬ白い小花がひっそりと生けられていた。
(掃除のメイドが変わったのだろうか)
これまで部屋に花を飾ろうとしたメイドがいなかったわけではない。部屋の物書き机の真ん中に大ぶりな花瓶が置かれ、これでもかと色とりどりの花が生けられていたことがあった。
だが、書きものが多い彼にとって、それはかなり邪魔だった。
とりあえず床へ退けておいたものの、今度は夜になっても寝付けない。部屋中に溢れるむせ返るような香りに当てられ、すっかり気分を害してしまったのだ。結局、夜中に花瓶を廊下へ出す羽目になり、それ以来、彼の部屋に花が飾られることは二度となかった。
それに比べれば、この白い花は実に奥ゆかしい。
そういえば、とブリュースは最近の部屋の様子を思い返した。
掃除自体は以前からされていたはずだ。しかし、その質が違っているような気がする。
確信を得たくなった彼は、ある日、小さないたずらを仕掛けてみた。絨毯と同色の、目を凝らさなければ分からないような小さな糸屑を、わざと床の絨毯の隅に落としておいたのだ。
(まさか、これには気づくまい)
そう思っていたが、その日の夜には、糸屑は跡形もなく消え去っていた。
次に、壁に掛けられた絵画の額縁を、ほんのわずかだけ傾けてみた。
これも夜には、水平に戻っていた。
最後にブリュースは、ベッドの真下に金貨を一枚転がしておいた。普通のメイドなら、当たり前のように、自分のポケットに落とし込むところだろう。しかし、その夜、ベッド脇のナイトテーブルの上で、金貨は静かに月の光を反射して光っていた。
(そのモラルも言うことなし、か)
しかし、ブリュースは、計らずして、そのメイドと思われる人物の思わぬ才能を目の当たりにすることになる。
彼は、ある本の執筆のために、本棚から資料の本を何冊も抜き出したあと、そのまま雑に戻しておいた。
しかし、夜には本が項目ごとに美しく整列していたのだ。
ブリュースは訝しんだ。
メイドのほとんどは、文盲だ。無理もない。この国の識字率は低い。
まして、自分の蔵書を項目別に仕分けすることのできる人間など、貴族にもそうそうおるまい。
──一体、何者なんだ。
単なる一介の掃除メイドが持つには、あまりに不釣り合いな知性と教養。
ナイトテーブルの上に置いたままの金貨を見つめながら、ブリュースの胸には微かな興奮が湧き上がっていく。まだ見ぬ「彼女」の正体への興味が、静かに、しかし確かに膨らんでいく。
ブリュースはふっと口元を綻ばせると、明日訪れるであろうその影へと思いを馳せながら、ゆっくりと目を閉じた。




