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この世界は低スペックだから、私は静かに最適解を選ぶ

掲載日:2026/02/06

「はい、そこのモブ。デリート!」


……って呪文ひとつで全員消せたら、どんなに楽か。


駅前デッキ。放課後。

制服の群れが、改札から改札へ、無駄に漂流中。

都会寄りだけど田舎くさい、この街の午後。


私はその流れの端っこを、一人で歩いている。

行き先は決まってない。

家に帰るだけ。


ただそれだけなのに、ここはいつも処理落ちする。


コンクリートの床は、昼間に溜めた熱をまだ離してなくて、靴底からじんわり暑い。

どっかの川から、生ぬるくてちょっと生臭い風が来てる。


鼻の奥がムズっとする。

あ、これ今日もダメなやつ。


私は足元を見る。

白いタイル。

細かいひび割れ。


一歩進むたびに目に入るから、つい数えてしまう。

百を超えたあたりでやめた。

意味がない。


広瀬ひろせ りん、16歳。

高校1年生。チャリかバスでしか行けない、微妙校所属。


世間的には、IQ155のギフテッドらしい。

らしい、というのは、正直ピンと来てないから。


現実では、ただの浮いた存在だ。

この世界の仕様に合ってないバグキャラ。

高性能とか言われても、使い道がない。


「キモ広瀬」

「またいた」


背後から、声。

聞き慣れたトーン。

極厚メガネ越しの私、影のまま。


振り返らなくても分かる。

クラスの一軍。

放課後も元気な人たち。


「我が最底辺高のリアルゴミ、広瀬じゃん!」


笑い声。

何人いるかは見なくてもいい。


私は立ち止まる。

逃げ道は、もう計算済みだ。


(来る)


そう思った瞬間、肩に衝撃。


体が前につんのめって、視界が一気に下がる。

タイルが近い。

膝がぶつかる。


「っ……」


声が漏れた。

普通に痛い。


なのに、頭の中が勝手にうるさくなる。


――衝撃強め。

――転倒確率ほぼ100。

――最短回復ルートは謝罪。


うるさい。

黙れ。


私は息を吸って、床に手をつく。

頬が、ざらっとした感触に触れる。


「……す、すみません」


声が小さい。

自分でも分かる。


謝るのは癖だ。

考えるより先に、口が動く。


「は?声ちっさ」

「生きてんの?」


靴が視界に入る。

私のパーカーを踏んで、ぐりっと力がかかる。


生きてる意味。

またそれ。


そんなの、知らない。

考えたこともない。


駐輪場に放置されてる、鍵のかかったままの自転車。

あれくらいの存在感なら、ちょうどいいのに。


立ち上がれ、とも言われない。

謝っても、終わらない。


ああ、今日も処理失敗。


この世界、ほんとにクソゲーだ。


そのときだった。


視界の端が、不自然に明るくなる。


「やめなよ。彼女、困ってるじゃないか」


声が先に届いた。

澄んでいて、よく通る。


ざわついていた空気が、一瞬で静まる。

水を張ったバケツに、氷を放り込んだみたいに。


振り返らなくても、誰か分かる。


神宮寺じんぐうじ かける


この学校の頂点。

スクールカーストの神様。


顔は文句なし。

成績は常に上位。

生徒会所属、サッカー部のエース。


この男が歩くだけで、人の流れが割れる。

ほんとにガチで。

駅のデッキが、自然に道を作る。


私の前に、白いスニーカーが並んだ。

汚れ一つない。

さっき私の膝が擦れたタイルとは、別世界。


「大丈夫?広瀬さん」


差し出される手。

細くて、白くて、よく手入れされてる。


そして、笑顔。


――完璧。


完璧すぎて、逆に気持ち悪い。


保存料と着色料を限界まで盛った、ファストフードみたいな笑顔。

腐らないけど、栄養ゼロ。


左右対称すぎる口角。

作り物感。


(……無理)


見てるだけで、頭が重くなる。

実在の人間というより、完成度の高すぎるCG。


脳内に、勝手に警告が点灯する。


(この人、マジ危険)


……なのに。


周りの女子たちは、完全に思考停止してる。

「王子様」

「優しい」

そんな単語が、空気みたいに漂ってる。


――ああ、知ってる。


(幼稚園の砂場で、山が崩れただけで泣いてたくせに)


この街にいた頃の、神宮寺。

25メートルプールが埋まりそうなくらい、泣き虫だった。


私が引っ越して、10年。

あの日から、どこで何を学んだか。。

この男は、何も知らない。


でも、その過去は言わない。

今ここで言ったら、私が壊す側になる。


「あっ、あの……」


声を出す。

指先が震える。


厚塗りメガネを押し上げた瞬間、視界が切り替わる。


――解析開始。


顔面。

表情筋。

視線のブレ。


一気にデータが流れ込む。


ああ、最悪。

見えてしまう。


笑顔の奥。

ほんのわずかな歪み。


(右の口角……)


0.2ミリ。


「……神宮寺、くん」


自分でも分かるくらい、声が小さい。

でも、狙いは一点。


「その、笑顔……右の口角、少し……下がってます」


空気が止まる。


神宮寺の手が、わずかに固まった。


「え……?」


一瞬。

本当に、一瞬。


でも私は見逃さない。


「……死相」


言葉が、ぽろっと落ちた。


「今日、限界……来てますよ」


鉄仮面に、見えないヒビ。

完璧な笑顔が、わずかに遅れる。


0.2ミリのズレ。

それは、この男が無意識に吐いたSOS。


スクールカースト最底辺の私が、

神様のエラーを突いた。


神宮寺の瞳が、揺れる。


「……しっ、失礼します」


私は差し出された手を取らない。

そのまま、後ろに下がる。


背中を向けて、歩き出す。


背後で、神宮寺が自分の頬を触っている気配。

確認作業。

システムフリーズ。


(ま、せいぜい、頑張って)


偽物の光で、どこまで自分を騙せるか。


私は、ゴミ箱の中から見てる。

神様ごっこが壊れる瞬間を。


夕焼けが、やけに赤い。

酸化した血みたいだ。


――10年前。


泣き虫だった王子様を、殴って助けた右拳。

そのログが、今さらロードされる。


……マジで、うざ。


過去のキャッシュくらい、

さっさとデリートさせて。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今日は一番騒がしくなる日。

微妙校の校舎全体が、浮かれてる。


装飾用の紙、雑に貼られたポスター。

廊下には屋台の匂い。

焼きそばと油と、無駄な熱気。


――文化祭。


低スペな背景どもが、テンションだけでCPUを酷使する年一イベント。

思考は停止。

判断力は蒸発。

結果、CO₂だけ大量排出。


(効率、悪すぎ)


この熱量、発電に回せば街灯くらい一晩持つでしょ。

地球に謝ってほしい。


「おい、キモ広瀬」


机を、ガンッと蹴られる。


「ゴミ箱の袋、替えてこいよ。溜まってんだけど」


声の主は、おなクラの実行委員モブ。

腕章だけ立派。

脳内クロックは原始人レベル。


(はいはい、ご主人様)


心の中でだけ、舌打ち。


あんたの歩き方と体型から、

五年後の腰痛リスクと生活習慣病の確率、もう算出済みだから。


でも現実の私は、背景。

便利使いされるだけのモブ。


「あっ、あの……はい……すみません……」


口が勝手に動く。

謝罪コマンド、自動実行。


教室の隅。

掃除用具入れから、ゴミ袋を引きずり出す。


……落ち着く。

自分の定位置が、ゴミ箱の隣って時点で、人生バグってるけど。


廊下に出た瞬間、空気が変わる。


文化祭仕様の校内。

焼きそばの油。

甘ったるい砂糖。

人の熱。


肺が、拒否反応。


(この空気、1ミリ吸うごとに脳が汚染される)


体育館裏。

ゴミ集積所で袋を縛る。


その瞬間。


「きゃぁぁぁぁ――!!」


体育館の中から、悲鳴。

じゃない。

歓声。


スピーカー越しでも分かる。


――神宮寺だ。


「みんな!今日は最高の思い出にしよう!」


完璧な声。

完璧なトーン。


でも、知ってる。


駅前で刺した、あの0.2ミリ。

あれは、確実に効いてる。


(昨日の夜、鏡の前で口角測ったでしょ)


一度入ったヒビは、

どんな修復ブラシでも消えない。


そんなことを考えながら、

ステージ裏の廊下を歩いていた、そのとき。


ドンッ。


背中に、強い衝撃。


「うわ、ごめん!……って、なーんだ」


耳障りな声。


「ゴミ広瀬じゃん」


おなクラ一軍女子。

わざとらしい笑い。


そのまま、ぐいっと押される。


床。

テカテカ。

ワックス、塗りすぎ。


足が、滑る。


「きゃっ……!」


視界が回る。


次の瞬間、

強烈な光。


――ステージ中央。


スポットライトが、直撃。


(……終わった)


全校生徒の視線。

一斉送信。


最悪のタイミングで、

最悪の注目。


「え、誰?」


「陰キャの広瀬じゃね?」


「粗大ゴミ広瀬!」


罵声。

タグ付け。

低スペ語彙の洪水。


その瞬間。


足元のケーブルに、つまずいた。


転倒。


メガネが、飛ぶ。


放物線。

スローモーション。


フードが外れる。

前髪が、めくれる。


――公開。


顔面データ、全体配信。


「……え?」


「嘘……」


「広瀬の顔……」


空気が、凍る。


「誰……?」


「……可愛くない?」


「いや、普通に……美人」


体育館が、静まり返る。


照明が、私の素顔を容赦なくレンダリング。


白い肌。

削ぎ落とされた輪郭。

無駄のない目。


神様が、うっかり8Kで作った顔。


最前列。


神宮寺だけが、見える。


マイクを握ったまま、

完全にフリーズ。


その顔。


(……あ)


幼稚園の砂場。

泣き虫のカケル。


助けたときの、あの表情。


――同じ。


「あっ……あの……すみません……」


頭が真っ白。


裸でサバンナに放り出された気分。


床を這って、メガネを回収。

ひび割れ。

でも関係ない。


逃げる。


ステージ裏へ。

圏外。


「待って、広瀬さん……!」


背後で声。

無視。


暗がりで、予備のメガネをかけ直す。

度の強い、ダサいやつ。


(……最悪)


胸が、うるさい。


神宮寺の、あの顔。


10年前の触覚。

泣き止まない頭を、乱暴に撫でた感触。


指先に、勝手にロードされる。


……ねえ、神宮寺。


あんたの完璧な世界、

もうクラッシュ始まってる。


そして残る本当のあんたを、

拾えるのは――


この、ゴミ箱にいる私だけ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


文化祭の一件から、ちょうど一週間。

校内はIQがマイナスに振り切れた冤罪イベント、絶賛開催中。


我がドブ高の空気、ガチのドブ。

濁ってる。

1ミリも吸いたくない。


そして、神宮寺の完璧だった笑顔。

今や0.2ミリどころか、震度7クラスの亀裂が入ってる。

崩壊寸前。


「ねえ、聞いた?神宮寺くんがサッカー部の部室で財布パクったって」


「マジ?昨日の放課後、一人で残ってるの見たらしいよ」


「財布、あいつのカバンにあったらしいじゃん。無理ゲーだろ」


モブキャラどもが正義のドラッグで脳内フリーズ中。

昨日まで神様だった存在を、奈落へ叩き落とすのに必死。

マジで、笑えない。


あー、効率、マジでゴミ。

この高校、論理より感情が暴走するアホしかいないのか。


証拠ゼロ。目撃証言だけ。

状況証拠はガラクタ。

それだけで、正義気取りとか、脳内OS更新してから出直してくんない?


放課後の教室。

昨日まで親友ぶってた奴が、神宮寺の胸ぐらをつかむ。


「神宮寺……お前マジでやったのかよ?信じてたのに……」


神宮寺、完全にシステムダウン。抵抗力ゼロ。

雨に打たれる捨て猫のような絶望。


あー、草も生えない。

友情なんて、一瞬で上書きされるキャッシュデータ。

誰も止められない爆速フェイクニュース。


……無理ゲーすぎる。


でも、まあ余裕。

真犯人をデリートすれば済む話。

私は教室の隅、掃除用具入れの隣。

最底辺指定席から観測中。


牛乳瓶底レンズ越しに、犯人の稚拙バグとモブ心理を全スキャン。

脳内で複数解決ルートを秒でビルド。


でも現実は、何もできてない。


「あっ、あの……」


震える手で、ボロボロの古本を握るだけ。

存在感、消去中。


詰みフラグ立ってるの、私のほうかも。


ねえ、神宮寺。

この程度の悪意でフリーズすんの?

幼稚園の砂場で「凛ちゃんは僕が守る!」とかほざいてた頃と、全然変わってないじゃん。


気づけば、おなクラ全員が神宮寺をディスりながら逃走。

夕暮れの教室には、膝をつく元・神様。

そして、空気と同化したゴミ箱の化身、私だけ。


神宮寺が、カスカスの声でつぶやく。


「…もう、だめだ…。全て、全て失った……」


瞳、完全消灯。

賞味期限切れの缶詰みたいに、暗く冷たい。

救いなし。


「広瀬さんも……僕のこと、泥棒だって……思ってる、よね……」


―――その瞬間―――


脳内にレーザーが走る。


演算完了。


身体が勝手に震え、心拍が爆裂。


何かが、決定的に、完結した。


神宮寺への同情?愛情?

それとも10年蓄積された、この怒りと屈辱の総量?


わからない。もう、何でもいい。


IQ155の私の全脳ロジックが、この低脳茶番にAlt+F4を叩き込む。


世界が静止。ジ・エンド。


椅子をゆっくり引く。

キィッと教室に鳴る高音。


背筋を伸ばし、防弾ガラス製メガネを外す。

視界に、全てのゴミと低解像度を焼き尽くすように。


「あんた……マジで、超ダッサッ!!!」


その声が、教室を揺らす。

神宮寺、ピクッ。背筋が凍る。


「いつまで被害者面して、その低解像度世界に浸ってんのよ!?」


私の目が、炎を帯びる。

彼の瞳に、恐怖の影。


「……えっ、広瀬…さん?」


私は上から全公開。

前髪をかき上げ、世界を破壊するチート級笑顔。

髪先から、オーラが教室を支配する。


「あんた、また私の後ろに隠れんの?10年前の砂場のあの日みたいに!」


その瞬間、彼の瞳が、恐怖→驚愕→希望へと猛スピードで書き換えられる。

私の魔力が、空気を裂き、場の空間すら再構築する。


「広瀬さん……まさか……いや、り、凛ちゃん!?君だったの…!?」


「はあ!?今さら気づくとか、マジありえないんだけど!あんたの脳内、やっぱフリーズ常習じゃん!ほら、立ちなさいよ、泣き虫のカ・ケ・ル!!!」


私は、神宮寺の落ちたプライドをヒールでバキバキに踏みつける。

破壊と再生、歓喜と罵倒が、同時に炸裂。


「さあ、いくわよ、カケル!覚悟しなさい!あんたを泥沼から引きずり出す!!でも、私の時給、ガチで鬼高いんだからね!!!」


ねえ、神宮寺。

いや、カケル。


今、私がこの地獄を統治してあげる。

泥沼の底から産声を上げた魔王が、翼を広げて、世界をデバッグするの。


教室の空気が震え、時間が凍る。


私はもう、ただの広瀬凛じゃない。


魔王、降臨。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌朝の体育館。

全校生徒という名の思考停止した群体標本でパンパンだった。


床に整列した無数の頭。

誰一人、疑問を持たない。

誰一人、考えない。

空気だけが重い。腐ってる。


壇上には、カケル。

その隣に、生徒指導とかいう低スペック教師の詰め合わせパック。

かつて神様だった少年は、今や公開処刑を待つ被告人。

背中が、折れかけてる。


……あー、最悪。

この光景、効率も倫理もゴミ。


教師の声が響く。

内容?知らない。

空耳レベルのノイズ。


要約するとこう。

『証拠は薄いけど、空気がそう言ってるから退学ね』


は?

駅の券売機レシート並みの宣告、よく全校生徒の前で読めたね。

5G時代に、糸電話で裁判やってる気分どう?


あー、マジで腹立つ。

無能って、ここまで堂々とできるんだ。


「……ということで最後に、神宮寺くん。何か言い残すことはあるかな?」


その瞬間。


―――ガシャンッッッ!!!!!!


体育館の防音扉が、物理的に死亡。

金属音。悲鳴。ネジが宙を舞う。

空気が震え、視線が一斉に後方へ叩きつけられる。


……え?

やりすぎ?


いいでしょ。

今日は魔王の初ログイン日なんだから。


私はゆっくりと、一歩、体育館に足を踏み入れる。


前髪のカーテンも。

分厚いメガネも。

昨日までのゴミ箱人生も。

全部、置いてきた。


今ここにいるのは、

この高校で――

いちばん美しくて、いちばん残酷なジョーカー。


息が止まる音がした。

いや、正確には、全校生徒が呼吸を忘れた。


どう?

私の、磨き抜かれたダイヤみたいな美貌。

ガチで眩しすぎない?


磨き上げたシルクブラウンの髪が、

光を受けて静かに流れる。


一歩踏み出すたび、空気が先に折れる。

遅れて、思考の浅い視線が慌てて退く。


耳元で揺れるローズゴールドが、

理解不能な時間だけを引き伸ばす。


ブルーの瞳は高い位置から世界を見る。

微笑みの奥に、知性という名の刃を、完璧に隠したまま――


あ、やば。

あいつらの眼球、完全にバグってる。

ピンボールみたいに視線が跳ね回って、脳が処理落ちしてる。


……っていうか。

誰も、まだ私だって気づいてないよね?


じゃあ――

起動テスト、行きますか。


「あ、あの……すみません……」


その声が落ちた瞬間。

体育館に、雷が直撃した。


「……え?」

「い、今の声……」

「広瀬……?」

「え、あの粗大ゴミの……?」


モブどもが一斉にエラーログを吐き出す。

脳が追いついてない。最高。


私はステージへ一直線。

喉が裂ける勢いで、叩きつける。


「うっせーわ!!!!!」


空気がビリつく。


「マジで超ウケる!あんたら、中身スカスカの自販機かよ!金入れても、思考も良心も何も出てこないじゃん!!」


昨日までのゴミ箱の主?


もう存在しないの。


ここにいるのは、

全知全能のヒロイン・広瀬凛。


「ひ、広瀬さん!?なんだその格好は!集会中に勝手に――」


生徒指導の老害が割り込む。


「黙れ」


一瞥。

それだけで、教師フリーズ。


まあ当然ね。

入学以来、全テストでカンスト無双してる私に、

意見できる大人とか、この学校に存在しないし。


そして――

真犯人。


私は人差し指を、ピタリと向ける。


「犯人は、あんた」


体育館が、凍る。


「鍵の複製。防犯カメラの死角。財布の隠し場所。その低スペックな工作、私の脳内メモリの無駄づかいなんだけど?」


一歩、前へ出る。


「タイパ最悪の茶番は――今すぐデリート!!!」


そこから先は、公開処刑。

最新AIが、幼児に算数教えるレベル。


私の一言一言が、

アリバイを潰し。

矛盾を裂き。

動機を丸裸にする。


オーバークロック。

論理、全開。


最後は――

真犯人、完全フリーズ。

自白という名のエラーログ、全件吐き出し。


体育館、沈黙。


私は、カケルの前に立つ。


その冷え切った手を取り、

今度は私から、強く、熱を流し込む。


「ほら、行くよ」


微笑む。


「泣き虫の王子様?カ・ケ・ル」


私たちは、

フリーズして置物と化した背景モブどもをフルシカト。


体育館から、強制ログアウト。


――魔王と王子、再起動完了。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


駅のデッキ。

夕陽に焼かれた駅前ビルが、赤く、赤く点滅してる。

マザーボードの基板みたいに。


今日一日のログが、ゆっくり保存されていく。


隣のカケルは、絶望から完全にログアウト。

背中が、少し軽い。

顔はまだ情けない――でも、それでいい。

完璧じゃないほうが、人間だ。


「……ねえ、凛ちゃん」


立ち止まったカケルが、私の名前を呼ぶ。

その二文字だけで、胸の奥が一瞬だけノイズる。


「僕さ。今日で全部終わったと思ってた。人生、完全にクラッシュしたって。……でも君が、強制終了を止めてくれた」


言葉が、そこで途切れた。


「ありがとう」


私は、あえて冷却モードに入る。

氷点下。感情遮断。


「勘違いしないで。あんたみたいな欠陥プログラムを放置すると、私の脳内メモリが無駄に消費され続けるから。ただの最適化よ」


視線をそらして、小さく息を吐いた。

夕焼けが、視界をやけに赤く染める。


「……でもさ。もうガチで手間かけさせないでよね。この、バカ」


言い終わった瞬間。

胸の奥が、ちょっとだけチクッとした。


「はは……相変わらずだな、凛ちゃん」


カケルは笑った。

あの日の砂場と同じ。

保存料ゼロ、消費期限たった数秒の、本物の笑顔。


――やめてよ、もう。

その顔は反則。


心臓のクロック周波数が、異常値を叩き出す。


何これ。

ドキドキ?

いや、バグでしょ。仕様外。


「これからもさ」


カケルが、少し照れた声で続ける。


「僕の隣で、間違いを指摘してよ。凛ちゃんがいないと、僕、また偽物の神様に戻っちゃいそうだから」


私は、言い返せなくて、沈みかけの夕陽を睨んだ。


頬が熱いのは、夕焼けのせい。

……絶対に。

絶対にそう。


「ふーん。でも、払える?私のコンサル料。財布じゃなくて、覚悟が足りないと無理だけど?」


そう言って、

誰にも見せたことのない、

最高に性格の悪い笑顔を浮かべてやる。


脳内OSに存在しないはずの感情。

データも、経験値も、ロジックもゼロ。


それでも――

私はもう、答えを知ってた。


「でも……ま。次の動作確認が通れば、あんたを私のデフォルト設定にしてもいいけど?」


本当は、その確認項目なんてどうでもよかった。

この感情をデバッグして消去する気なんて、

最初から1ミリもなかった。


夕暮れのデッキに、二つの影が伸びる。

ズレながら、でも不思議と同じ方向へ。


世界はまだ不完全。

バグだらけ。

理不尽だらけ。


それでも――

今は悪くない。


私は心の中で、そっと呟く。


新規ログ確認。

未来、未定。

感情、未解析。

でも――


「はい、新規ログ。ガチでセーブ完了!」


――エンド。

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