第9話:葉月
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
「――…あれぇ?ここはぁ?…」
頭がクラクラする莉央が、キョロキョロと周囲を見回している。
「ほらぁ、しっかりしろよぉ」
上半身を抱えられた綾が見ると、この少年の顔には見覚えが…
たしか――、カズマだ。
和真少年は莉央の左腕を自分の首へと廻し、右腕を莉央の身体へ廻して支え、ヒョコヒョコ歩いている。
「――ガチで…、飲んだこと、なかったんだな」
「うぅ~ん…、お酒は初めてぇ~」
酩酊している莉央の横顔を、飢えた狼さながらにゴクリとよだれを飲み込み、横目で見ている和真。
「――オレも…」
「…えっ?――」
「15の時に、初めて飲んだ…」
――たしか和真は、あたしの1コ上…だったかな?
ゼエゼエ息を切らせ、莉央を支えて歩いている和真。
――あたし、そんなに重いかぁ~?…
――んんん~…、ムネ、触られてるぅゥ~…
ブツブツ唱える莉央だが、いつしか意識が混濁してしまい、訳が分からなくなってしまった…
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ジュワァァ~…と肉が焼けると同時に立ちこめる白煙が、視界へ入った。
ハッとした莉央の嗅覚が、肉の焼けた香ばしい匂いを感じた。
「どうしたのぉ~?ボーッとしちゃってぇ」
左隣で座る葉月が、怪訝そうに莉央を見ている。
「――ご…、ごめん…」
「悪ぃ、葉月。莉央さぁ…――」
対面で座る愛莉が、網で焼いている肉をトングで返しながら話し掛けた。
「たまに、こういう事あんだ」
「え?」
「話していい?」
愛莉が眼を見て訊くので、莉央が小さく頷いた。
「フラッシュバックすんの」
「フラッシュ…、バック?」
思わず顔をしかめる葉月。
「なんなの、それ?」
「トラウマになってる事を、急に思い出しちゃうのよ」
焼きあがった肉を、トングで皿へ取り分けながら話す愛莉。
「それって、自分の意志には関係なく?」
「――そうなんだ。…ごめんね、葉月」
口を開きかけた愛莉を遮って、莉央が葉月へ謝った。
「ううん~ン。あたしこそ、ごめんだよぉォ~…」
葉月が綾へ、泣きそうな顔を示している。
「もう、やめよぉ~!この話は、終わりっ!」
莉央が笑顔で、葉月の両肩を摑んで揺さぶっている。
「そうそう…。さぁ~、スタミナつけようぜぇぇ~」
愛莉が、肉を盛りつけた取り皿を差し出すので、
「おおぉぅ~!」
二人が右手を勢いよく突き上げて、気勢を上げた…――
★
五十嵐と駆琉が『きみまも@歌舞伎町』で、久しぶりに会って交錯してから五日が経ち、週の後半となった金曜日の宵の口。
下北沢駅近くの焼き肉店で、肉を焼いては注文し、食べまくっている三人の少女たち…
「――にしても、その五十嵐って奴…、そ-と-ヤバいね」
額へ汗をにじませ、口をモグモグさせながら話す愛莉。
「なんでさぁ、あたしとカケルのこと、知ってたんだろぉ?」
焼き上がった肉をトングで網から取りながら、合点がいかない様子の莉央。
「でも、その…、五十嵐って奴のこと…」
「うん――…、探んない方がいいね」
「――…、何で…さ?」
二人が口を揃えたので、莉央が恐る恐る訊いている。
「悔しいけどさぁ…、やっぱアタシらじゃあ、大人には勝てねぇし」
「――…だね」
愛莉が投げやり気味に話し、葉月が同意している。
「さらわれたら、シャレになんないしさ…」
愛莉が真顔で話したので、その場の空気が凍りついてしまった…
「――それにさぁ…」
取り皿へ箸を置いた葉月が、話を再開する。
「あたしらの親もそうだけどさぁ、大人って綺麗ごとばっか言ってさぁ、所詮は自分勝手だしさぁ…」
莉央と愛莉が、話す葉月をジッと見ている。
「我慢して苦しんで生きてるアタシらのことなんて、放ったらかしじゃんか?」
「――そうだね…」
神妙な面持ちで、二人が頷いた。
「その五十嵐って奴も、マジで信用出来ねぇよ」
「どうやってアヤのこと、利用してやろうかって考えてるかもだしさぁ…」
「――そうだね…」
葉月と愛莉の見解に、莉央が頷いた。
「マジで大人って、ウゼぇことばっか言うだけでさぁ…」
食べることを差し置いて、葉月が想いを吐露している。
「ヒトに親切にしろ、ヒトに恥ずかしい事はするな、ヒトに嘘をつくなって…」
感情を露わにしながら、ワナワナと話す葉月。
「――じゃあ、オメェらはどうなんだよッ?!って…」
「それな~!マジで、そう!」
愛莉が箸で葉月を指して、ウンウン頷いている。
「大人なんて適当に利用してさぁ、あたしらは、楽しめばいいんだよ!」
気勢を上げるように話す愛莉。
「おけえ!ならあたし、推しメンとチェキ、撮りまくってやるぅぅ!」
※これはメンズコンセプトカフェで、お気に入り店員との有料写真を買いまくる事である
「出たよ、メンコン狂い」
これ幸いに、愛莉が冷やかした。
「なんだよぉぉ!愛莉だって、ホスト遊びすんでしょぉ~?!」
「知らんがな、当分自粛」
「なぁんでぇぇ?!」
「莉央が当分自粛だしぃ」
シレッと言い放った愛莉。
「あたしも、自粛しろってかぁ?!」
「へぇ~、すんの?」
「無理ゲー過ぎに、決まってんじゃん!」
血相を変えて葉月が叫んだので、莉央と愛莉が揃って大笑いしている。
テーブルを囲む三人の少女たちの笑い声が、店内へとめどなく流れ続けていた…
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莉央が葉月と知り合ったのは、北澤高校へ入ってからだった。
物静かに席へ座り、無表情でスマホをいじっている、ボルドーカラーでレイヤーボフヘアの少女…
姿恰好から、同類と確信した愛莉は、躊躇なく声を掛けた。
莉央を含めた三人が打ち解けたのは、それからすぐだった。
共働きの家庭で、特に不自由なく育てられた葉月…
とはいえ、両親と話せるのは平日は仕事終わりの夕方以降なので、小学校での放課後保育が葉月の寂しさを紛らわしてくれる、数少ない場所だった。
そこで、母親が仕事を終えて迎えに来るまで、友達と遊んで過ごしていたのだが…
小学3年生の時、放課後保育の男性保育士から、葉月は性的虐待を受けてしまう。
トイレの個室へ連れ込まれ、下着を脱がされて…――
その後、男性保育士は、複数児童への猥褻行為で逮捕された。
葉月には女性カウンセラーがついて、心的ケアを受けることになった。
しかしカウンセラーは、あろうことか大人の都合を、葉月へ言い聞かせた。
このことは誰にも…、学校でも話しちゃダメ…――
大ごとになるのを恐れた関係者たちは、事件をひた隠そうとした。
マスコミから、痛くもない腹を探られるのは嫌だ――
責任の所在が問われ、我々の地位が脅かされかねない――
関係者は児童たちのケアより、自分たちの保身を優先したのだ。
一旦は素直に聞き入れた葉月だが、心のわだかまりは高じる一方だったが…
隠し立てしようとすれば、かえって広まってしまうことは世の常である。
同級生たちは事件のことを知っていて、葉月へ近寄らなくなり遠巻きにヒソヒソするだけ。葉月はクラスで浮く存在となり、憂鬱が募るばかり。
事件のことは誰にも話しちゃダメだし、両親は慰めてくれるだけで――
――どうしてあたしに、冷たくするの?…
――どうしてあたしへ、優しくしてくれないの?
――私は悪いこと、何もしていないのに…
追い詰められた葉月は、不登校となって引きこもってしまい、ついにリストカットをしてしまった…
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大人たちは、信用できない…
でも、誰かに優しくされてみたい…――
引きこもり続ける葉月が、ネットでパパ活を知ったのは、そんな時だった。
――どうせ自分の身体は、汚されたんだし…
――オトコとセックスしたって、どうってことない…
――それで、優しくしてもらえるのなら…
大人の関係で味わう優しさに憧れた中学3年生の葉月は、パパ活へ走ってしまった。
過去に受けた性的虐待が、葉月の性への向き合い方を歪めてしまったのだろう。
サイトへ登録するだけで、父親よりも年上である男性から優しくされるうえに、お金までもらえる。
とはいえ男たちは、ただ葉月の若々しい身体が目当てなだけ…
パパ活で稼いだ金で、葉月はさらなる優しさを求めて、メンズコンセプトカフェへ通うようになる。
チェキを沢山撮ってあげれば、推しメンが喜んでくれて、自分へ優しくしてくれる。
その満足感で、葉月はリストカットをしなくなっていたのだが…
しかし、パパ活相手の男性もメンコンの店員も、葉月のパーソナリティを全く考慮していない点では同類といえよう。
端的にいえば店員は、葉月を単なるカネヅルとしか見ていないのだ。
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「――…葉月?」
焼き肉店を出て、下北沢の街を歩く葉月へ、前を歩く莉央が振り向いて呼び掛けた。
「――あ?…」
もの想いから引き戻され、バツが悪そうな顔へなった葉月。
「はあァ~、めっちゃ腹いっぱいだぁぁ…」
はぐらかすように葉月が、手首に黒の編みバンドブレスレットをしている左手で、歩きながら腹をさすっている。
ブレスレットは、リストカットの跡を隠すため…
怪訝そうに見ている莉央だが、まぁいっかと、前へ向き直っていた…




