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第9話:葉月

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 「――…あれぇ?ここはぁ?…」


 頭がクラクラする莉央が、キョロキョロと周囲を見回している。

 「ほらぁ、しっかりしろよぉ」

 上半身を抱えられた綾が見ると、この少年の顔には見覚えが…

 たしか――、カズマだ。

 和真少年は莉央の左腕を自分の首へと廻し、右腕を莉央の身体へ廻して支え、ヒョコヒョコ歩いている。

 「――ガチで…、飲んだこと、なかったんだな」

 「うぅ~ん…、お酒は初めてぇ~」

 酩酊(めいてい)している莉央の横顔を、飢えた(おおかみ)さながらにゴクリとよだれを飲み込み、横目で見ている和真。


 「――オレも…」

 「…えっ?――」

 「15の時に、初めて飲んだ…」

 ――たしか和真は、あたしの1コ上…だったかな?

 ゼエゼエ息を切らせ、莉央を支えて歩いている和真。

 ――あたし、そんなに重いかぁ~?…

 ――んんん~…、ムネ、触られてるぅゥ~…


 ブツブツ(とな)える莉央だが、いつしか意識が混濁(こんだく)してしまい、訳が分からなくなってしまった…


 ★

 ★


 ジュワァァ~…と肉が焼けると同時に立ちこめる白煙が、視界へ入った。

 ハッとした莉央の嗅覚(きゅうかく)が、肉の焼けた香ばしい匂いを感じた。

 

 「どうしたのぉ~?ボーッとしちゃってぇ」

 左隣で座る葉月が、怪訝そうに莉央を見ている。

 「――ご…、ごめん…」

 「(わり)ぃ、葉月。莉央さぁ…――」

 対面で座る愛莉が、網で焼いている肉をトングで返しながら話し掛けた。

 「たまに、こういう事あんだ」

 「え?」

 「話していい?」

 愛莉が眼を見て()くので、莉央が小さく(うなづ)いた。


 「フラッシュバックすんの」

 「フラッシュ…、バック?」

 思わず顔をしかめる葉月。

 「なんなの、それ?」

 「トラウマになってる事を、急に思い出しちゃうのよ」

 焼きあがった肉を、トングで皿へ取り分けながら話す愛莉。

 「それって、自分の意志には関係なく?」

 「――そうなんだ。…ごめんね、葉月」

 口を開きかけた愛莉を(さえぎ)って、莉央が葉月へ謝った。

 「ううん~ン。あたしこそ、ごめんだよぉォ~…」

 葉月が綾へ、泣きそうな顔を示している。


 「もう、やめよぉ~!この話は、終わりっ!」

 莉央が笑顔で、葉月の両肩を(つか)んで揺さぶっている。

 「そうそう…。さぁ~、スタミナつけようぜぇぇ~」

 愛莉が、肉を盛りつけた取り皿を差し出すので、

 「おおぉぅ~!」

 二人が右手を勢いよく突き上げて、気勢を上げた…――


 ★


 五十嵐と駆琉が『きみまも@歌舞伎町』で、久しぶりに会って交錯してから五日が経ち、週の後半となった金曜日の(よい)の口。

 下北沢駅近くの焼き肉店で、肉を焼いては注文し、食べまくっている三人の少女たち…


 「――にしても、その五十嵐って奴…、そ-と-ヤバいね」

 額へ汗をにじませ、口をモグモグさせながら話す愛莉。

 「なんでさぁ、あたしとカケルのこと、知ってたんだろぉ?」

 焼き上がった肉をトングで網から取りながら、合点がいかない様子の莉央。

 「でも、その…、五十嵐って奴のこと…」

 「うん――…、探んない方がいいね」

 「――…、何で…さ?」

 二人が口を(そろ)えたので、莉央が恐る恐る()いている。


 「悔しいけどさぁ…、やっぱアタシらじゃあ、大人には勝てねぇし」

 「――…だね」

 愛莉が投げやり気味に話し、葉月が同意している。

 「さらわれたら、シャレになんないしさ…」

 愛莉が真顔で話したので、その場の空気が凍りついてしまった…




 「――それにさぁ…」

 取り皿へ(はし)を置いた葉月が、話を再開する。


 「あたしらの親もそうだけどさぁ、大人って綺麗ごとばっか言ってさぁ、所詮(しょせん)は自分勝手だしさぁ…」

 莉央と愛莉が、話す葉月をジッと見ている。

 「我慢して苦しんで生きてるアタシらのことなんて、放ったらかしじゃんか?」

 「――そうだね…」

 神妙な(おも)持ちで、二人が頷いた。

 「その五十嵐って奴も、マジで信用出来ねぇよ」

 「どうやってアヤのこと、利用してやろうかって考えてるかもだしさぁ…」

 「――そうだね…」

 葉月と愛莉の見解に、莉央が頷いた。


 「マジで大人って、ウゼぇことばっか言うだけでさぁ…」

 食べることを差し置いて、葉月が想いを吐露している。

 「ヒトに親切にしろ、ヒトに恥ずかしい事はするな、ヒトに嘘をつくなって…」

 感情を(あら)わにしながら、ワナワナと話す葉月。

 「――じゃあ、オメェらはどうなんだよッ?!って…」

 「それな~!マジで、そう!」

 愛莉が(はし)で葉月を指して、ウンウン頷いている。

 「大人なんて適当に利用してさぁ、あたしらは、楽しめばいいんだよ!」

 気勢を上げるように話す愛莉。

 「おけえ!ならあたし、推しメンとチェキ、撮りまくってやるぅぅ!」

 ※これはメンズコンセプトカフェで、お気に入り店員との有料写真を買いまくる事である


 「出たよ、メンコン狂い」

 これ幸いに、愛莉が冷やかした。

 「なんだよぉぉ!愛莉だって、ホスト遊びすんでしょぉ~?!」

 「知らんがな、当分自粛」

 「なぁんでぇぇ?!」

 「莉央が当分自粛だしぃ」

 シレッと言い放った愛莉。

 「あたしも、自粛しろってかぁ?!」

 「へぇ~、すんの?」

 「無理ゲー過ぎに、決まってんじゃん!」

 血相を変えて葉月が叫んだので、莉央と愛莉が揃って大笑いしている。


 テーブルを囲む三人の少女たちの笑い声が、店内へとめどなく流れ続けていた…


 ★

 ★


 莉央が葉月と知り合ったのは、北澤高校へ入ってからだった。

 物静かに席へ座り、無表情でスマホをいじっている、ボルドーカラーでレイヤーボフヘアの少女…

 姿恰好(かっこう)から、同類と確信した愛莉は、躊躇(ちゅうちょ)なく声を掛けた。

 莉央を含めた三人が打ち解けたのは、それからすぐだった。




 共働きの家庭で、特に不自由なく育てられた葉月…

 とはいえ、両親と話せるのは平日は仕事終わりの夕方以降なので、小学校での放課後保育が葉月の寂しさを(まぎら)らわしてくれる、数少ない場所だった。

 そこで、母親が仕事を終えて迎えに来るまで、友達と遊んで過ごしていたのだが…


 小学3年生の時、放課後保育の男性保育士から、葉月は性的虐待を受けてしまう。

 トイレの個室へ連れ込まれ、下着を脱がされて…――

 その後、男性保育士は、複数児童への猥褻(わいせつ)行為で逮捕された。

 葉月には女性カウンセラーがついて、心的ケアを受けることになった。

 しかしカウンセラーは、あろうことか大人の都合を、葉月へ言い聞かせた。


 このことは誰にも…、学校でも話しちゃダメ…――


 大ごとになるのを恐れた関係者たちは、事件をひた隠そうとした。

 マスコミから、痛くもない腹を探られるのは嫌だ――

 責任の所在が問われ、我々の地位が(おびや)かされかねない――

 関係者は児童たちのケアより、自分たちの保身を優先したのだ。


 一旦は素直に聞き入れた葉月だが、心のわだかまりは(こう)じる一方だったが…




 隠し立てしようとすれば、かえって広まってしまうことは世の常である。 

 同級生たちは事件のことを知っていて、葉月へ近寄らなくなり遠巻きにヒソヒソするだけ。葉月はクラスで浮く存在となり、憂鬱(ゆううつ)(つの)るばかり。

 事件のことは誰にも話しちゃダメだし、両親は(なぐさ)めてくれるだけで――


 ――どうしてあたしに、冷たくするの?…

 ――どうしてあたしへ、優しくしてくれないの?

 ――私は悪いこと、何もしていないのに…


 追い詰められた葉月は、不登校となって引きこもってしまい、ついにリストカットをしてしまった…


 ★


 大人たちは、信用できない…

 でも、誰かに優しくされてみたい…――


 引きこもり続ける葉月が、ネットでパパ活を知ったのは、そんな時だった。

 ――どうせ自分の身体は、(けが)されたんだし…

 ――オトコとセックスしたって、どうってことない…

 ――それで、優しくしてもらえるのなら…


 大人の関係で味わう優しさに(あこが)れた中学3年生の葉月は、パパ活へ走ってしまった。

 過去に受けた性的虐待が、葉月の性への向き合い方を(ゆが)めてしまったのだろう。

 サイトへ登録するだけで、父親よりも年上である男性から優しくされるうえに、お金までもらえる。

 とはいえ男たちは、ただ葉月の若々しい身体が目当てなだけ…


 パパ活で稼いだ金で、葉月はさらなる優しさを求めて、メンズコンセプトカフェへ通うようになる。

 チェキを沢山撮ってあげれば、推しメンが喜んでくれて、自分へ優しくしてくれる。

 その満足感で、葉月はリストカットをしなくなっていたのだが…


 しかし、パパ活相手の男性もメンコンの店員も、葉月のパーソナリティを全く考慮していない点では同類といえよう。

 端的にいえば店員は、葉月を単なるカネヅルとしか見ていないのだ。


 ★


 「――…葉月?」

 焼き肉店を出て、下北沢の街を歩く葉月へ、前を歩く莉央が振り向いて呼び掛けた。


 「――あ?…」

 もの想いから引き戻され、バツが悪そうな顔へなった葉月。

 「はあァ~、めっちゃ腹いっぱいだぁぁ…」

 はぐらかすように葉月が、手首に黒の編みバンドブレスレットをしている左手で、歩きながら腹をさすっている。

 ブレスレットは、リストカットの跡を隠すため…


 怪訝(けげん)そうに見ている莉央だが、まぁいっかと、前へ向き直っていた…

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