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第3話:痴漢

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 何かが上に載った重みで、莉央が目を覚ました。


 ブラウスがはだけてブラジャーが外され、スカートを履いてはいるが下着が脱がされている…

 どうにかしようとするも、身体が思うように動かない。

 焦点が定まると、何者かに馬乗りされているのが分かった。


 …やめて――

 口は動くが、声が出ない。

 股間が手で(まさぐ)られている気持ち悪さに、ただ(おび)えるしかない…


 …いやだぁぁ――

 次の瞬間、下半身に耐え難い激痛を感じてしまう。


 「――ヒイイィィ~ッ?!」


 般若(はんにゃ)の表情で大声を発した莉央は、抵抗すべく四肢(しし)渾身(こんしん)の力を込めて、もがこうとするが…

 抵抗空しく力づくで、押さえつけられてしまう――


 ヤメてぇー!!…、ヤメてえぇェェ…――




 けたたましい音で、ハッと目が覚めた。

 手探りで目覚まし時計を探り当て、極めて耳障りな音を消す。


 また、あの夢だ…――


 パジャマを着た上半身を起き上がらせ、ぐったりと(うつむ)いている莉央。

 トラウマとなっている情景が、フラッシュバックして何度も夢に出てきてしまうのだ。


 スリッパを履いた莉央は、眠い眼を擦りながら身支度(みじたく)をするべく、ダルそうに洗面所へと歩いて行った…


 ★

 ★


 登戸駅で各駅停車を降りた高校の制服姿の莉央は、対面ホームへ到着した快速急行へ乗り換える。

 平日朝ラッシュの小田急線上りは、相当混雑するので気が重い…

 高校最寄りの下北沢までは快速急行で10分弱だが、押し合いへし合いの混雑覚悟になる。

 空いている各駅停車や、最後尾の女性専用車へ乗れば痴漢に遭う心配はないが…

 そんな変態男のために、不自由な思いはしたくない。


 案の定、快速急行は身体が触れ合う大混雑で、莉央は肩掛けリュックを前に抱えて、座席仕切りのポール前でポジションをとる。

 ドアが閉まり、電車が走り出した…




 窓を快調に流れる景色を、ボーッと見ていると…

 成城学園近くのトンネルに入った辺りで、スカートの上から尻を触られているのに気付いた。


 ――きたか…


 トンネルを抜けて高架へ上がっても、触りは止まらない。

 徐々にスカートが(まく)り上げられ、パンティーの(ふち)に何かが触れた。

 たぶん、痴漢の指先だろう。


 ――この…

 莉央が、チャンスを(うかが)っている…


 経堂を通過する頃、パンティーの上から尻が触られている感覚が始まった。

 梅が丘を通過、尻が()まれ――


 ――いまだ!

 「痴漢です」


 莉央が右手で痴漢の腕を(つか)んで、引っ張り上げる。

 痴漢は懸命に引き抜こうとするが、莉央は腕を離さない…


 「――こいつか?」

 隣で立つ青年が、もがく痴漢の両肩を押さえつけた。

 列車はトンネルへ入り、ゴォーと騒音が車内に響き渡る。他の乗客たちも、痴漢を取り押さえにかかってくれている。

 間もなく下北沢だ…




 「な、なにもしてねえって!」

 青年と男性乗客に両脇を抱えられたスーツ姿の男が、駅のホームでわめき立てている。

 周囲は騒然となり、莉央は人だかりの外から様子を見ている。

 「大丈夫ですか?」

 男性駅員の問い掛けに、莉央が無表情で(うなづ)いた。


 「何もしてねぇんだって!」

 押さえつけられながらも暴れる男と、莉央の視線が合った。

 「――こ、こいつ…」

 両眼を見開いて、凝視してくる男。

 「こいつ、立ちんぼだぞ!援交オンナだっ!」

 すごい力で暴れるので、男を取り押さえている青年が顔をしかめている。


 ――こんなヤツ、いたっけ?…

 不特定多数の男と寝た莉央だが、顔をイチイチ覚えているワケがない。


 「こ、こいつは、大久保公園でオトコを――イテテッ?!」

 「だから、何だ?」

 男の背後からアームロックを()めて、青年が言い放った。

 「彼女がどうだろうと、おまえが痴漢をしたことに関係ねぇだろうが!」


 制服警官二人が駆けつけ、男の両脇を抱えたので、青年は解放された。

 「お話、聞かせてもらえるかな?」

 呼びかけてきた制服婦人警官のあとを、莉央がついて歩いて行った…




 「ごめんね、終わりだから」

 莉央の制服スカートを捲り上げて、パンティーからセロハンをはがした婦人警官が告げた。


 セロハンを付着させたのは、痴漢の男由来の微物を採取するためだ。

 爪垢(つめあか)だろうが皮膚片だろうが、ほんの僅かでも検出されれば、動かぬ証拠になる。

 既にスカートの表と裏は採取していて、パンティーで終わりというワケだ。

 下北沢駅の女子更衣室で婦人警官と正対して立つ莉央が、イラつきながら両手でスカートを整えている。


 ――ダリいなぁ…


 痴漢被害に遭うのは慣れているとはいえ、これから所轄の警察署で調書をとられるから、長時間拘束されてしまう。

 痴漢は女性に心理的被害ばかりか、時間的損失まで与えてしまうのだ。


 婦人警官に続いて女子更衣室を出た莉央は、駅舎の廊下で先ほどの青年とすれ違った。

 事務室で警察官から、事情聴取されていたようだ。

 すれ違いざま、青年が会釈してきたので、莉央も軽く会釈を返した。

 立ち止まった青年は振り返ると、これから警察署に向かう莉央の(うしろ)姿をジッと見つめていた…


 ★

 ★


 「おぉ~い、莉央ぉ~」


 教室の後ろの席で、向き合って座る二人の女生徒の片方が、中へ入ってきた莉央を見つけて、手を大きく振っている。


 「また、ケーサツ?」

 もう片方の女生徒が、()いてきた。

 「サイアクだったやん」

 「もう、慣れた」

 冷めた返事をした莉央が、自分へ手を振ってくれたオリーブベージュカラーでフェミニンセミロングヘアの、田澤愛莉の隣へ座る。

 「莉央はビショヘン(美少女偏差値)高ぇから、痴漢にモテんのよねぇ~」

 「ウザっ、そぉゆーの…」

 冷やかす愛莉に、冷たい視線を突き刺す莉央。


 「メシ、食った?」

 間もなく昼休み終わりの時刻になる教室の壁掛け時計を見て、もう片方の女生徒、ボルドーカラーでレイヤーボフヘアの柴田葉月が、訊いている。

 葉月の制服袖口の左手首には、リストカットの跡を隠すための、黒の編みバンドブレスレットが…


 「ウン、松屋…」

 「うっわ、おぢが染み付いてんじゃんかぁ」

 顔をしかめて言い放つ愛莉へ、

 「――せぇなぁ…。愛莉だってヨシギュウ(吉野家)ばっかなクセに」

 にらみつけて言い返す莉央。

 「しゃあないじゃん!あたしら、おぢ、ケッコウ乗っけてんから!」

 キャハハハと三人で一斉に笑うと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが、教室で鳴り響いた…




 ここ私立北澤高校は、不登校であったり素行不良であったりと何らかの問題を抱え、何処の高校でも受け容れられなかった女生徒たちが集う学び()だ。

 男子生徒の眼を気にすることがない環境なので、開けっぴろげなJKライフが展開されている。


 とはいえ、午後の授業が行われている教室の机は、全て埋まっているわけではない。

 相当な数の欠席があり、授業を受けている少数の生徒も机へ突っ伏して寝ていたり、スマホをいじったり等々の燦々(さんさん)たる状況だ。

 高校は下北沢駅南西口そばの高層ビルに入っていて、教室の窓からの眺望は仲々のものだ。

 机に頬杖(ほおづえ)をついている莉央は、窓から外の景色を眺めつつ教師の授業を、右から左へと受け流していた…


 ★

 ★


 そして週末金曜日の夜、莉央は愛莉と新宿歌舞伎町へ来ていた。

 莉央は、黒キャミソールの上に白のシーアシャツを羽織り、黒ハーフパンツとレザーブーツでキメて、

 愛莉は、ストライプシャツの上にグレーのスウェットをレイヤードして、黒のショートパンツに厚底ダットスニーカーでキメている。


 二人は、新宿東宝ビル西側のシネシティ広場で知り合った。

 いわゆる、トー横キッズだった。

 莉央と愛莉は東宝ビルの西側を歩いているが、そこでたむろす少年少女たちの中に知った顔はいない。

 OD(オーバードーズ)をしているのかフラフラしている少年たちを、横目に歩く二人…

 ※ODとは、医薬品の過量摂取をして酩酊(めいてい)を目的とする危険行為である


 トー横キッズは、入れ替わりが激しい。

 犯罪に巻き込まれたり、警察の補導が頻繁にあったりと、彼ら彼女らが安らぎの場として辿り着いた場所なのだが、ここは諸行無常である…




 二人は歌舞伎町交番を左に見て、区役所通りへと入った。

 ――あれ?…

 反対側から歩いて来る人混みの中の、年が不釣り合いのカップルに、莉央は眼を留めた。

 ――葉月だ…


 葉月が腕を組むスーツ姿の、父親といってもおかしくない年頃の男が、パパということか。

 まさか出くわすとは…

 葉月は中年男性との話に興じていて、こちらに気付いていないよう――

 いや、気付いてんな…


 莉央と愛莉は前を向き、そ知らぬ顔をして葉月たちとすれ違って歩いて行った…




 そして二人は、きらびやかなネオンが周囲を照らす雑居ビルの前で、足を止めた。

 道路に面した階段を上がり、高級感を(かも)し出す重い扉を押し開ける。

 「いらっしゃいませぇ~!」

 若い男性たちの威勢のいい声が、二人を出迎えた。


 店内中央に垂れ下がる巨大な紫のシャンデリアの(かたわ)らから、いかにもという風情のスラリとした二人のホストが、莉央と愛莉の前へ進み出た。

 「ようこそ、お姫さま」

 二人のホストは片膝をカーペット敷きへついて、ナイトが姫を出迎えるような仕草をしている。


 莉央は、ネイビー地にライトブルーの模様が入るロングシャツを着て、ダメージジーンズを履くホストと視線を合わせた。

 ホストの源氏名は、翔琉(かける)


 莉央と翔琉は視線を絡み合わせながら、微笑み合っていた…

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