第22話:葛藤
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
「――なぁんで、まだいるんだよぉ?」
アパート自室の玄関扉を開けるなり、五十嵐が苦り切った顔へ変わった。
時刻は火曜夜の11時を過ぎていて、ちゃぶ台へ突っ伏して寝ていた莉央が、ハッとして顔を上げた。
「…遅いィ~」
「いや、何でいるんだって?」
ディパックを背負い、コンビニのレジ袋を手に提げた五十嵐が、ドスドスと部屋へ入って来た。
「待ちくたびれたァ~」
「いや、何で帰ってねぇんだって?」
「冷めちゃったじゃんかぁ~」
「冷めちゃったって――」
莉央がキッチンを指差すので見ると、IHコンロへ小鍋が置かれている。
「――おまえ…」
「そんなコンビニ弁当ばっか食ってたら、身体によくないって思ってさぁ…」
伸びをしながら立ち上がった莉央が、キッチンの方へ歩いていく。
「肉じゃが、作ったんだぞぉ」
「――食えんのか?」
「バッ――、バカにすんなッ!」
「すまんすまん、――なんか…」
「…なにさ?」
「意外だなぁって、思って…」
顔を見合わせて、莉央と五十嵐がクスクス笑っていた…
★
ちゃぶ台の上には肉じゃがが入る小鍋と、ご飯茶碗に味噌汁碗と置かれ、それなりの食卓となった。
「――…美味い!」
肉じゃがを一口食べた五十嵐が、眼を丸くした。
「でしょぉ~」
得意顔でいる莉央の前で、五十嵐がガツガツと食べまくっている…
「――作ってくれんのは、ありがたいんだけどさぁ…」
「なに?」
「あんなメに遭ったんだから、家へ帰りたくないのは分かるが――」
「ヘーキだって」
小鍋へ箸を伸ばしながら、莉央が平然と言ってのける。
「下手したら、今日も“おぢ”連れ込んでるかも」
「――…マジで?」
「玄関開けたら男モンの靴があったなんて、昨夜が初めてじゃねぇし」
「――……」
モグモグ食べながら話す莉央と、箸の動きが停まってしまった五十嵐…
「今度、お母さんと話さないとな…」
深刻な表情の五十嵐を、モグモグしながら莉央が上目遣いで見る。
「智美も、そんなの保護責任者遺棄で摘発してやるって激怒して――」
「いいって、いいって!あんなオバハン、放っといていいから」
大きく口を開けて、莉央が肉をほお張った。
「高校卒業したらパパんとこ行こうって、あたし思ってるし」
「――そっか…」
「ちゃんと、謝ってもらったしさ」
「――そっか…」
五十嵐が、優しげな笑顔へ変わった。
「だからさぁ、あたしが高校卒業するまで、ここへ居させてくんない?」
「(*´Д`?!――、はああぁッ?!」
「大丈夫!炊事に洗濯、掃除に買い物と何でもやるし」
「そ、そういう問題じゃあ――」
五十嵐が血相を変えて、茶碗と箸をちゃぶ台へバンッ!と置いた。
「と、とにかく!そんなの、マジでダメだからな!」
「ええ~っ?!居させてよぉ~」
「ダメったら、ぜってぇダメ!」
「いいじゃあ~ん…」
「そ、それより明日のこと、どうすんだよ?」
風向きを変えようと、五十嵐が話を逸らせた。
「——あ…」
「芹澤と会う約束、してんだろ?」
途端に莉央が、意気消沈してしまった。
してやったり顔の五十嵐が、ちゃぶ台へ右腕を載せた。
「どこで、芹澤と会うんだ?」
「——新宿でって、LINEで…」
しどろもどろの莉央を見て、顔を少し歪めた五十嵐。
——出来れば、触れられたくないのか…
「——どうするつもりだ?」
「——え?」
あぐらを組みなおした五十嵐を、顔面蒼白となった莉央が上目遣いで見る。
「会う時間と詳しい場所は、まだ決まっていないとか?」
小さく頷いた莉央。
「——怖いのか?」
「——え?」
「気持ちは分かるが、向き合ってケジメを付けないと」
「…ケジメ?」
「そうだ」
「ケジメって、なに?」
「いや、だからぁ…」
五十嵐が、困った顔になった。
「おまえは、どうしたいんだよ?」
「なにを?」
「芹澤とのことだよ」
「——どうしたいって…」
伏目になった莉央を見て、五十嵐がイラついてしまい眉間へ皺を寄せた。
「…断ち切れないのか?」
迫る五十嵐だが、莉央は沈黙したまま。
「……やっぱり、俺も一緒に行った方が――」
途端に莉央が顔を上げて、眼をむいた。
「そうだよ!簡単に切れる訳、ないじゃん!」
まくし立てる莉央だが、五十嵐は表情を変えず眼を逸らさないまま。
「五十嵐さんと知り合う前から、ずうっと前から!駆琉と一緒にいたんだよ!——だから…」
莉央が両眼が、みるみる潤んでしまう。
「そんな簡単に…、簡単になんか…」
「だから?」
意に介さないかのように、五十嵐が言い放った。
「おまえに負けず、俺も芹澤とは長い腐れ縁なんだよ」
眼を丸くする莉央。
「あいつがどんな奴なのか、本性を菊池さんから聞いたはず――」
「待って!」
莉央が大声で、話の腰を折った。
「――どういう…、こと?」
「何がだ?」
「いつから駆琉のこと、知ってるの?」
「あいつがトー横デビューした、中2の時からだ」
「――そん時からなの?」
「何が?」
「駆琉が女の子を、レイプしてたのは?」
「――いや…」
「――なんじゃ、それ…」
莉央の身体が、ワナワナ震え始めた。
「――始めから酷いこと…、してなかったんじゃん…」
失言してしまったことに気付いた五十嵐の顔が、少し歪んだ。
「――どうしてさぁ…」
「え?」
「駆琉が悪いこと、しないように出来なかったの?」
言葉に詰まる五十嵐。
「ずっと前から知ってんなら、どうして放っといたのさ?」
「――それは…」
「何だよ…」
ワナワナ肩を震わす莉央が、顔を下へ向けた。
「――やっぱ…、大人って、そうなんだ…」
吐き捨てるように呟く莉央を、眉をひそめて見ている五十嵐。
「都合の悪いことはシカトして…、ズルいくせに、綺麗ごとばっか言って…」
いきなり莉央が四つん這いになって、床へ置いてあった自分の荷物をかき集める。
そして肩掛けボディバックを肩へ通すと同時に、右腋へボアジャケットを抱えるやいなや、立ち上がって小走りに玄関へと向かう――
バムッッ!!
玄関扉が閉まる大きな音が狭い部屋へ響き渡る中、ちゃぶ台の前で呆然としたまま座っている五十嵐。
——…しくった(間違った)か?
★
★
五十嵐のアパートを飛び出した莉央は、行く当てもなく大久保公園へと向かった。
ウルフショートの黒髪を逆立て、般若のような顔で悔しさを露わにしていた莉央だが…
公園前の路地へ着いた頃には、いつものような冷めた表情へと落ち着いていた。
薄暗い深夜の路地で、美少女偏差値が高い莉央を眼にするや、すぐに男たちが声を掛けてきた。
何となくここへ辿り着いた莉央だったが、そのままの流れで立ちんぼを始めることにした。
今宵の莉央は、安く売るつもりは毛頭なく、交渉が決裂した男たちが次々と立ち去って行くが――
その中で、5万円の高値をつけた男とラブホテルへ行き、シャワーを浴びてからベットインするが…
「――…どうかした?」
莉央の意識が心ここにあらずのように感じた男が、不審がってる。
「――べつに…」
気にするそぶりのない莉央が、その裸体を男のするがままに委ねている。
見上げる天井の間接照明が、ラブホテル特有の卑猥さを醸し出している――
「――あっ…」
莉央の喘ぎと同時に繋がり合った二人が、ベットの上で大蛇の如く身体をくねらせている。
「――アッ…アアッ…」
頭が真っ白になるような快感が、揺さぶられる莉央の全身を巡り始めた。
――あたしぃ…
男の荒い息遣いだけを、莉央の聴覚が捉えている。
――おぢとのエッチで…、感じたの…、初めてかも…
「――もっと…」
「――…うん?」
「――もっと…、かんじ…、させてぇぇ…」
「――わ…、分かった…」
――ああぁ…、カケルぅぅ…
汗でじっとり濡れた男の背中へ、莉央が両腕をギュッと絡み付けた――
★
「――立ちんぼに、君みたいな可愛い娘がいたなんて…」
ベットの端へ座り、汗でまみれた裸体を冷ましている男が、煙草を燻らせている。
珍しく布団をかけず、ベットへうつ伏せで突っ伏している莉央が、夢うつつな中で男の話しを聞いている。
「――よかったよ…、よく締まってたし…」
男が淫らな手つきで、莉央の裸体をいやらしく撫でている…
――やめろって、五十嵐さんから言われてたんだけど…
枕へ頭を埋もらせている莉央が、薄目を開けて男の様子を見る。
中年なのだろうが、鍛えられて老いを感じさせない肉付きの男。
こざっぱりした顔をしているし、何も立ちんぼ女子を釣らなくてよさそうだが…
――この"おぢ"、五十嵐さんが、そのまま老けたみたいな…
「――…どうした?」
莉央の視線に気づいた男が、こちらへ顔を向けた。
「…何か、嫌なことでも、あったのかな?」
――するど!…
動揺を悟られまいと、身動きしないで突っ伏している莉央。
「今日の君は、どこか人肌が恋しかったような…」
枕へ埋めている莉央の眼が、クワッと開いた。
「――すまない…、偉そうなことを言って…」
ベットに置いた灰皿へ、男が煙草を押し付けて消した。
「俺は立ちんぼ女子を買いあさる、クズ野郎だけど…」
宙を見ながら男が、話しを続ける。
「俺にも、君と同い年ぐらいの娘がいるんだ」
ゆっくりと右肩を起き上がらせて、莉央が男へ視線を向けた。
「都心のタワマンに住んで、事業もソコソコ成功しているんだが…」
話す男を、ガン見している莉央。
「俺だって人肌が恋しくて、寂しくて仕方がないから君を――」
「きっしょ…」※キモイと同意
ハッとした男が、莉央へ視線を向けた。
「――やっぱ、五十嵐さんが言った通りだ…」
男から視線を逸らせて、莉央が冷めた口調で呟いた。
「こういうオトコどもって、結局は自分のことばっかだって…」
痛いところを突かれた男が、眉をひそめて莉央を見ている。
「でも…、今日のあたしは、どうしても誰かに抱かれたかった」
起き上がらせた莉央の右肩が、小さく震えている…
「――しょうがないじゃん…」
沈痛な面持ちでいる男。
「――抱かれたかったんだからぁぁ…」
枕へ顔を埋もらせた莉央が、ヒックヒックと嗚咽を繰り返していた…




