第２話：交縁
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
中年男がシャワーを浴びている間、ベットで座る綾は、部屋の中の様子を見渡している――
男は身の回りのもの一切を浴室へ持ち込んで、中から鍵をかけている。
このラブホテルはオートロック式で、精算しないと部屋からは出られない仕組みだ。
手慣れている…
中年男の用心深さに、綾はそう感じた。
「お待たせ」
男が、中年太りの身体にバスタオルを腰に巻いただけの、見苦しい姿で出て来た。
綾は立ち上がると、肩掛けボディバッグとスマホを持って浴室へ入り、鍵をかける。
持ちもの全てがあるのを確認してから、服を脱ぎ始めた…
身体にバスローブだけを羽織った綾が浴室から出ると、待ってましたとばかりに座っていた男が立ち上がった。
「先に、お金」
胸元を両手で防御して、後ずさりする綾。
「あとで――」
「先でなきゃ、イヤ」
男が差し出した手を、払いのける綾。
「いいじゃないか――」
「外のツレ、呼ぶから」
しつこく迫る男から逃げながら、綾がバスローブのポケットからスマホを取り出して示す。
「――分かった、分かったよ…」
急に青ざめた男が、壁に掛けてあるスーツ上衣へ手を伸ばす。
「ちゃんと払うから、怒んないでよぉぉ」
引きつり笑いをしながら、男は財布から壱萬円札を四枚取り出している…
外にツレがいるとは、フェイクだ。
こういう金払いの悪い輩とか、言った金額より値切る輩への、綾なりの防衛策だ。
「何か飲むかい？」
金を渡した男が、ぎこちない笑顔で訊いている。
飲み物で、綾の機嫌を取るつもりらしい。
「…コーラ」
男は部屋の冷蔵庫から缶コーラを取り出して、グラスを手に取る。
ベットで腰掛ける綾が、男から渡されたグラスへ注いだコーラを、一気に飲み干した。
食道から胃へ染み渡る、清涼感が心地いい…
男もグラスのコーラを飲み干すと、隣へドスンと腰を下ろした。
ベットが揺れた拍子で、綾は不本意ながら男へ寄り掛かってしまった。
男は綾の顎を右手で持つと、前触れなく唇を合わせた。
――クサい…
中年男性独特の耐え難い口臭が、口の中へ拡散してしまう。
綾は眼を閉じて、咽そうになるのを堪えている…
気色悪がっているのがバレないよう、眼を閉じて無表情を装うのは慣れっこだ。
男は唇を離すと、今度はバスローブの胸元へ手を差し入れてきた。
「――きみさぁ…」
薄目を開けると、卑猥な薄笑いをする中年男の顔が、綾の網膜に映った。
「――ほんとは…、19じゃないだろ？」
薄目で男を凝視して、黙ったままの綾。
「――中学生にも、見える…」
「…だったら、何なの？」
「――そぉかぁ…、そぉなのかぁ…」
男は質問には答えず、綾のバスローブをサッと下ろしてしまった。
不気味な笑みを浮かべながら、綾の身体を舐めまわすように眺める男。
粘っこく絡んでくる男にされるがまま、綾は風へなびくように身を委ねていた…
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「きみ、こんな事して、どうすんの？」
ハァハァと荒い息づかいを整えながら、ベットの端で座る中年男が、説教じみた口調でいる。
「ホストにでも、貢ぐのかい？」
このテの男はコトが済むと、大抵偉そうな口ぶりになる。
――またか…
掛け布団を掛けてベットで横たわる綾は、男へ背を向け、毎度のことながらうんざりしている。
「ご両親がこんな事してると知ったら、悲しむだろうに…」
――おま言うかぁ～?!…
子供がいれば、同い年ぐらいの小娘を犯しておいて、である。
性根が腐りきっている男は右手で、布団の上から綾をさすっている。
剝がされて身体を晒すまいと、綾は布団の端を両手でギュッと摑んでいる…
「きみ、名前は？」
「――リカ…」
無視してもいいのだが、適当にあしらおうと偽名を告げた。
背中を向けているので感覚なのだが、どうやら男は立ち上がって身支度を始めたようだ。
「リカちゃんは、パパ活やってんの？」
男の方へ背を向けたまま、反応をしない綾。
「興味ないの？」
無視し続ける綾。
「俺が面倒、みてあげるから…」
男が顔の前へ何かを差し出した気配を感じたので、綾は薄目を開けてみる。
見ると壱萬円札が二枚、眼の前へ差し出されている。
「――ありがと…」
布団の中から右手を出して二枚の紙幣を手に取り、綾は男の方へ顔を向けた。
スーツを着込んだ男は、満足そうな笑顔で綾を見ている。
「また会おうね」
男は部屋の入り口脇の精算機で、室料を精算して部屋から出て行った…
男が出て行ったのを確認してから、綾は上半身を起き上がらせる。
――フン…
男が追加で金を渡したのは、綾が18歳未満であることを確信したからだ。
未成年女子と寝たことがバレると、男は逮捕され社会的生命が抹殺されてしまう。
綾が補導された場合に備えての、いわば口止め料みたいなモノだ。
――しゃべりゃしないって…
ベットから立ち上がると、綾は男に汚された身体を清めるべく、浴室へと入って行った…
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ラブホテルを後にした綾は、職安通りを渡って歌舞伎町１番通りへと入って行く。
大久保公園の横を通ってシネシティ広場へ抜ける、この一方通行の狭く薄暗い路地には、２Ｍを少し超える間隔で10～20代と思しき女子が、ズラリと並ぶ異様な光景がある。
昨今の取り締まり強化により最盛期と比べ減ったとはいえ、およそ十数人はいそうな女子たちは、俯いてスマートフォンをいじるなどして、行き交う通行人たちと眼を合わせようとしない。
そんな女子たちへ次々と男たちが声を掛けていて、短いやり取りで交渉が成立すると、一緒に近くのラブホテルへと入って行く…
さらに異様なのは、彼女たちを物色する男たちだ。
大学生風の若者、スーツ姿のサラリーマン、ダメージジーンズを履くロン毛の男、ヲタクらしき男、全身グレーで固めた初老の男――…その数ざっと20人以上の属性は、千差万別だ。
男たちは通りを何度も往復しながら、彼女たちの顔と全身を食い入るように眺め尽くし、そして値踏みをしていく…
大久保公園周辺は戦後間もない頃から「街娼の聖地」として知られてきた。
そこにコロナ禍が起き、多くの風俗店が休業あるいは閉店したことで、稼ぎの場を失った若い女性たちが路上へ立つようになったといわれている。
公園の状況がメディアなどに取り上げられたことで、2022年7月頃からは「トー横キッズ」と呼ばれる少女たちも、売春のため路上に立つようになった。
多くが10代で、なかには13歳もいたらしい。
こうした経緯で公園周辺では、少女による路上売春が横行するようになったのだ。
大久保公園周辺での未成年による路上売春は、社会問題になっている。
だが、立ちんぼで稼ぐ女子が後を絶たないエリアは、全国各地にある。
例えば、大阪市北区兎我野町から太融寺町界隈にある細い路地。
梅田駅を出て歩くこと約８分、扇町通と新御堂筋の交差点近く、10軒ほどのラブホテルが建ち並ぶイエローロードと通称される路地には、連日10人以上の女子たちが立っている。
摘発が相次いでいるにもかかわらず、なぜ路上売春は絶えることが無いのか？
社会の闇は、全国各地に点在してしまっている…
「きみ――…」
ここでは路地を歩く綾でさえ、男から声を掛けられる有様だ。
…フン――
気に掛けるそぶりもなく、綾は歩き続ける。
今日はもう、身体を売るつもりはない――
綾は足早に、新宿駅の方へと歩いて行った…
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自宅マンションの玄関扉を開けた綾は、真っ暗な部屋へ灯りをともす。
日付が変わろうとしている時刻のダイニングのテーブルには、皿へラップをかけた料理が用意されている。
盛り付けられた皿の隣には、メモが置いてある。
『トモダチの所に泊まります。朝ご飯は、冷蔵庫に入っています』
――クソが…
手に取った母親からのメモを、綾が手でクシャクシャに丸めている。
トモダチの所とは、真っ赤なウソだ。オトコの所へ行っているのを、綾は知っている。
新宿で母親が見知らぬオトコと腕を組み合っているのを、綾は偶然目撃していた…
綾の父親は、地方に単身赴任する転勤族だ。
それをいいことに、綾が小学３年生の頃から母親の不倫が始まった。
父親は夏休みと正月休みぐらいしか家におらず、独り家で過ごす時間が多くなった綾は、寂しさから引きこもりがちになっていく…
やがて小学４年生の夏休み明けから、綾は登校しなくなる。
母親は表面上では叱るものの、本音は留守番がいて助かるという有様だった。
不登校児になった綾を何とかしようと、父親が赴任先から週末ごとに帰宅してきた。
綾が寝ている時に、夫婦喧嘩の怒声が絶え間なく聞こえてくる。
そうして、ますます綾は引きこもってしまっていた…
顔を洗い終えた綾が、スマホを手に取ってLINEアプリを開く。
＝＝クソババア、またおぢのトコ、サイッテー
『おぢ』とは、交縁少女たちの間の隠語で、オトコを意味するものだ。
しばらくしてLINEに、友人からの返信があった。
それは落ち込んでいる事を示す動くスタンプで、思わず綾はプッと吹き出してしまう。
＝＝どこで、手に入れたん？
料理が盛り付けられた皿をレンジで温めながら、綾は笑顔で友人とのLINEでのやり取りを繰り返していた…
